02 苦いコーヒー
高校生になってから俺は、とあるカフェでコウモリみたいな後ろ姿を見かけた。真っ黒な衣服に身を包む、黒い髪の毛と鷲鼻の男性だった。記憶よりもずいぶん若くて、一瞬知らない人だと思った。
話したことは無い人だけど、俺はこの薄暗い人を知っている。
———セブルス・スネイプ。口の中で微かに舌を転がして、空気として吐き出した。きっとカフェの喧噪の中じゃ、本に没頭しているこの人の耳には届かないのだろう。
「隣、いいですか?」
「ああ」
湯気の出る熱いコーヒーカップと、サンドイッチの乗ったトレイを持って話しかけたら、はっとして俺に気づいた。一瞬だけ本を読むのをやめて、けれど元々荷物がはみ出していたわけでもないから特に大きな動きもなく、気がついたような声だけを聞いた。
あなたはスネイプ先生ですか、と尋ねることはできない。きっと怪しまれる。噛み締めて、再会をひっそりと喜んだ。
それから何度かカフェに行くと時折見かけることがあった。きっとあっちは俺のことを覚えていないだろうから、目が合わないけれど。
声をかけずに隣の席に座ってみると、存在すら気にかけられることはなくコーヒーを飲みながら新聞を読み、飲み干せば新聞をきっちりと畳んで鞄に詰め込み店を出て行った。
カフェの店員とは、常連として結構顔見知りになりつつある。まだ幼い見た目だから、常連ということも珍しいのだろう。気軽に久しぶりだねと挨拶をして最近テストがあって忙しくてと会話を繰り広げられることが、あの人とは出来ない。
同じ人とは思わないけれど、しゃべってみたかった。
その日のスネイプ先生はノートパソコンを忙しなく動かしながらコーヒーをすすっていた。居ない時もあるけど、大抵居る人だなあと思いながら今日もこっそりと隣に座った。
今日も喋れずに終わったとカフェを出て、家に向かうバスの中で気がついたのは財布を忘れてしまったということ。
途中でバスを降りて小走りでカフェへ向かった。ドアをあけた時のカランコロンという音が不思議と頭に響き、カフェの喧噪に身体をぐっと押された。多分走って疲れているからだ。
息を整えながらレジへ向かうと、顔見知りの店員が手招きをした。
「あの」
「財布かい?」
「あ、はい」
遮られるようにして言い当てられ、俺はやっぱりここにあったかと安堵した。
「隣の席に座ってた人が多分君だって言ってたんだ」
「隣の席……?」
「知らないかい?彼も常連でよく来るんだけど」
「鷲鼻で、真っ黒な服の人ですか?」
「そう、ちょっと暗そうな人。いつもブラックコーヒー飲んでる」
「俺のこと、知ってたんだ……」
独り言のように呟いたそれを、店員は律儀に拾ってくれた。
「君も結構な、常連さんだからね。今度お礼を言っておきなよ」
「ええ。あなたも、ありがとう」
ああ、俺のことちゃんと視界に入れていてくれたんだ。
毎回隣を陣取ってたわけではないけど、結構近くに座ることが多かったから。
「あの、出来たらでいいんだけど———」
教授に前世の記憶は無いです。
Feb.2013