EndlessSeventeen


XXX 06(カカシ視点)

俺が生まれるよりももっと前から、有名な忍がいた。
五影同様に有名で、他里まで名前が知れ渡るくらいの忍だと聞いた。そもそも他里という概念は、あの忍……Xには通用しないだろう。なにしろ里に従事していないのだから。素性は一切不明で、噂だととこかの抜け忍だと聞く。大きな悪事を働いているわけでもなく、誰かに追われているわけでもない。ただ、大きな仕事を請け負うことが多く、成功率はとてつもなく高い。言い表せない程に強い忍だと言われていた。
全てが謎で、誰も本当の彼をしらない。

今年、木の葉に来ると先生が教えてくれた。リンもオビトも少しだけおびえていたけど俺は楽しみだった。憧れているというわけではないけど、尊敬はしている。その力に、名に、響きに、何かを感じる。

もう既に、この里に降り立っていて任務をしているはずなのだが、それらしき人物を見ていない。
あの噂に聞く面をした人物を、誰一人として目にしてはいないのだ。




夜の修行をし終わり帰る最中、月がいつもより大きく見えた。綺麗な白銀の光が木の葉の里を照らしている。
そこで俺は、屋根の上に違和感をみつけた。ぽつん、となにかが落っこちている。近づくに連れてそれは人だとわかり、任務中の忍かと思った。
傍に降り立って見下ろした瞬間、心臓が鷲掴まれたように振動した。

「綺麗な髪だね」

バツ印を書かれた面から、のんびりと紡がれた声。閑寂に響き夜風にするりと乗っかって俺の耳を突き抜けた。
身近に立っているのだから声をかけられるのも当たり前のはずなのに、この人物が声を発したことに驚いた。

「Xなの、あんた」
「うん。でも久々に呼ばれたなあ」

喋るんだな。と思ったけど口には出さなかった。
のびやかな口調はどこか親しみがある。優しい声音、口調、ゆったりとした仕草に、俺は少しだけ恐怖を覚えた。

「こわい?」

面と向かって顔を突き合わせ、バツ印の面に見つめられて身体が硬直した。
この人は、おれがこわいか、と尋ねていた。

怖いけど、何故怖いのかわからない。
だから、こわくなんか、あるもんか。

でも俺は答えられなかった。
ふう、とXからため息が聞こえた。ああ、人間なのかな。なんて変なことを考える。人の形をしているのに。

「何か用だった?夜も遅いんだから早く寝なよ?」
「はなしが、してみたかった」
「そうなの?」

子供扱いされたことに少し腹が立ったけど、優しい親のような注意のしかたに胸がくすぐったかった。
恐れられているXがこんなことを言うなんて。

「じゃあ話をしよう」

そういって、Xのマントがふわりと風に舞って俺に迫って来た。しまった、と身体がこわばったが肩に手が触れたとたん力が抜けて、彼のすぐ傍に腰をおろしてしまった。
温かいぬくもりがあるマントが、まるでブランケットのように俺にかかって夜風をしのぐ。

吐息の音が聞こえる。

知りたい。
この人の強さを、この人の温かさを、この人の冷たさを。
全部、知りたい。
あなたはいったい、誰なのか、教えてほしい。







命を惜しみ任務を投げ出した、忍者の話をした。忍者は失格だろうと尋ねると案の定頷かれる。当たり前だ。

「その人は、人間だったってことさ」
「俺は、忍の中の忍になる。そんなことにはならない」

あなたのような、忍者になりたい。
時には冷酷で、強くて、でもこんなに温かくて、ひとりぼっちな人。屋根の上で何を見ていたのだろう。月しか見えない空の下で、何を考えていたのだろう。
Xみたいになったら、Xと肩を並べられるようになれるんじゃないだろうか。ひとりぼっちが、ふたりになれるんじゃないだろうか。
わずかな期待と、決意がほのかに胸を震わせる。

「だめだよ、カカシ」

ふわりと風が吹いた。

俺の名前を呼ぶ声は、透き通っていて優しい、誰かの声と似ていた。

「―――――」

面がずれて、顔が少しだけ見える。

真っ黒な眸は、そう、知っている。




「バケモノに、なっちゃうぞ」




俺の額を小突いた指先は、信じられない程優しかった。
普段はその指先で、人の命を絶つのだろう。普段はその指先で、リンやオビト、俺の髪を撫でるのだろう。

明日もきっと、えらいねカカシ、って言うのだろう。




「自分が、バケモノってことかよ……」




あんなに優しくて悲しい眸をしたバケモノ、いるもんか。

2013-06-28