に家族が居ないと聞いた時、少しだけ嬉しいと思っていた自分が居た。こんな小さな子供が一人で生きている。仲間を見つけたような気がしたのだ。俺はもうばあちゃんに拾われて金を持ち逃げして十分な大人になっていたくせに、ひとりぼっちの子供と同じだと思っていた。
前は楽しそうに笑うくせに、気の抜けた姿をあまり見せようとしなかった は今ではもう、目の前で子供達とふわふわ笑っていて、ばあちゃんに可愛がられていた。
その姿に、何故か に捨てられたような、ばあちゃんに捨てられたような気がしていた。
20.繋がっていない空
の素性に関しては本当に十七歳だという証拠を掴んだ。
理一は遥か昔の写真にあいつそっくりの人間が写っていたという話も聞いた。遠い親戚だと考えるしかないのだが、 に聞いてもどうせ分からないのだろう。 であろうが じゃなかろうが、どうすることもない。
ただ、 の謎を深める要因になるだけで、 を知るまでには至らないのだ。
俺は、 を知りたいと思っていた。
は、家族はいないから、OZのアカウントが家族なのだと悲しそうな顔をしていた。
夕食のときに、大人数でご飯をたべられてとても楽しかったと泣きそうな顔して笑った。
はやっぱりひとりぼっちだ。
前の俺だったらきっと嬉しいと思っただろう。仲間だと思っただろう。俺が一緒に居てやれると、思っただろう。
でも、家族に囲まれている俺には が本当にひとりぼっちに見えた。俺が歩み寄ることなんて出来ないのだ。
には世界がないんだ。
夕食を食べ終えて警察署に出頭しようとしている俺と、東京の家に帰ろうとしている は玄関で肩を並べて明るい部屋の中に顔を向けた。
俺は、行ってくると言った。 は、さようならと言った。
「お前、本当にこのまま帰るのか」
「ん?そうだよ?」
「消える気じゃないだろうな」
人通りの少ない畦道を二人でゆっくりと歩いた。丸まったボストンバッグが の腰でゆさゆさと揺れている。
「消えないよ」
「会えるのか?来年も、再来年も」
次はばあちゃんの墓参りに来ると は言った。近いうちに来られるかは分からないがきっと一周忌には顔を出すだろうと家族は思っている。でも、俺はそうは思わなかった。コイツはきっと何十年もしてからひょっこり顔を出すような気がするんだ。
「生きていれば、会えるよ」
「そういうことじゃなくてなあ」
こいつと話してると調子が狂う。何かを聞いて、きちんと返って来たことなんてほとんどないんだ。
「 、お前……何なんだよ」
今までさんざん思っていたけど口にはしなかった。でも、ぼやくように言った。
「俺は、何処にでも居る、ただの 」
「そうかよ」
「ずっとさ、大事にしなよ侘助くん」
「は?」
「家族」
「……わぁってるよ」
のひんやりした手が、俺の指を三本握った。なんだよ、と口に出す事が野暮に思えて、俺は甘受した。
「なあ」
「ん?」
俺はただ思った事を口にした。
「家族になるか? 」
「え?」
「俺の、家族になるか」
俺の指を握っている手がぴくんと動いたのでもう一度言う。何度だって言ってやろうと思った。
俺は家族が欲しかった、そして、 も欲しかった。家族が居る今、 も欲しけりゃ家族にするしかないと思った。
どういうこと、と笑いながら が呟いた。
「ん、まあ関係は考えてないけど」
「あそう」
「俺の子でもいいし、なんだったらアメリカに行って結婚でもするか?」
そう言うと、 は夜道で爆笑した。腹を抱えて、涙が滲むくらい笑った。こんな風に楽しそうにしている を初めてみたし、そうすることが出来たのが俺で良かったとさえ思った。
はひいひい笑ってまともに会話が出来なくて、それは警察署まで続いた。俺はもう行かなきゃならないし、 も新幹線の時間があるから長居は出来ない。答えを促すように を見下ろすと、滲んだ涙を指で拭いながら微笑んだ。
「俺の世界はどこにも無いから、家族なんてなくて、一生できないと思ってた」
「 ?」
「でも、こんな風に一時的に家族の仲間に入れたり、誘ってくれたり、嬉しいよ」
落ち着いた笑顔を浮かべて、俺の指を握っていた手はすっかり暖かくなっていて、それはするりと離れて行った。
「ありがとうね、侘助くん」
また会おう。そう言って、 は夜の闇に消えた。
それが、俺が最後に見た だった。
2013-09-23