EndlessSeventeen


OrangeSplash 12(主人公+静雄視点)

今日は学祭だ。

「あれえ?何してんの」

階段の裏側に人の足が見えたので顔をひょっこりと覗かせると見覚えのある金髪頭が目に入る。すぐに静雄だと分かって、持っていたイカ焼きを口から離して声 をかけた。

「せん、ぱい?」

転寝しかけていたのか、静雄は目を瞬きながら俺を見上げた。

「ちょっと……寒くないかい、ここは……」
「ああ……ひやっとしてはいますけど別に」
「俺冷え性だから寒いや」

そういいつつも静雄のとなりにどっこいしょと声を出しながら座る。

「ちょ、先輩?冷え性ならやめたほうが良いっすよ……」
「大丈夫、ホッカイロもってるから」

うろたえる静雄にポケットから出したホッカイロをぎゅっと握って見せて笑う。静雄はぽかんとしたあと、呆れつつふっと笑った。

「ケツ冷えますよ」
「あはは、じゃあ膝に乗せてもらおうかなあ」
「!?」
「冗談だって」

静雄をからかうように笑って見上げてぽんと膝を叩いた。静雄は吃驚させないでくださいよと悪態をついて、俺から顔を背けて少しだけ口を尖らせて眉をしかめ た。

「そういえば、何でこんな所に?」
「臨也のヤローが色々ちょっかいかけてきてウゼーので」
「またかあ、臨也は……もちっと仲良くできないかね」
「死んでも無理っす」

ギリっと歯をかみ締めて臨也のことを思い出している静雄の眉間の皺のより具合を見てクスクス笑う。臨也と静雄は本当にいつでも戦争しているから大変だ。仲 裁がとても難しくて、俺はいつしか気にしないことに決めた。幸い飛び火が来たことはなかったから今のところ無事だし。

「つまんなくないか?」
「別に、一緒にまわる奴もいねーっすから」
「なんだよ、言ってくれれば一緒にまわったのに」
「、……え、あ……」

考え付かなかった、という顔をする静雄の頭をガシっと掴んでぐりぐりかき回した。

「もしかして、俺は眼中にないんか!?」

学祭は中々食べ歩きに向いてるので一人でハシャいでいた。小銭だって用意して本気で楽しんでいたのに、静雄はつまらない思いをしていたのかなあと思うと少 し寂しくなった。俺は一人でも楽しめるけど、やっぱり人と居たほうがずっとずっと楽しい。
俺の十七歳は何度だってあるから、運がよければ学校通えるしそのたび学祭は体験できる。だけど、静雄や臨也や京平や新羅と一緒に過ごせる十七歳は、一度き りなのだ。

「す、すんません……先輩は、その……忙しいかと思って」
「いや、暇だったよ」

京平はクラスの手伝いしているし新羅と臨也は見つからないし、クラスメイトからは何も言われないしで結構な暇人だった。

「じゃあさ、今からまわろう」

俺はまたどっこらせと立ち上がって、静雄の腕を引っ張った。狼狽えながら立ち上がる静雄は子供みたいで少し可愛かった。

先輩?」
「つ、つめた」

肘を掴んでいた手をするりと滑らせて手をぎゅっと握ると、とても冷えている。俺は今までホッカイロを握っていたから温かいけど、静雄の指先は冷たい。
ホッカイロを手と手の間に挟んで暖めるようにぎゅうううと力を入れると、静雄が面白いくらいにうろたえた。

「暫くこうしてればあったかくなるよ」
「……あ、りがとう……ございます……」

「じゃあ行こうか、静雄」

ぐっと引っ張って、前を歩きながら振り向いて笑いかけたら静雄は一瞬だけきょとんとしてから、嬉しそうな子供みたいな顔で笑ってこくんと頷いた。


「はい、 、先輩……っ」


とりあえずは、焼きソバだな。




***




学園祭なんて、ただ授業がないだけの日だ。
買い食いするのは嫌いじゃないから、学校へ行った。クラスメイトは相変わらずよそよそしくて、教師たちはこぞって物を壊さないでくれと懇願してきた。
そんなの臨也に言えと言いたかったが、むすりと閉じた口を開くのが面倒でこくんと頷いた。

俺は暴力が嫌いだし、壊したくて壊してるわけじゃねえ。
何で全部俺の所為になるんだ、ああ・・臨也の所為だ。朝からノミ蟲のことなんて考えさせられてそれさえもむかついた。
先輩に名前呼ばれて笑っているあの素の笑顔がチラつく。むかつく笑顔より数倍ましな笑顔なのに、嬉しがっているアイツは相 当むかつく。むかつくむかつくむかつく。ぶっ殺してぇ。

「あれーシズちゃーん!ひとりなの?だーれも一緒にまわってくれないんだねえ?あはははは」

いきなり、むかつくノミ蟲の声が降り注ぐ。じろりと見ると、あてつけなのか知らないが信者のとりまきを引き連れて歩いている。 先輩と一緒にいないだけマシだがむかつくことには変わりなく、そこから喧嘩が始まる。

人ごみを掻き分けてノミ蟲を追いかけるがいつしか見失う。やり場のない苛立ちはあったが腹が減って疲れたのでこれ以上動くのも面倒になって階段の影に座っ た。
走っていたからか、ひんやりと冷える廊下が心地よく、うとうとと眠りかけていた。
そのとき、聞きなれた声が頭上から聞こえて顔を上げた。

「あれえ?何してんの」
「せん、ぱい?」

ぱちぱちと瞬きをしながら見上げると、 先輩がイカ焼きを手に立っていた。

「ちょっと……寒くないかい、ここは……」

きょろきょろとあたりを見渡してから、ゆっくりと俺に近づいてくる。

「ああ……ひやっとしてはいますけど別に」
「俺冷え性だから寒いや」

寒いといいつつも、どっこいせと隣に座った 先輩に慌ててやめたほうが良いというと、ホッカイロがあるから大丈夫だと笑われる。この人の大丈夫は全然根拠が無いくせに、安心する。

「ケツ冷えますよ」
「あはは、じゃあ膝に乗せてもらおうかなあ」
「!?」
「冗談だって」

からかうように、照れを隠すようにそう呟くと 先輩は豪快に笑って俺の膝をぽんと叩いた。びっくりして先輩を見ると楽しそうに笑みを濃くした。
吃驚させないでくださいよと悪態をついて、そっぽを向くと隣の先輩がまだ咽を鳴らして笑っていることが分かる。

「そういえば、何でこんな所に?」
「臨也のヤローが色々ちょっかいかけてきてウゼーのでやめました」
「またかあ、臨也は・・もちっと仲良くできないかね」
「死んでも無理っす」

困っているけど優しげに名前を呼んでいる声を聞くと、やっぱりアイツとは一生仲良くなれないと思った。むしろ、死んでも無理だと思った。

「つまんなくないか?」

心配そうに見上げてきた眸に耐えられなくて俺はまたすぐに目を逸らす。
この人を見てると、つい弱音を吐きそうになる。傍に居てほしいと、言ってしまいそうになるのだ。

「別に、一緒にまわる奴もいねーっすから」
「なんだよ、言ってくれれば一緒にまわったのに」
「、……え、あ……」

その言葉が、どれほど嬉しいか。

「もしかして、俺は眼中にないんか!?」

頭をぐりぐりとかき回される。
その手は、ホッカイロのおかげなのかとても暖かくて、酷く安心した。この人には、救われてばかりだ。

「す、すんません・・先輩は、その・・忙しいかと思って」
「いや、暇だったよ」

先輩には我侭なんて言えない。言いたくなってしまうけど、言えない。だから、誘うのも勝手に遠慮していた。

「じゃあさ、今からまわろう」

先輩はいつも忙しくたってこうやって、暇だったよと笑って傍に居てくれる。俺が我侭言わなくたって、俺の心の底の願いを聞いて、叶えてくれる。いつだって 優しい。いつだって、残酷なほどに。

先輩?」
「つ、つめた」

立ち上がって、俺の腕を掴んだ先輩の手が俺の掌をぎゅっと握った。そして驚いて目を丸める。
そういえば、自分の手はキンと冷えていた。こんなところに居れば当たり前だ。冷え性の先輩の手を冷やしちゃいけないなと思っていると、先輩は俺達の掌の間 にホッカイロを入れた。

「暫くこうしてればあったかくなるよ」
「・・・あ、りがとう・・ございます・・・・・」

掌から伝わる温かさは、ホッカイロの熱だけじゃなくて、先輩の手の温度と優しさが俺の体の中まで染み渡る。ああ、このままずっと、こうしていたい。


「じゃあ行こうか、静雄」


1歩前へ歩いてくるりと振り向きながら、先輩は笑った。
とても自然に名前を呼ばれて、一瞬気づかなかったけど次第に頭の中に先輩の声がこだまして、気がついた。

しずお、しずお、しずお。

優しい声色が、ふわりと俺を撫でた。


「はい、 、先輩……っ」


俺は、頬がにやけるのを止める術を知らない。




2011-11-25