harujion

ハルジオン

06 コウモリの約束

———何を、知っている?とは。
とても核心を突いた質問だと思う。
俺の行動は事件の容貌を知っているかのようだったから、先生は俺のことを闇の帝王の部下か何かだと思っているのかもしれない。
「……全てを」
前からこの人には、話そうと思っていた。怪しまれるであろうことも分かっていたし、嘘をつけないことも分かっていた。何より、俺はこの人を純粋に好いている。あとは、なんとなく。
自分のことを知っている人を作っておきたかったのかもしれない。
「俺、前世の記憶があるんです」
「随分お粗末な言い訳だ……もう少し優秀だと踏んでいたが」
「……聞き流してくれても構わないけど」
眉をしかめるスネイプ先生を少し諭す。確かに俺の話は少し突拍子もないことかもしれないけど。
「前世はこことは違う世界でした」
魔法使い存在するのかは分からないけれど、とにかく違う世界であること。しかしよく似ていること。マグルの中で育ったこと。俺の本当の生い立ち。———ハリーポッターシリーズの本が存在すること。
かい摘んで話をした。
「その本の中の出来事が今、ここで起こっているんですよ」
「そのような話を信じろと?」
「お好きに」

俺の話を難しそうな顔をして聞く先生に小さく笑った。
「俺は……ハリーを守る気も、闇の帝王に仇名す気もないんです……面倒だから」「何を……」
「あ、先生……これ闇の帝王に言っちゃ駄目ですよ」
これを闇の帝王が知ったら何としても俺に真実を吐かせ、利用するだろう。ハリーは偶然や内密な企みありきに勝ったのであって、少しでもそれに気付かせてはならない。
俺は原作どおりになってもらわないと困るのだ。
閉心術ちゃんとしてくださいね、と笑うと先生は苦い顔をしていた。
「俺が守りたいのはフレッドです」
いきなり名指しをした俺に目を丸めた先生は、多分一瞬で分かったのだろう。フレッドの命が脅かされることを。
俺が家族を守りたいことと、未来を知っているということを少しは信じてくれただろうか。

「でも守れる自信も勇気もまだ持ってなくて」
「あまり仲が良さそうには見えないが?」
フレッドとジョージとは普段仲良くしていないので先生は訝しんだ。
「仲良くしちゃったら、辛いんです、きっと……」
俺はぽつりと呟いた。
「もう、愛してしまいました……皆のこと」
毎日一緒に過ごす人を失うだなんて耐えられない。だから少しでも接しないようにしてきた。その所為で俺がフレッドとジョージをあまり好いていないと思っているみたいだ。
守る勇気も、傍に居る勇気もない、とても中途半端な俺はいま、家族よりも自分を守っている。
守りたい、とせめて口にしておかないと俺は何もできなくなってしまう。
「先生は、とても勇気ある人だから」
「、何を」
「愛する人のために命を懸けてる」
先生は呆然と口を開いていた。
「先生のように、……守れたら」
守れたら。守り抜けたら。
守って死ねたならば。
「きっと、本望なんだろうなあ……と、俺は思うんですよ」

くしゃりと浮かべた笑みは、どうしてもぎこちなかった。これから待ち受けている恐怖に震えているのだ。
守れなかったら後悔するだろう。だから俺はこの人を見ることで、なんとか立ち上がろうとしていた。

「あ、でも、ひとつだけ」
「?」
「思い残しがあるんですよね」
先生はもう俺の話を疑うのをやめたらしい。信じたというのではなく、ただの俺のひとりごととして受け止めてくれた。この小さな小さな優しさも、なんだか好きだった。
「フレッドとジョージが俺の名前を取り合うかもしれないんですよ」
未来に生まれる子供に、つける名前が1つしかない。という、こちらの世界のママが名づけてくれた名前だけ。
フレッドが死んでしまったから、ジョージは息子にフレッドという名前を与えた。そのフレッドとなる子は生まれないかもしれないし、未来に生まれる子供の数は分からないから、名前はひとつだけで良いかもしれない。
でも、なんとなく、俺は1つずつ残していきたかった。もう一つの、俺の本当の名前もあげたかった。
もちろん、俺の名前をつけないという選択肢はこれっぽっちもなかった。
だって、フレッドとジョージはきっと俺を悼んでくれるはずだし、忘れないでいてくれるはずだ。

「ずいぶんと自信があるようだな……」

先生の、呆れたような眸の奥底で揺らめいたのは、同情だろうか。
その同情をもってして、どうにかこれを伝えてくれないだろうかと小さく願った。
「先生、俺のもうひとつの名前を預かってくれませんか?」

懸けてみようと思った。

遺言を、ここに置いていこう。
そして、覚悟を決めよう。願うばかりではだめだから、叱咤して立ち上がろう。


もう、後には戻れないように、誓いを。


誓いというには随分と子供じみていて、あっさりとした言葉だったけれど。



「俺のもうひとつの名前は……」

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Sep.2011