01 魔法使いのゆめ
新しく生を受ける瞬間を、一度経験したことがある。 実際は二回経験したのだけど、初めて生を受けた時の記憶なんてあまりない。普通は、そんな瞬間わからないのだ。気がつけばもう自分は生きているのだから。けれど俺は二度生まれて、その時は自分が暖かい海の中から狭い道をゆっくりゆっくりと突き進み、暗闇の外に生まれる瞬間を理解してた。
自分が死ぬ瞬間は、あまり意識していない。一度目は大きな衝撃だったのだろう。一瞬のうちにとてつもない轟音の中に吸い込まれて行ったと思う。二度目に死んだのは、緑色の美しい閃光を身体に浴びた時だ。愛している家族を守って死んだ。
眸を閉じていないのに世界が暗くなる中、満足感を得た。
終わりだと、思ってたのに。
この既視感は、そう、まるで昨日のことのように思い出せる。生まれるっていう感覚。
産声は止められず、今まで呼吸しなくても平気だったのが嘘みたいに、必死で空気を吸い込んだ。
「むぁ」
「おきたの?」
二回目に生まれた時と同じ名前がつけられるとは思っていなかったけど、これはこれで楽かもしれないなと思った。約二十年呼ばれ続けていた名前だから、しっくりくる。
カーペットの上で身体を投げ出して昼寝をしていた俺は、カーテンから差し込む橙色の日の光に起こされて目を開けた。添い寝をしていたらしい兄はくすりと笑いながら、俺の目にかかるブロンドの髪を優しく払いのけた。
一度目の人生を歩んでいたころと容姿が一緒らしい。兄と同じグレーの眸をきょろりと動かすと、自分の小さな掌が目に入る。
無意識に兄の方へ伸ばすと、同じく小さな、だけど俺のよりも大きな掌があって俺の手を握った。
「おはよ」
まだ呂律がうまくまわらず、たどたどしく兄、セドリックに呼びかけた。おはようの時間ではないけれど、目覚めたらばかりの自分には最適な挨拶だった。
物静かなセドリックは、今までの兄たちよりも、俺に似ていると思う。髪色は違うけれど父はセドリックと同じ髪色で、母は俺と同じ髪色だから違和感も無い。
「 はどんな夢を見ていた?」
「わすれちゃった」
「僕は覚えてるよ」
「いいな、きかせて」
身体が幼児化しているからなのか、俺は安心毛布のテディベアがないと眠れない。頭をのせていたくまを胸の下におしいれて、仰向けからうつぶせに体勢を変えた。横向きに自身の腕を枕にしていたセドリックも俺と同じ体勢になりながら、いいよと言葉を返す。
「僕は実は魔法が使えたんだ」
「ほんと?」
子供らしい夢だと思いながら聞いていたけどそうではない。名密に作り込まれた物語の背景は夢みたいで夢ではない、現実にありえるものたちばかりだった。実際今俺の身の回りにはないけれど、もっとずっと前には当たり前のように傍にあったものたちばかり。
「ああ、魔法学校にも通ってたんだよ?」
「なんて学校?」
「ホグワーツさ」
眸をまんまるに見開いて、セドリックを見上げた。
俺の兄のセドリックであり、前世での同級生だったセドリック・ディゴリーであることにはうすうす気がついてはいたのだけど、記憶まで持って生まれたとは思わなかった。同じ色のグレーの眸は、お互いの眸に映り込んでいた。
「何かおかしなことでもあった……?」
「おれは?いた?」
「は……そうだな、同じ名前の子がいた」
君とは違う、真っ赤な髪の毛をしていた。と微笑んだセドリックに手を伸ばして、細くて白い腕に捕まった。
うれしい、と思った。
「フレッドと、ジョージ……いたずらっこな兄弟も、おれの隣にいた?」
「!……いつもいたよ」
一瞬だけ驚いてから、泣きそうなくらい優しい顔でセドリックは笑った。
セドリックと眸の色が同じだったから丁度よかった…とかいう。
Feb.2013