05 心臓
学校を騒がす馬鹿な子供は沢山居た。中でも大馬鹿者なのは名前を口にするのも忌々しいアレと、その取り巻きのグレンジャーとウィーズリーだ。
ウィーズリーといえば、あの悪戯仕掛け人を名乗るやつらも馬鹿者だ。知識と時間の無駄遣いなことこの上ない。
入学当初から双子の悪戯仕掛け人として名を馳せていて、目立ちたがり屋の愚か者だと思っていたが、しばらくして一人増えた。
聞くところによると、双子ではなく三つ子だったらしい。厄介な馬鹿がまた増えたと人知れずため息を吐いた覚えがある。
グリフィンドールの授業の際、ふと目に留まったウィーズリーの名。今まで大した問題も起こさず静かに授業を受けていた生徒だった。本当にウィーズリーの三つ子なのかと疑うほどに静かだが、瓜二つの顔を両方に控えさせているところや、赤毛なところを見ると確かにウィーズリー家の者のようだ。
魔法薬を作っているその手元を窺うと、ぼうっとした顔からは想像がつかない程にてきぱきと動いていた。全て頭に入っているようで、無駄な動きも迷いもない。
ある日、丁度騒ぎを起こす瞬間を見ていたが、どうやら・ウィーズリーは脇の二人に抱えられて付き合わされているらしい。読みにくそうな体勢で本に目を向けたまま動こうとしない奴を二人はせっせと運んでいた。
諸先生方の小言や、普段の悪戯の様子を見ているとどうやら、意欲的にやっているのではなく巻き添えを食らっているのだと分かった。見るたびに面倒くさそうな顔をして、腕をひっぱられている。
昔の自分を少し思い出した。奴は共犯にされていたのだから立場は全然違うのだが、破天荒な行動にいちいち付き合わされていたという点では同じのような気がする。
しかし、らしくない興味を抱いていた自分に気がつきすぐにやめた。
ただ、悪戯によく巻き込まれている(若干同情する)優秀な生徒というだけだったのだが、ここ数年・ウィーズリーの行動が少しおかしいことに気がついた。
闇の帝王が起こす事件、もといポッター(にとりまくウィーズリー)に関する情報が恐ろしく正確だった。知っているはずが無いのに、怪我をしたウィーズリーの身を案じて保健室へ来たり、なぜか女子トイレの前で待っていたり(後にそこからウィーズリーやポッターたちが秘密の部屋から生還した)、おかしいことばかりだ。
しまいには、不覚にも気絶させられたのを森の出口で揺さぶり起こしたのは奴だった。
「何故ここにいる」
「弟を迎えに……」
困ったような笑みを浮かべてみせて、足を怪我している弟に手を貸しながら立ち上がる・ウィーズリー。弟よりも小柄ではあるが、しっかりと肩を貸して歩いていた。ようやく保健室へ連れて行き弟をマダムポンフリーに任せる。一昨年は心配そうにおろおろしていた癖に、今は少し冷静な顔をしていた。けれど心配しているのには変わりないようでしきりに具合を尋ねている。
「まずは治療です。邪魔になるので出ていなさい」
マダムポンフリーにそういわれ、・ウィーズリーはしぶしぶ部屋を出て行く。
用を済ませて廊下へ出ると、・ウィーズリーは壁に寄りかかりしゃがんでいた。弟の治療を待っているのだろう。
「先生はお怪我はしてないんですか」
「無論だ」
「そうですか」
ただ単に大人しい性格なのかと思っていたが、・ウィーズリーは大人びていた。十代の子供の眸ではないと、思った。
「聞きたいことがある……来い」
「はい」
しゃがんだ・ウィーズリーを見下ろして告げると、顔を上げた。わかっていたような顔をして頷くからさらに疑心暗鬼になる。何かを知っているのは分かっているが、理由もやりたいこともわからない。
「先生、俺はあなたを尊敬しています」
部屋に着き椅子に座らせたが、何かを尋ねる前に・ウィーズリーは口を開いた。しかしその言葉の内容は突拍子もなく、思わず眉を寄せた。
・ウィーズリーの眸は、弟同様にブルーの色をしていたが、奥底には仄暗い何かが立ち込めていた。
それは奴の心に燻る闇なのだろうと感づく。
「とても、聡い人だから」
「何を……」
「俺は、あなたが何を聞きたいか、何となく分かってます」
にこ、と笑った顔は何もかもを受け入れたような穏やかな笑みだった。
(いつも、何かを恐れ警戒するようなくらい面持ちをしているようだったというのに)
ここへきてこんなに笑う奴だったのかと少し驚く。今は、何も恐れるものは無いような、安心したような顔をしていた。
「では話が早い……何を企んでいる?ウィーズリー」
「企む程のことはないです。ただ、家族の安全を———ねがいます」
「ほう……安全とはどのレベルのことを?現に君の弟はよく問題を起こし失神やら怪我やらをしているがね」
「それにも、俺はいつも心配していますよ」
・ウィーズリーの顔に、嘘の色は見えなかった。
「何を、知っている?」
起こっている事件を把握しているようにしか思えない奴の行動に幾度となく頭を悩ませた。
じっと顔を見つめて問う。
何かしら変化があるだろうと思ったからだ。しかしかれは、やわらかく笑った。
「……全てを」
この笑みは、悪魔の笑みか、天使の笑みか。
私には推し量れなかった。
Sep.2011