harujion

うそつきクリアカラー

02

朱が公安局に併設された宿舎の縢の部屋を訪ねた際、も一緒に部屋に居た。
二人とも手料理が得意で、よくこうして互いの部屋で夕食を食べるのだ。
慣れた手つきでフライパンを揺する縢と、具材を切りながらひとかけらつまみ食いをしているを尻目に、朱は縢の部屋のゲーム機を眺める。
二人の仲の良さや料理が出来る意外性、普段会話をしないの態度等よりも、朱はまず狡噛の話を聞いた。
監視官権限でファイルを閲覧することもできるが、狡噛にそれがバレるのが嫌だと言うと、縢は茶化すように恋かと笑う。その冗談に、朱は腹の底から笑ってやった。
「縢くんって恋したことあるの?」
「あのね、朱ちゃん、俺ってば人生の先輩よ?」
朱と縢は離れた位置から会話をし、は素知らぬ顔で切っていた具材をもう一つ口に放り込んだ。頬が膨らみもぐもぐしている様子を縢は一瞥して、これ以上つまみ食いしない様、頭を少しだけ押した。
「たとえばこれ」
縢が瓶を掲げて笑う。

「ジュース?」
「違う!酒だよ!本物の酒!」
今では中毒性を恐れられ、一般市民はメディカルトリップかバーチャルが主流となっている為、朱はきょとんと首を傾げた。健康優良児と縢が称したのは間違いではない。
そもそも潜在犯である縢にとっては酒など恐れる必要も無く、慣れた様子でよく口にしている。
ある程度心得ている縢は、朱にも酒を楽しそうに勧めた。朱は酒が怖いと言う訳ではなかったし、縢が口を滑らせるかもと言う誘いに乗って、料理をし終えたと縢と共に席に着いた。
「あれ、常守くんは飲まないの?」
「朱ちゃんもっと言ってやって!は一回も一緒に飲んでくれたことないんだよ?」
結構仲良くなったと思ったのになあ、と縢は付け足して、少し嫌そうな顔をしているの頬をつっつく。
そこで朱はようやく、と縢が案外仲良いという話題に触れた。
「二人はよく一緒にご飯食べるの?」
「秀星の料理美味しいから」
「おお?なに、褒めてくれちゃってぇ。だからって逃がさないぞーっと」
「あっこら」
縢は三つ目のグラスにワインを注ぎながらにっこり笑う。
が分かりやすく表情を変えたのを、朱は正直な話初めて見た。
「…………常守さん、動機や目眩がしてきたら飲むのやめるんだよ」
ワイングラスを受け取り、酒の匂いに顔を顰めたは、朱に忠告をした。
「ってゆーか、なに、お互い苗字で呼びあってんの?」
「ああ、まあ、互いに呼び合うときは不便ないし」
「たしかに」
縢はの嫌そうな顔など気にもとめず、と朱の呼び方を聞いて面白そうに笑った。
「宜野座監視官なんか、律儀に常守監視官と、常守執行官って呼び分けてるよね」
「それ言ったらさ、俺以外の執行官はみーんなのことは常守って呼び捨てじゃん?監視官呼び捨てにしてんのとかわんねーよなあ」
「しかたないよ、常守さんが来る前から居たんだから。いただきます」
「まてまて、乾杯から」
フォークもちながら両手を合わせたを、縢はグラスを片手に止めた。は嫌そうにしたが、朱が笑いながらもグラスを掲げたので仕方なくグラスを持った。
かちん、とグラス同士をあててから、縢はぐいっと一杯飲み干した。朱もそれに倣って口をつけて呷るので、も口を付ける。朱は平気だったらしく一杯飲み干したが、は数口飲んだだけでやめてしまった。
「常守くんはいつから執行官に?」
「俺は四年前。常守さんがくる前は二係にいたよ」
「そうなんだ……四年って、あれ、今いくつ?」
「はたち」
「……早いんだね」
「俺たちゃ根本的に生き方がちがうのさ」
圧倒された朱をみて、縢は二杯目を呷ってからへらりと笑った。
縢は五歳の時から隔離施設に入れられていたのだから、たしかに朱とは全く別物の生活環境だったに違いないと、朱は思った。
「ほら、酒が減ってないぞー」
「う、酒くっさ」
の肩に腕を回して懐く縢は、見事に嫌がられている。がグラスを飲み干すと縢は満足げに頭にすり寄って子供にするみたいに良い子良い子と笑った。
朱は縢が既に酔っている様子を眺めて、二杯目を飲み干す。
「ほんとに、生き方が違うよ」
呟くように口を開いたに、縢と朱はグラスを持ったまま視線を向けた。
「俺は赤ん坊の頃から隔離されていて、育児用ドローンが親代わりだったし、十歳になるまで医者以外みたことなかった」
が零した経歴を、縢と朱は初めて聞いたため、思わずえっと声を漏らす。
「常守という名だって、誰がつけたのかわからない」
ふんと鼻で笑ったは、プチトマトを口に放り込んで、頬を膨らませながら噛んだ。
はこの世界に生まれた瞬間から、潜在犯と認定された。数値的には処分には至らないものだった。また、今までに無い例だったことから、経過をみるという名目で、半ば実験動物のように監視された。
完璧かつ清廉な生活を強いられたが、の係数は一向に下がらなかった。誰もが首を傾げるなか、だけは自分の異質さを理解していた。

「……ごめんお酒のむと、いろいろ緩むんだよね」

は柔らかく微笑んだ。

一杯飲んだだけで口が緩くなり眠たそうにうとうとしていたはとても酒に弱いと言えたが、縢も朱に言わせれば酒に弱い人間だった。酩酊状態で、朱の聞きたい狡噛についての情報を喋った。しかし縢は狡噛が執行官に降格されてからの採用だった為、詳しいことは分からなかった。ならば、縢より前から執行官をしていたはと思ったが、はすでに夢の中であり、縢の腕の中だ。
もちろん、が縢にすり寄ったのではなく、両腕を広げていた縢の傍で、がただ力尽きただけである。
酔っている縢は手持ち無沙汰だったのかの頭をなで回しているため、朱は呆れ半分、面白半分に二人を見て、ワインをもう一杯飲んだ。



は何度生まれ変わっても酒が苦手だった。
そもそも匂いや味がさほど好きではない為に自分から口にすることがあまり無い。強いものなら一口だけで、普通のものでもグラス一杯飲めば五分後には強制的に眠りに落ちる。
ソファや椅子の上で身体が凝り固まった状態で目を覚ますこともあれば、身内や親しい間柄と一緒だとベッドに放り込んでくれているときもある。一番嬉しくない目覚めというのは、今の様に、当人と同じベッドに入っていることだ。
は無表情のまま後悔の念にかられた。
兄弟や気心の知れた友人ならまだしも、まだ出逢って二ヶ月の同僚と同じベッドで目を覚ましたのだ。
縢はプライベートを共にすることもある為友人と言うカテゴリに入っているのは確かなのだが、それとこれとは別の話である。
が目を覚まして項垂れてるのもかまわず、当の本人、縢は気持ち良さそうに眠っていた。そっと手を伸ばしてセットされていない髪の毛を掻き混ぜると、縢は眉を顰めての手から逃れるように顔を背けた。
「秀星、今日非番?」
昨日の晩は碌に話もせず酒の所為で寝落ちたため、は縢の予定を知らない。
「んぁ、ぁえ??」
「仕事は?俺一旦部屋戻……」
「ぅああぁ!?」
ぼんやりと目を覚ました縢に、はもう一度今日の予定をたずねた。どちらにせよ出勤であるは部屋に戻ってシャワーを浴びるつもりなので、縢には一声かけようとした。ところが、目をまんまるに丸めて、縢は飛び起きる。

あまりの勢いには肩を揺すっていた手を引っ込めた。
「な、なんでが同じベッドにいるんだい」
最悪のケースを想像してしまったのか、縢は顔を歪めて笑う。はそれを察し、自分も若干嫌な気分を取り戻して眉を顰めた。
「知らない。俺、酒飲むとその場で寝るから、秀星が連れて来たんじゃないの」
「俺ぇ?男をベッドに連れ込むような真似すると思う?」
「酔ってたし」
「そりゃだって一緒じゃないか」
手をぱっと広げて、オーバーなリアクションをする縢。
は酔っても記憶を失わない自信と経験があるが、縢はどうも記憶はおぼろげだし、自覚もないようだ。
「とにかく互いに身体の異変はないならいいんじゃない。俺は仕事だから一度戻る。昨日はありがとう、あとおはよう」
「あ、う、……おはよう」
言いたいことだけ言ってベッドから降りて、てきぱきと部屋を出て行ったの背中に、縢は遅れながら返事をして、ひらひらと振った手をぽとりと落とした。

縢に昨晩の記憶はあまりない。と約束をして夕食を作っている所に朱が訪ねて来て、狡噛の話を聞きたいと言って来たことは覚えている。それから大して乗り気ではないに酒を飲ませて、朱と他愛ない話をして、の過去の話を聞いた。どんどんふわふわした記憶になる中で、が縢の隣ですやすやと眠っていたこと、狡噛の話を朱にしたこと、朱を見送ってリビングに戻ったらがソファに丸まっていたことを思い出した。
「う、わ〜」
おそらく自分がベッドに連れて来た、ということを理解して、恥ずかしくなった。
縢は、わざわざ同じくらいの身長のをベッドまで運んだ過去の自分のことが分からない。ソファで寝かせておいても風邪をひく環境ではないし、を運ぶくらいなら毛布を運んでかけてやれば良い話だった。
頭を冷やすついでに気分転換として、シャワーを浴びながら、段々と冷静になる頭で、更に昨晩のことを思い出した。
自分の身体に違和感が無いため、が縢に何かをしたことは絶対にないだろう。しかし、自分がに何もしていない証拠はなかったのだ。そして、薄暗い寝室と、隣の寝息と、温度と匂いが記憶を巡る。

縢は何もしていない。ただ、が隣に眠っている状況をよしとして、熟睡したという事実はしっかりと頭に刻み込まれた。
シャワーが身体を綺麗に洗い流してくれても、自分の過去は洗い流せなかった。

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秀星好きです。ただし、口調が一番わからん。。
May.2015