harujion

うそつきクリアカラー

03

何者かに謀られて連れ去られた狡噛からの連絡が入り、朱はと征陸と共にかけつけた。
「もう一人居る……お前のダチを連れてった……」
狡噛のうめき後を聞き、と朱ははっとする。
「どいてろ、嬢ちゃん。とにかく血ぃ止めなきゃ……」
朱はまっすぐ、狡噛の指差す方へ走っていった。咄嗟には朱を追い、征陸は宜野座に報告をしてから、狡噛の処置を急いだ。
は一係の中では征陸と狡噛に次いでのベテランで、危機回避能力や状況判断には優れた人物だと皆評価している。だからこそ、宜野座は征陸と狡噛とを朱につける事が多いのだ。

が朱に追いついた時、朱はドミネーターを構えて槙島に向けている所だった。傍には、下着の上にジャンパーを着せられただけの女性、船原が居る。
も同様に槙島にドミネーターを向けたが、犯罪係数は執行対象外だ。トリガーをロックされてしまい、ドミネーターはただのおもちゃ同然になった。
「いますぐゆきを解放しなさい!さもないと……!」
槙島が投げた銃とドミネーターの両方を持って、朱は一人で震える。
は、朱に本物の銃は撃てないと思った。色相が濁らない人だからこそ、人を傷つける判断は下せない。
「さもなければ、僕は殺される。君の殺意によってね」
槙島は、の登場など意に介さず、船原の髪の毛をナイフで削ぐ。
「それはそれで尊い結末だ」
震える朱の、銃を持つ右腕をは支えた。
「人差し指に、命の重みを感じるだろう?シビュラの傀儡でいる限りは決して味わえない。それは決断と意思の重さだよ」
槙島に煽られ、船原を助けるため、恐れながらも朱は目を瞑って銃を撃った。固定してやってもよかったが、それは朱の為にならないと思い、は撃つ瞬間の朱には触れなかった。
全く見当違いの場所に弾が撃ち込まれ、朱の手から離れた銃を、は受け取った。
呼吸を整える余裕もなく足が竦んだ朱を、槙島は残念そうな面持ちで見下ろす。
「残念だ……とても残念だよ、常守朱監視官」
「動くな」
が朱の前に立ち、槙島に銃を向けた。
「おや……さっきからただ立っているだけだと思っていたが、君はただの棒では無かったらしいね」
ドミネーターを捨てて両手で持ったは、朱とは違い、撃つ姿勢をしていた。
槙島はその様子によろこび、微笑んだ。
「両手をあげて、跪け」
銃口をしっかりと槙島に向け、狙いを定めて指示をした。しかし槙島は動くことはない。
「いいね、その意思をもった眸、聲、行動力……」
は躊躇い無く、槙島の右足を撃った。

「跪け、と言ったんだ。口を開くことは許可してない」

銃声の余韻が消えぬうちに、の声が響く。
片膝をつきそうになっている槙島は、撃たれたと言うのに愉しそうに笑った。はその様子を見て顔を歪めた。
「素晴らしいよ……名前を教えてくれないか」
「……」
は返答をする気がないらしい。口を開く槙島をもう一度撃とうか逡巡して照準を合わせたが、引き金には手を掛けなかった。
「君の口から聞きたかったのにな、常守
槙島はの名前を言い当てたというのに、は関心を示さず、船原にむかって声をかける。
「人質の人、悪いけど自分で離れてくれる?」
「!あ、」
「駄目だよ、常守監視官にはお仕置きをしなくちゃ」
立ち上がろうとした槙島に、朱と船原はびくりと震える。
そのとき、二発目の弾は槙島の右肩を擦った。
ナイフが持てない程の傷ではないので、はもっと射撃の練習をしておくべきだったかと舌打ちをしながら悔やんだ。
「……っ、ふふふ」
しかし、槙島は二発も自分を傷つける為に引き金を引いたに、心底嬉しそうに笑って、ナイフを持つ手を降ろした。
が、きもちわる、と呟いた声は朱には聞こえていたがそれどころではない。
「もっと君と楽しみたかったよ、常守
「は?」
は顔を顰めたが、後ろから誰かがやってくる音がして納得した。
隠し持っていたらしい煙幕によって槙島にはまんまと逃げられ、船原は刺し傷を負った。痛みによる船原の悲鳴と、朱の狼狽する声を聞きながら、はすぐに船原の方に駆けつけ、患部を圧迫する。
致命傷を負わせなかったのは、が追って来ないようにするためだ。船原が助からないと判断したらすぐに見捨てるだろうと、見抜かれていたのだ。
全くもってその通りで、はもし船原が喉を切られたり心臓をひと突きされたりしていれば、槙島の行方を探した。
しかし船原は刺されたが未だ生きている。そして、刃物を抜かれた所為で出血が多い。放っておいたら死ぬ相手を、放っておく程ではなかった。
見通されたことは癪だったが、は船原が生きていることに感謝する他なかった。


「力が至らずすみません」
「ううん、常守くんは、よくやってくれた。私だけだったらゆきを助けられなかった」
頭を下げたを朱は責めなかった。銃を撃ちながらもは誰も殺さなかった、そして、死なせなかった。
「何があった」
船原と同様に担架に乗せられた狡噛が通り、朱の腕をぽんと叩く。
「あの男と……会いました」
「あの男?」
「槙島聖護は……ドミネーターで、裁けません」
沈痛な面持ちで、朱は報告をした。
あやうく友人を喪う所だったこと、予想外だったこと、自分が何も出来なかったことを思って、ぽろぽろと涙を零した。
と征陸は、何も言うこと無く雪が降って来る様子を見つめて、慰めるのは狡噛に任せた。

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主人公に「跪け」って言わせたいだけでした。
May.2015