今日は俺の誕生日だ。
目を覚ますといつもどおり携帯電話には1通のメールが入っていて、また17歳の誕生日を祝われる。一年に一度、幾度となく十七歳の誕生日がやってきてこの
メールを見ている。
”17歳の誕生日おめでとう”
お決まりのメールに何を思うでもなく、俺は寝転がっていた状態から体を起こした。部屋は少しだけ変えられてはいるが自分のものであることは間違いなくて、
慣れた足取りで冷蔵庫のほうへ向かった。苦いコーヒーで目を覚まし、顔を洗って更にしゃきっとさせる。薄らぼんやりと霞んでいた視界がはっきりとして、俺
は部屋を改めて見渡す。
棚の上には洋服が一式置かれている。新しい世界に来るとたいていその世界に合った服が用意されているので、黙々と腕を通した。
全身黒尽くめの格好で、マスクまで用意されていた。つけてみると、鼻の上まで隠れる。
黒の手袋まであり一番最後につけるべきだろうなと思いながら上着を手にしたところで一番下に硬いものが置かれていたことに気がつく。
「おめん?」
顔を隠す面だった。赤くバツ印が描かれた面の赤い部分には小さな覗き穴が開いていてそこから外が見える。
つけてみても面をしているという意識がないほどに、視界に邪魔が入ることも重みがあることもなく、しっくりくる面だった。用意されているということは今つ
けていなければならないということなのだろうか。面が外れないよう後ろできゅっと結い手袋まではめたところで扉をたたく音が聞こえた。
戸をあけた先には、動物をかたどった面をつけた人物が二人立っていた。
「その面、X様とお見受けいたします」
「火影様がお待ちです、ご同行を」
あけるなり姿勢を正した二人は面ごしに俺の姿を見とめて返事を聞かずに喋る。こういうのには従っておけと言うのがモットーで、火影という言葉にも覚えが
あったので俺はとりあえずコクリと頷く。朝ごはんは食べられそうにないな。
二人は俺を挟んで前後に並び家々の上を翔ける。スピードが速くて俺は内心ついていくのがやっとで目的地に着いたときにはすでに疲労困憊をしていたが悟られ
ないようにため息を吐く。
「ご面倒をおかけいたします」
迎えに来た面を被った人物の1人がぺこりと頭を下げる。ため息を吐いたから感じが悪かったのだろうか。俺はふるふると頭を横に振って弁解をしようとした
が、すぐに部屋の置くから声が聞こえて入るよう促される。
声の主は、しわがれた老人の声だった。
部屋に入ると笠のようなものを被った老人が座っている。
「X殿、じゃな?」
Xってなんだろう。最初からその呼び方の意味がわからない。そういう設定なのかと聞き流して頷きもせずに座っている人物を見据える。
面のおくから視線がかち合い緊張感がぴりりと走る。
「っ、……」
後ろで小さくうめき声が聞こえて振り返る。緊張していたから丁度良く気が紛れた。
振り返った先には膝をついて苦しげに肩を震わせている先ほど迎えに来た人の片方。もう片方はいない。
大丈夫だろうかと思っていると、すぐによろりと立ち上がり失礼いたしましたと頭を下げられる。謝罪を手で制してから、なるべく冷静にまた火影と向き合っ
た。
火影は、おそらく三代目だ。名前は覚えてないけど長らく火影を勤めていたから今がどの時代なのかわからない。ナルトのいる時よりも少しだけ若そうな気がす
るので、原作前なのだろうか。
「なにか」
いつまでも口を開かない火影に俺はしびれを切らした。何かごようですか、といいたかったけど息が詰まっていえない。本当、さっきの家から家へ飛び移るあの
偉業を成し遂げるのは至難の技だった。パルクールでもあんなに飛び回んないからね。いっきに三件建物超えるとか本当ありえないんですけど。息切れは頑なに
外に出さないようにしているので、息を潜めるように慎重に吐き出す。あー酸欠になりそう。
「本当に、一年だけなのですな?」
よくわかんないけど俺が一年しかいないと言うのは知っているのだろう。こくんと頷くと火影はため息を吐く。
「腰を落ち着ける意思は、……なさそうじゃの」
残念じゃ、と呟く火影。落ち着けたくても落ち着けられないからなあと考えながらも面の中で困った顔を浮かべる。留まる意思はないに等しいのだ。
「これから一年、よろしくお願いしますぞ」
その言葉に俺は小さく返事をする。
一年お世話になるのなら、面とかとるべきなのだろうか。
後ろの結び目を解き、面をかぽりと顔から外す。面をしていた意味は果たしてあるのかわからないけど、里の外に出るときとかにするんだろうから今は良いだろ
う、と自己判断をくだした。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて目を合わせると火影は眸に少しだけ驚愕の色を滲ませていた。まだ子供だったからだろうか。この歳で自立してる忍びなんて大量にいるだろ
うに。
「X殿には主に……」
「あ、ちょっと」
「なんですかな?」
「
です」
「?」
X殿っていう呼び方正直よくわからない。少し変だし、呼びなれないから、そう呼ばれても俺はきっと反応できない。
普通に
と呼んでくれればいいと告げると火影は頷き呼びなおしてくれる。相変わらず殿をつけようとするので、それも要らないと手で
制すとやっと敬語も敬称もなくなり安心する。恭しくされるほど俺は偉くない。というか一応雇い主だから火影は俺の上司だろう。
「改めて、
には主に中忍たちの面倒をみてもらいたい」
暗部の仕事とか上忍の仕事とかさせられてしまうのかと内心ビクついていたがほっと安心する。
「それ、殺しは?」
ありますかと尋ねる前に火影は目を見張る。ビビってるのバレちゃっただろうか。
「、……ない」
そうだよね、俺殺しとかさせられないよね。しかもどうやら俺はこの里の人間じゃない設定みたいだし。安心して思わず素で目を細めてふうと息を吐いてしま
う。
「よかった」
ぽろりとこぼれ出た言葉は本心すぎて火影に失礼だったかと顔を窺うが火影は顔を固めたままだった。聞いてなかったのかな、それならいいんだけど。
俺はそれにも安心して肩をなでおろす。
「では、これで」
火影と向き合ってたら緊張してしまうから、一刻も早くこの場を去りたくてダッシュで部屋を出て自室に戻った。
生死が関わる、危険な物語の世界に来たのは別に初めてではないし、どんなに平凡な世界にいたって死んでしまう可能性はあるのだけど、俺はやっぱり死ぬのが
怖いし殺すのも怖いし、命を背負う覚悟も強さも勇気もない。
この体と同じように、心はいつまでも子供のようにわがままで甘えたでのんびりで、ちょこっとだけ臆病。
2011-05-26