08 閃光
じわじわと闇が広がった。やがてその闇は世界まるごとを包み込んでしまう。
分かっていたことだったけれど、胸が締め付けられるように痛くて気が沈む。今まで、沢山の人が死んだ。これからもっと沢山の人が死ぬ。
俺は原作を読んでいたとは言え細かな事件の詳細はもう覚えていないためホグワーツでの決戦が何月何日なのかはわからなかった。ダンブルドア軍団のコインはいまだにポケットに入れて持っているけれどまだ呼び出しはない。
その呼び出しが来た時が、俺の本当の役目を果たす時だ。
そして、ついにその日はやってきた。
コインに呼ばれたのだ。
家族全員がホグワーツへ向かった。在学中の妹も心配だし、きっとそこにはロンもいるだろう。原作通りならば死ぬはずはないけれど、俺は注意深くあたりを警戒した。
ふと、物陰に黒い何かが動いた。あ、と思い俺は思わずフレッドとジョージから離れてそちらへ行った。
「「!?」」
「先に行ってて」
ホグワーツを出てどこかへ向かおうとしていたのは、スネイプ先生だった。
早歩きで闇に溶け込む先生を背後から呼びかけた。はっと肩が動き此方を振り返るのが見えた。もちろん杖は突きつけられていた。でもその杖先から魔法が飛び出ることはなかった。
「先生……行くんですね」
「・ウィーズリー……」
「とうとう、この日が来ましたね、これで決着がつくはずです」
「!」
眉をしかめる先生に俺は困ったように笑いかけた。
「長い苦しみもじき終わります。あなたの愛は証明される……」
先生は何も言わずに俺の眸を見ていた。闇の世界に俺は小さく呟いた。
「どうか、お元気で」
俺の愛も証明できるだろうか。
心の中で小さく呟いてから、先生に最後の別れの挨拶を述べた。この人はじき死ぬのだろう。でもそれはこの人にとって救いだと思った。
ハリーを守るという為だけに、リリーのいない世界を生きた人なのだから、ハリーを守る必要がなくなったら、きっとリリーに会いに行きたいだろう。死ぬということは、役目を果たすということ。
ぺこりと頭を下げ、俺は学校の中に戻った。先生はついぞ俺に攻撃することはなかった。
「!」
「あ、何処行ってたんだよ!戻ってこないから心配してたんだぞ!」
フレッドとジョージの元へ行くと、二人にぎゅうっと抱きしめられる。
よく抱きつかれているがいつも俺は抱き返さないで、何もせずに受け入れている。でも今日だけは、背中に掌を当てた。広くて少し筋肉のついた硬い背中だった。
「「!?」」
ぽん、と触れると、二人はとても驚いていた。
「ど、どうしたんだよ、珍しいじゃないか」
「怖いのか?」
俺の背中を、ジョージは戸惑いながら叩いて、フレッドは嬉しそうに撫でる。 フレッドとジョージ越しに、遠くの森を見つめた。
腕を放し開放して廊下を歩くと、二人は定位置である俺の両脇に並んで、手をぎゅっと握った。これじゃ俺が杖を出せないけど、まだ始まっていないからいいかと受け入れた。
「「なら大丈夫さ!」」
俺が不安を感じているのが分かったのだろう、2人は声を揃えた。
「呪文をいっぱい知ってるし」
ホグワーツでの授業が必要ないと断言できちゃうほどね!とフレッドが笑った。
「反射神経も鋭い」
クィデッチに参加してくれていればきっともっと点数が取れただろうに!とジョージがふざけて嘆いてみせる。
そしてまた2人は声を揃えた。
「「それに、は俺達が守るよ!」」
にっこりと笑ったそばかすだらけのそっくりな顔はとても頼もしかった。俺のことを大好きでいてくれるのも、大切にしてくれているのも、絶対守ろうとしてくれているのも分かった。
「ありがと。……俺も、二人を守るよ」
「「そりゃ心強いね」」
最近、俺はこの二人に押されてばかりいる気がする。涙をこらえるのは、何度目だろう。
この世界にきて、自分が涙もろいことを思い知った。それほど家族が温かいということだけど、これじゃいけない。気持ちが揺らいでしまう。
でも、揺らいだ分だけ、家族を守りたいという気持ちは膨らんだ。
大きくて不安定なそれは今にも爆発しそうだった。
「フレッド」
フレッドの名前を呼んで頬に唇を押し当てる。
「ジョージ」
同様に、ジョージの頬にも唇を押し当てた。
「「!!!!」」
抱き返した時以上に二人は驚き目を丸めた。
「「今までおやすみのキスすらしてくれなかったのに!!」」
どうしたんだい、と頬を掌で押さえて動揺している2人。
(動揺してても同じこと言うんだなあ)
ママやジニーやロンやパパにはよくしていたけれど双子や兄達には殆どしなかった。
(ビルやチャーリーは遠くへ行くことが多いから時折行ってらっしゃいのキスをしていたけれど)
「あいさつじゃないか。……それと、おまじない」
そっと笑って、俺は2人の腕に手を通して引っ張って廊下を歩いた。
そのとき、ドォン、という何かを攻撃したような音が響いた。
(はじまった……)
フレッドとジョージも感づいたようで、俺達は組んでいた腕を放した。名残惜しい気持ちになったけれど、仕方がない。俺は、もう十分別れの挨拶をしたはずだ。
ホグワーツはボロボロだった。
見方も敵も森も何もかも傷ついていた。俺は打ち身や切り傷など多少の怪我をしたがまだ戦えるくらい力が残っていた。ふと、遠くに、死喰い人が見えた。
そこらじゅうにいるけれど、一人が目に入った。誰なのかもわからないけど、杖を構えたのは見えた。
危ない。フレッドが、危ない。でも足は、体は、手は、咽は、動かなかった。死を目前に怖気づいたか。
けれど、緑の光りが放たれたとき体は疾風のように動いた。
双子は欠けてはならない。俺はそのためだけにここまで生きた、この戦場に来た、覚悟を決めていた。今この瞬間のためだけに、記憶を持って、生まれた。
短い人生だったけれど、前世とあわせればまあまあ長いこと生きたのではないだろうか。
俺の二番目の家族に対する愛は、この行動によって示された。
「!」
既に声は出なかった。眸は閉じられなかった。体は動かなかった。
でも誰かが名前を呼ぶ声だけが聞こえた。
(……おやすみのキスをしておいて、良かった)
こうして、ウィーズリー家は誰一人として欠けることなく戦いを終えた。
(俺は先に、ねむるね)
Sep.2011