EndlessSeventeen


H×H(シャルナーク視点)

クロロは念をかけられて俺たち蜘蛛と会う事を禁じられていた。除念しなければクロロは俺たちに会うと死ぬ。その為に俺たちは除念師を探したし、クロロも探していただろう。
会うことがかなったのは本当に急で、クロロは小さな子供の手を引いてやってきた。子供、はありとあらゆる念を消す体質だった。が触れているものにもそれが適応され、クロロは俺たちに会っても心臓を刺されることにはならないそうだ。ただし、自分の念そのものも禁じられてる所為で結局復帰する事は叶わなかった。
それでも久々に俺たちの頭に会えたのは嬉しかったし、その子供であるにはちょっぴり感謝した。

あれからクロロは何故だかの家に寄り付くようになって、俺たちも時々の家に訪れる。
森の中にある小さな、けれどひとりで住むには十分すぎる家がの住まいだ。家の敷地よりも広い庭の隅っこでは花に水をあげていて、俺が来た事に気づいて麦わら帽子の唾を上げた。
「シャル、いらっしゃい」
「やあ
初めてクロロに手を引かれて会ってからどのくらいの時がすぎただろうか。あの時はとてつもない犯罪臭がした二人だった。まあ、俺たちは盗賊であり犯罪集団なわけだけど。
今のは身長が伸びていたし、声が低くなって来たように思う。
「クロロ来てるよ」
「おじゃましまーす」
招かれた家の中はひんやりと涼しくて、シトラスの香りが鼻を抜けていく。テーブルの上には篭に入ったパンがあって、花瓶には花が生けられているし、掃除は行き届いている。初めて来た時は、子供が一人で住んでいる家にしては出来すぎていると思った。

は作り置きされているアイスティーを冷蔵庫から出してグラスに注いで、ご丁寧にコルクのコースターをしいて出してくる。
「ありがと。クロロはまたの書斎にいるの?」
「うん。呼んでくるね」
の家には少し狭い書斎まであって、そこにはみっちりと本が詰められた背の高い本棚がある。来る度にラインナップが変わるらしいが、曰く自分が読み終わったら入れ替わるということなので、別におかしな事ではない。
そして本が好きなクロロはその入れ替わるのに置いて行かれないように、しょっちゅうこの家にやって来るのだ。
そんなクロロを呼びに行ったはすぐに一人でとぼとぼ帰ってきた。
「全然聞こえてないみたい」
「うん、だと思った」
前まではに手を繋いでもらっていないと会えなかったから、が呼びに来ると素直に本を読むのを辞める理性を残していた。でも今は必要がないので好き勝手にの書斎で読書にふける。
正直はもう必要な存在ではない。でも、クロロはの本棚が好きだから、俺はの心地良い家が好きだから、皆はの作るご飯や紅茶や空間が好きだから、この家にくる。いわば喫茶店だ。必要ではないのだけど、大切な場所だった。もちろん家だけじゃなく、ここにが居てくれることも重要だろう。
「ずっと疑問だったんだけどさ」
「うん?」
俺がカスタマイズしてあげた携帯を弄っていたは顔を上げた。
ってどうやって生きてるの?」
の生活費はとある口座から出ており、入り用で引き落とせば次の週には元の金額にまで振り込まれていて、俺はに内緒でこっそり相手を調べた事がある。どうも親戚と思しき人物がおり、その人名義であることはわかった。でもから一切そういう話を聞いた事が無い。
「働いてないし、一人で暮らしてるんだよね?」
「うん」
自分の分のアイスティーがはいったグラスを揺らして、カラコロと氷の音を鳴らす
伏せられた瞼はふっくら丸っこくて、の顔立ちがジャポン寄りであることを認識させられる。
「神様がここで生かしてくれている」
目を細めて笑った顔は、あどけない子供にも、しわくちゃな老人にも見えた。
は親も、親戚も、ここに連れて来た人物さえも知らないのだろう。
無垢で危うくておかしな子だと思っていたけれど、それは緩やかにおかしな生活環境にいたからかもしれない。おそらく誰もに教えてやらなかったのだ。流星街でがむしゃらに生きて来た俺たちよりも大層温かな生活だったかもしれないけれど、きっと孤独で、あやふやな生き方。ぬるま湯に溶かされ続ける彼の身体は、きっと人間ではない。
「でも、」
「シャル、来てたのか」
「クロロ」
が何か続けて言いかけた時に、クロロがリビングにやってきた。は話すのをやめたけど、俺の隣に座りながらクロロが何の話をしていたのかと聞いたので、会話は再開される。
「シャルが、ここでどうやって生きているのか聞いて来たから」
「そういえば、どうやって生きてるんだ?」
出会って数年が経っているのに、この話にならなかったのはが子供だったからなのもあるし、すっかり忘れていたっていうのもある。むしろ子供の頃の方が一人で暮らしているのが変だったんだけど。
「保護してくれてる人の正体は、知らないんだよね」
律儀にクロロの分のお茶を用意するは、少し離れたところで喋る。
「でも多分、十七歳までだと思うんだ」
「待て……この間、十七になったとか言ってなかったか?」
クロロが眉間に皺を寄せて、顎を撫でる。
自分たちがある程度歳をとったうえに、念能力者ということもあってさほど見た目が老けない所為でと出会って十年が経っていることを忘れていた。そうか、数年くらいだと思っていたけれど、十年も経っていたか。
「うん、今度の誕生日にはいないかも」
クロロの前にコースターとグラスを出して、なんてことないように言う。
「その後はどうすんの?」
保護が無くなったら働き口を紹介してあげてもいいよと言おうと思ったのに、がそれよりも先に口を開いた。
「多分、皆とは会えない」
「え?」
「どういうことだ?」
「多分ね」
念押すように多分というけど、不穏な未来を示唆されたら追求せざるを得ない。
「きっと俺は十八歳にはなれないんだろうなあって」
「なに?まさか、死ぬ予定でもあるの?」
「死ぬ訳じゃないと思う、ただ、消えるんだ」
「は?消える?」
クロロも黙ってないでなんとか言って欲しい。
「そういう体質なんだよ」
訳が分からない。引きつった笑みを浮かべていた俺に、は自分の胸に手をあてて言った。
念が一切効かない変な体質であることを知っているから、十七歳のうちに『消える』と言われても納得してしまいそうで嫌だった。散々人の死をみてきたし、おいやってきた。仲間の死も、肉体関係を持った女の死も、知ってる。それなのに、目の前のが消えるのを想像できない。受け入れられない。頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
友達でもない、家族でもない、仲間でもない、ただの。俺の中にを座らせる席の名前はないのに、という名前の席があった。
今ここにきて初めて、を存外可愛がっていることを自覚した。
もちろん、良い子だとは思ってたし、好きでこの家に来てるんだけど。

「終わってみないと分からないからあんまり気にしないでいいよ?神様次第かな」

ねえ、の神様はどうやったら殺せるの?

2015-08-22