01
公安局刑事課の二係から執行官が一名、一係に異動となった。
名は、常守。四年前に執行官として二係に配属された。四年もいれば何度も顔を合わせたことがあるが、口数が少なく、表情の乏しいと仕事以外で口をきいたことがある者はいなかった。
そんなには一つ噂があった。
それは、は潜在犯ではないということ。とある捜査中、ドミネーターの射程範囲にいたの数値を偶然同僚が見てしまい気づいたことだ。誰も本人や上司に確かめず、噂として広まった。しかしは潜在犯と同じ様な生活を送っているため、ただの噂と言うことで、誰も信じてはいなかった。
「せっかく一係にきたなら、渾名つけないとねえ」
互いに顔と名前は知っていたため自己紹介の必要はなかったが、挨拶をさせられたにまず軽口を叩いてみせたのが縢だった。
「一係って、渾名で呼び合ってんの?」
「ん?俺がね〜。常守、つーちゃん?つねちゃん?もりもり」
さして関わりがなかった為、が一係にくだけた口をきくのも、笑ったのも、初めてである。
今までの印象とはうってかわって、実は人見知りもせずに付き合いの良いタイプだったと縢は認識した。年が近いこともあって色々と会話をしてみたが、互いに料理が好きだということで気が合い、その日の晩には縢の部屋で一緒に料理を作って食べる程になっていた。
新人の監視官である常守朱が配属されたのは、が来た一週間後で、出動と重なった災難な日だ。
執行官は総じて護送車での出動となる為、暗い車内に黙って座っていた。
「初日からこれってかわいそう」
「だよねー。ってかどんな子なのかな?女の子だよね?可愛いかな?」
「それは秀星の好みの問題じゃない?」
意外にも口を開いたのはで、すぐに縢は応じる。
軽薄ではないが言葉に抑揚がなく中身の無い会話を、六合塚は内心で軽口の応酬だと呆れながら聞き流した。
「コウちゃんは知ってるかい?」
「さあな」
せっかく話をふったのに、あまり興味のないような雰囲気で終らせてしまった狡噛に、縢はちぇっと悪態をついた。
朱は初めて見る現場や執行官たちに少したじろぎつつも、敬礼をして挨拶をした。だれもが、と同じ苗字であることを認識したが、今はそんな話をしている暇もなければ、さほど興味は無い。ただし宜野座だけは、指示を出す時にわざわざ常守監視官と常守執行官と分けなければならず面倒をこうむった。
朱の初仕事は、狡噛を撃つという結果に終った。場数を踏んだ執行官を三人もつけたのにこの結果かと、宜野座は深くため息を吐いた。狡噛はしばらく動けない有様であることと、出来れば口をききたくない征陸から報告を聞くのが嫌であり、残ったに状況を一度説明させた。
淡々と客観的に何があったかだけを語るの説明を聞き終えて、またも深くため息をついて、眼鏡を直す。
「お前はなにをしてたんだ。なぜ撃たなかった」
「監視官が撃つな、待て、と言ったからです」
「……」
監視官に忠実なその様は良いが、執行対象を執行しなかったというのはいただけない。宜野座はもう一度ため息を吐こうとするのをおさえて、の無表情をねめつける。しかしは、なぜ睨まれるのかわからないといったように、小首を傾げた。
「間違っていましたか?」
「……後のことは常守監視官に聞く。お前は下がっていい」
「はぁい」
少し間延びした返事をしては宜野座に背を向けた。
が甘いわけではないと、宜野座は分かっていた。の元上司である青柳から、そういう類の話は受けていない。むしろ冷静沈着で、よく言うことを聞く執行官だと言われた。その、よく言うことを聞くと甘いがイコールするわけではないのだろう。のちの、朱の報告と言い分を聞いて、宜野座はのとった行動の意味を理解した。きっとは朱の気持ちを察したのだ。けれど、それをよしとするわけではなかった。
執行官が監視官の言うことを聞くのは当然のことである。しかし、監視官の意を汲むことや、特別正義感に満ちあふれている朱に同意して待機できるが、潜在犯であるというのが些か納得できない。一時期流行ったの噂の所為で、その思いが少し膨張するのだ。
ソーシャルネットの成り済まし殺害事件の捜査で、被疑者を追いつめた際、は偶然宜野座の反対方向に居た。少し横にそれればにあたるかもしれない位置だった。被疑者に当てればにあたることは無い為、宜野座はさして気にとめていない。ところが、照準を合わせている最中、がドミネーターの射程範囲にうつりこんだ。当たらない位置に移動するための一時的なものだった。
「、」
宜野座は息を飲んだ。
の犯罪係数をドミネーターが読み取ってしまったからだ。
『執行対象ではありません。トリガーをロックします』
案内の声が聞こえ、ドミネーターがロックされかけた。慌てて照準を被疑者に合わせれば、また青い光を放つ。
は宜野座と目が合うと、困ったように笑った。
「それにしても、なぁんでギノさんのドミネーター、一回ロックされたんすかねぇ」
一息つくと、縢が気怠そうな声をあげ、宜野座のドミネーターにちらりと視線をやる。
宜野座はその問いに答えること無く、と手に持っていたドミネーターを交互に見てから、ドミネーターをに向けた。
「えっちょ、ギノさん!?」
六合塚と縢は急に宜野座がドミネーターを向けたことに驚きの声を上げるが、当のは動揺も見せずに宜野座を見ていた。
今度はきちんとを任意執行対象と認識し、ドミネーターのトリガーはロックされなかった。
「故障か……?」
「なんだったんですか?」
「いや、故障ってなんすか?にちゃんと反応したっしょ」
すぐにドミネーターをおさめた宜野座に、六合塚はいつもの無表情で尋ねた。
縢はと宜野座を見比べながら、少し歪んだ笑みを浮かべる。
「トリガーがロックされる前、照準は常守だった」
「げ!あぶねーじゃないっすか、ギノさん」
「撃ち間違えるようなことにはならない」
「つまり、常守の係数が執行対象外だったからロックされたと?」
「そうだ」
は自分の話にも関わらず、口を開かず三人のやり取りを眺めた。
「だが、今は平常だ。……メンテナンスに出しておこう」
「そっすねぇ」
やれやれと言いながら縢は頭を掻いて、の背中をぽんと叩いて笑った。
はたいして気に留めていた様子もなく、縢に小さく微笑みを返す。その落ち着いた笑みを見ると、縢は安心感と同時にくすぐったさを感じるのだった。
三人称視点ではじめてみました。主人公わけわからん人になりますね。
May.2015