08 デートなアフタースクール
「、また来てるよー」
放課後、掃除当番だった俺は裏庭にあるゴミ置き場にゴミ袋を運んでいた。
俺の教室のある三階の窓からクラスメイトが顔を出して校門の方を指差したのでなんとなく予想がついた。
俺の鞄を窓の外からひょいと投げ渡すのでゴミ袋を手放し、慌ててキャッチするとクラスメイトは行ってこーいと笑う。
「そーじごめん!」
「いーよ!それより先生が来る前に早く!」
クラスメイトに謝って、俺は鞄を抱きしめてゴミ袋を捨てに走り、今度は校門まで走った。
この慣れたやり取りは、これが初めてじゃないからだ。
もうすでに何度も、校門のところに彼が来てる。ただ来ているだけじゃない、大型バイクで来てるからちょっと目立つ。音でかいし、乗ってる人の容姿が華やかなので、とことん目立つ。
「シリウス!」
「おー、今メール入れようとしてたところだ」
「来る前に入れてよ……」
校門の前でバイクを停めて待っていた、背の高い男性はシリウス。
知り合ってから何人かで出かけたりすることはあったけど、いつだったか急に誘われて二人で会い始め、今ではちょくちょくシリウスに連れ回される。
初めて学校に迎えに来た時はすごく驚いた。今までは家に迎えに来たり、道ばたで偶然会って拉致されたりしていた。誰かが学校の前に居ると話題になり、関係ないなと無視してたら俺の携帯にメールが入る。差出人はシリウスで、内容は今校門。驚き窓の外を確認すると、やたら厳ついバイクの男がヘルメットを取り、手を振った。遠巻きに見ていた女子生徒はきゃあきゃあとはしゃぎ出し、先生はどうしたものかと眉を顰め、俺は青ざめた。
まさ名前は呼ばないだろうと思った瞬間、!と大きい声で呼ばれる。 なんてありふれた名前だけど少なくとも俺のクラスには俺以外その名前の人物は居ない。クラスメイトの視線を一身に受けてたじろぎ、慌てて荷物を掴んで教室から逃げるように走り去った。
後日先生に、生徒達の混乱になるし親御さんも心配するから遠慮してもらいなさいと言われた俺は、シリウスにちゃんと説明した。
ところが頷いたにも関わらず、毎回校門まで迎えに来ている。
「今日はバイトは?」
「ないよ……」
「じゃあ、行こうぜ」
ヘルメットを渡されて俺は大人しく彼の後ろにまたがり、腰に掴まった。エンジン音は俺の内臓を震わせる。騒音は好きではないけど、この振動は結構好きだと思う。
シリウスの家は結構お金持ちらしい。でも実家が嫌いらしくてほぼ家出みたいな形で一人暮らしして、詳しくは知らないけど仕事してるみたい。親の助けなしでも十分お金持ちなので凄いと思う。育ちが良い上に今も金銭的に困らない懐をしているだけあって、シリウスと遊ぶ時、庶民の俺は心臓が破裂しそうになる。俺の一ヶ月のバイト代を、ジャケットに一括で支払った時は友達辞めようかとも思った。でもそれだけで友達辞めるのは良くないと思いとどまる。
「なんで女の子誘わないの?」
一足だけで、俺の洋服一式そろえてもお釣りがくるくらいの値段の靴を、鼻歌まじりに手にとっているシリウスの背中に問いかけた。
「そっちの買い物に付き合わなきゃ行けないだろ?」
「ああそゆこと」
「でも一人で買い物したって面白くねーし」
確かに男の買い物に女性を付き合わせるのは違う気がする。もちろん、気心が知れていれば関係はないが。
高い買い物は心臓に悪いけど目の保養にもなるから、良いかと納得した。
シリウスの自由な生き方は嫌いじゃない。ただ学校に迎えにくるなって言うお願いくらい聞いてくれてもいいんじゃないかな、というくらいで。
「なあ、これどうだ?」
今度はブティックに移動して、カシミアのマフラーを持ち上げる。
「?シリウスの趣味じゃないね……どっちかっていうとこっちじゃない」
基本的に黒を身につける事が多いシリウスにしては珍しく柔らかい色のベージュを持っていたので、隣に置いてある色違いのダークグレイの方を指差すと一瞬驚いた顔をしてから満足気に笑った。
「俺だったらそっちだけど。にはこっちの方が似合うだろ」
「俺?」
「好きか?この色」
「あ、うん、いい色」
口を挟む間も作らず、シリウスはそれを購入した。
バイクは冷えるからな、とわざわざ高級そうな紙袋に入ったマフラーを手渡されて戸惑う。値段は定かではないけど多分高いのだろう。折角くれたものを無下にはできなくて、俺は感謝する事しかできなかった。
「んー、なんか暇になったな。映画でも観るか……丁度観たいのあったんだ」
「ふうん。どんなやつ?」
シリウス自身は何も買ってないみたいだけど気が済んだのか、シリウスは映画館に足を伸ばす。バトル系とかかな、と思いながら購入したチケットを見ると思いっきりラブロマンス系だった。
女の子と観ればいいのに。
男二人で濃厚なラブシーンを無表情で見終え、主演女優の胸はシリコン入りだなと呟くシリウスに俺は何も言わなかった。
それ以外特に映画の話題に触れる事はなく、いや触れられても困るんだけど……、今度はシリウスが腹減ったなと呟いたのでディナーになった。
「乾杯」
「ジュースだけど、乾杯」
夜景の見えるレストランとまではいかないけど、全体的に暗く、タングステンランプに照らされたレストランで食事となった。俺は未成年だし、シリウスはバイクだからアルコールは飲まないけれど、お互いがぶつかると綺麗な音がするグラスを傾けた。
「こんなにもてなすなら、女の子と来たほうがいいんじゃない?」
「ははは、との方が全然良い」
プレゼントをもらい、恋愛映画をみて、大人っぽい雰囲気の美味しいディナー……全てシリウスの奢り。これがだいたいいつものことなので毎回思ってた事を口にする。
俺との方が全然良いということは、普通の女の人だったらもっともてなさないと駄目ってことなのだろうか。
大人になるのが怖いと、ちょっと思った。そんな俺のアフタースクール。
デートして欲しかった。
Sep.2013