harujion

ハルジオン

09 追想の愛

ヴォルデモートとの戦いは終わった。
沢山の人がこの戦いで命を失った。
沢山の人が、大切な存在を失った。

僕の親友、ロンの兄であるが、フレッドを庇って死んだ。僕は、その瞬間を傍で見ていた。
は死ぬまで僕の傍に居た。僕の傍、というよりもフレッドの傍に居た。風のように速く動いたかと思えばフレッドの前に立ちふさがって攻撃を受けていた。
フレッドはの名前を叫んだ。
その瞬間城壁が崩れてくる。僕はどうにか当たらないよう体を伏せる。
フレッドとパーシーはの亡骸に抱きついて、を守っていた。
!目を覚ましてくれよ!」
パーシーとフレッドの悲痛な叫び声が聞こえる。
の眸はもう光を反射して輝くことはなかった。今にも泣き崩れそうな雰囲気だったけど二人はを抱き上げ、城の奥へ連れて行った。
その後僕は赤毛の一族が彼の亡骸を囲い悲しみに暮れるのをちらりと見やってから最終決戦に足を踏み出した。

とは、あまり親しくはなかった。決して態度や意地が悪いというわけではなかったのだけど、進んで口を開く人でもなかったから。
それでもフレッドやジョージたちと一緒に悪戯仕掛け人をやっていることもあったし、しまいにはWWWまで一緒に経営しているのだからそこそこ付き合いは良いのだろう。
でもそれは、多分、家族に限ってだ。

は家族にはとても優しい。遠くから見ていても僕は分かった。とてもとても大切にしている。
ハーマイオニーがこっそりと教えてくれたのだけど、ロンが気を失って倒れたとき心配で泣き腫らしていたらしいのだ。
あの、が、気を失った弟を心配して泣き腫らす、だって?
冷静で頭が良くて大人びた、あのが。たかが、失神で。可愛いところもあるんだなと失礼なことを考えていた。
でも、それは、くすりと笑えることではなかったのだ。

が家族をとっても大切にしている気持ちも、フレッドを庇って死んでいった真意も、今なら分かる。
それは自分から気付けたことではなくて、スネイプが死に際に僕に託した記憶からだったのだけど。



『俺、前世の記憶があるんです』

どういう経緯でそういう話になったのかは分からないけど、はまっすぐにスネイプを見て言った。それからの話は続いた。
彼は、違う世界で生きていたのだそうだ。そのとき、は僕の名前がタイトルの本を読んだのだそうだ。
だから未来を知っているのだと。
『俺は……ハリーを守る気も、闇の帝王に仇なす気もないんです……面倒だから』
僕はその時やるせなさを覚えた。
未来を知っていたのなら、未然に防げたのではないだろうか。賢者の石のことも、秘密の部屋のことも、他にも色々なことを。僕らが奔走している理由を知っていながらは何一つ手を差し伸べることはなかった。見ているだけだった。
でも、スネイプの記憶で見るは、寂しそうな眸をしていた。
は、フレッドを守りたいのだと言った。真剣な顔をしていた。
『でも守れる自信も勇気もまだ持ってなくて……』
は最初からフレッドを守るために動いていたのだ。
フレッドの死ぬ瞬間に庇うことだけを考えていた。自分が死ぬ時を待っていた。それって、とてもとても、怖いんじゃないだろうか。

僕は何度も命の危機に面した。杖を向けられた瞬間、ドラゴンと向き合った瞬間、他にも色々あった。その時は、とても怖かった。勇敢だなんていわれているけれど、心臓がドクンと跳ねるのだ。
それを、は生まれたときからしていたのじゃないだろうか。

自分が死ぬか、フレッドが死ぬか。天秤にかけていた。
フレッドを守りたくても自分の命を賭す覚悟がまだできていなくて、それでもフレッドが大切な気持ちの板ばさみだったのだ。
『先生のように、……守れたら』
スネイプが僕の母を想って動いたのと同様に、はフレッドのためだけに動いたのだろう。
『きっと、本望なんだろうなあ……と、俺は思うんですよ』
スネイプが命を懸けていたことを知っていたからこそ、こうしては話したのではないだろうか。
あ、でも。とが困ったように眉を下げた。そこから続いた言葉は酷く不確かな未来のことだった。

『フレッドとジョージが俺の名前を取り合うかもしれないんですよ』
僕は思わず拍子抜けをした。
フレッドとジョージはいつもの両脇に立ち、と腕を組んでいる。片方が放したことは見たことがない。放すとしたら両方いっきにするようだ。つまり、をはんぶんこしているのだ。
名前が一つしか残らなかったら、取り合いになっちゃう、と笑うは少しだけ楽しそうだった。

これは、フレッドを守るという意味だ。
死を覚悟したということだ。
ねえ、この時どれほど怖かったの、きみは。


『先生、俺のもうひとつの名前を預かってくれませんか?』


———そうだ、は全部分かっていた。
フレッドが死ぬこともだけど、ヴォルデモートがこうなることも、沢山の人が死ぬことも、僕がスネイプに記憶をもらうことも。だからはスネイプに打ち明けたのだ。

なんて脆い遺言なのだろう。


『俺の、前世の名前は……』


……確かに君の思いは受け取った)


家族を何よりも大切にしていたこと。
命を賭して守ろうとした君の勇気。
未来と死の恐怖に耐え抜いた君の屈強な精神。

僕は、君を忘れない。


「フレッド、ジョージ……はね、フレッドを庇うことをずっとずっと考えてたんだ」
「「ハリー?何を……」」

が前世の記憶を持って生まれたこと、その前世で僕たちの未来を見たこと。フレッドの命を救えるか救えないか何年も悩んでいたこと。
フレッドはびくりと肩をすくませ、ジョージは口を覆って顔を背けた。
は、君たち"二人"を愛していた」

僕は、がフレッドとジョージのことを双子、と呼ぶのを聞いた。それはにとって彼らは双子だったということだ。は家族を大事に思っている反面、自分を家族に数えなかった。なんて酷いひとだ。。

「ウィーズリー家は誰一人として欠けることなく笑っていて欲しい」

それが、の願いだった。
どうして、は自分を家族として数えないんだとフレッドとジョージは怒った。それはに二度と届くことの無い言葉だった。

「でもは皆を愛してた、間違いなく。それだけは伝えたかったんだ、僕」
「「ああ……わかってるよ、ハリー」」
「それに、は二人に愛されてることもわかっていたよ」
「「どういうことだ?」」
そりゃあんなにベタベタしてりゃ気付くだろう、とロンが苦し紛れに憎まれ口を叩く。

「だってね、は、君たちの息子が生まれた時にの名前を取り合うって言ったんだ」

「「!」」

だから、はもうひとつ名前を残した。それは前に生きていた時の名前だけどの名前であることには変わりなかった。
双子は泣きながらその名前を受け取った。二人は、をはんぶんこした。

「その名前、私も欲しいわ!」
「!」
ジニーが少し声を荒らげた。それを発端に、皆が口々にの名前を欲し始めた。ロンもビルもチャーリーもパーシーも。賑やかな兄弟喧嘩が行われた。僕やハーマイオニーは困ったように目を合わせて笑った。




、見てほしい。聞いてほしい。

フレッドを守った君はとても勇敢だった。素敵で、最高だ。
フレッドが死んでしまったら確かに家族が悲しみに暮れるだろう。もちろん君も胸が張り裂けるような思いをするだろう。だからフレッドが死ななかったのはとても良いことだ。
でも、でもね。

君が死ぬことは決して正しいことではなかった。
こんなに君の名前を取り合って、家族会議が開かれることになってしまった。

聞いて、

家族の涙の混じった笑い声を。

見て、

家族の幸せそうな団欒の中に空席がひとつ、あるだろ。

あとがき



Sep.2011