数えようと思えば数えられるけど、面倒だからやめとく。
そんな俺はまた十七歳生活を送っていた。
学校は行ってないっていう設定のようで、制服も学校案内も地図もなかったから、俺は今のこの町、池袋を散策することで暇を潰している。
夕方、夕食や雑貨の買い物に出て、適当に見つくろった食材や生活用品が入ったエコバックをぶら下げて道を歩いていた。家を出た時は夕暮れだったが、買い物 を済ませて外に出てみると案外暗くなっていた。
あれま、と思いつつも別に急ぐ訳でもなく普通のスピードで歩く。
街灯が点滅しつつある道をふらふら歩いていると、向こう側から子供が歩いてきた。
こんな夜の都会を歩いているなんて危なくないか?と思い、街灯の下に来て明るく映し出された子供の風貌を見る。
普通の少年のようだ。黒いランドセルを背負って前を見据えて歩いてくる。ギン、と目つきが悪くて膨れている。膝小僧は少年の代名詞擦り傷が出来ていて(切 り傷のようだけど)、心なしかつかれている目をしている。
「きみー」
「ああ?」
声をかけたらやっぱり不機嫌そうに睨みあげられる。
(ひ!)
怯みそうになるのを心の底に留め抑えて外には出さないようにして、少年と目を合わせるべくしゃがんだ。
しゃがむと俺が見上げる形になる。
将来が心配になるくらい眉をしかめていて(皺になっちゃうぞ)でも微かに眉が顰められていた。
やっぱり膝小僧痛いのかな。
「こんな時間ってわけでもないけど、暗い時間だけど、大丈夫か?」
とりあえず一番に思っていたことを言ってみる。
「別に……家近いし」
「あれ、ほんと?送ってこーか?」
「いい」
子供扱いしてんじゃねえぞ!って言いたげに断る少年。ぷるぷると震えてるのは怒りではないと思いたい。
「じゃあ、ちょっと付き合って」
「はあ?」
何言ってんだてめえ、って目で見ないでください。
ヤンキー顔負けの睨み顔。
「ちょっとだから、ちょっとちょっと」
「……なんだよ」
はあ、とため息を吐いた少年。
「ここすわって」
小さな塀の上に座るよう促すと少年は躊躇いつつ座ってくれた。
(案外素直!)
エコバックの中から丁度買ってきていた傷薬をぷしゅうと彼の膝にかける。
「!」
ぴくりと細い膝が揺れた。
「あれ、しみた?まあ、我慢な」
ティッシュで傷にあまり触れないよう垂れてきた傷薬を拭いとり、ふーと息を吹きかけると少し怒られる。
「な、なにすんだよ!」
「いや、やらない?こうやって」
「やらねえよ」
虫刺されの薬と勘違いしてんじゃねえの、とぼそりと呟かれた。
「あ、そうかも……ごめんごめん」
あははと軽く笑い飛ばす。
「そういや小学生、名前は?」
エコバックから絆創膏を探しごそごそとしながら彼を見ずに質問をする。
「へ……じ……ずお」
「ん?」
聞こえないので耳にかかる髪の毛をかけて、耳を向けるともう一度言う。
「平和島、静雄」
「へいわじま、しず、お」
「……」
まだそこまで有名ではない気がするけど子供の中でめちゃくちゃヤンチャしているっていう噂を聞いた。
中高それから取り立て時代はもうすごく有名だけど、小学校のころはまだ馬鹿力の迷惑小僧だと世間に聞く。それでもこの子は俺が名前に少しおどろくと嫌そう な顔をした。
「静雄でいっか!はい、貼るよー」
勝手に名前で呼ぶねって笑って探しだした絆創膏をぺたりと貼る。
「……なんも、おもわねえの?」
「え?痛そうだなあって思うけど?痛くないの?」
「、別に……」
「へえ、偉いなあ」
「……、……」
なでなで、とまだ質の良い黒髪をなでる。
俺なんて虫刺され掻き過ぎたとか、ちょっと何かぶつけただけでじくじく痛むぜって笑うと静雄もふは、と笑った。
「なんだ、それ……」
「年取るとねえ……些細なことで体傷つくしー痛み長引くしー筋肉痛三日後だしー」
「いくつなんだ……」
「永遠の十七歳」
「は?」
「ほんとだもん」
すっと立ち上がり体を伸ばす。もんとかいうなって言われた。
すっかり日がくれた空は真っ暗でちかちかと星が光っている。
「俺のお付き合い終了ーやっぱ送ろうか?」
「……いい」
エコバッグを持ち上げて静雄に尋ねるとぷい、とそっぽを向いてしまう。
「じゃ、気をつけてな?」
「おう」
「怪我も気をつけてな」
「……おう」
「牛乳飲めば丈夫になるさ、きっと(骨が)」
そういうと、また少しだけ笑う静雄。
最後には子供みたいに手を振って別れた。
2010-07-08