09 夫婦なアフタースクール
目の前には色とりどりのケーキが並び、香りの良い紅茶がふわりと湯気を踊らせた。
「またシリウスに連れ回されたの?」
「この間はラブロマンス映画も観たよ……」
「ははは、気持ち悪いね」
ぱくり、と目の前に座るリーマスがケーキを一口食べた。
俺は白い陶磁器のポットからティーカップに紅茶を注ぎながら、先日のシリウスとのデート(仮)の内容を教えた。優しげな顔をしてキツいと感想を吐くリーマスにはもう慣れた。
リーマスは、以前のようなくたびれた服ではなく、シンプルなシャツにジャケットを羽織っていて小綺麗な雰囲気だ。また、食生活を心配するほど青白くやせ細っていた身体は今ではもう健康的だった。
でも別の方面で食生活は心配である。
「糖分控えろって言われてなかったっけ……?」
「セブルスにはね。ドクターストップじゃないよ」
「ああ、そもそも病院かかってなかったな」
にこにこ笑いながら砂糖がたっぷり入った紅茶を、ずぞりとすするリーマス。セブルスは苦党かというくらい苦いのばかり飲んでいるから、余計リーマスの紅茶に入れる角砂糖の多さに辟易したのだろう。見ているだけで胸焼けしていそうな気がする。
リーマスは身体に不調があるわけじゃないのに病院には行かないよ、と爽やかに笑っていた。
駄目な大人の権化にしかみえない。
「それで、シリウスとは毎回そんな感じのデートしてるんだ?」
話が戻され、またリーマスに体調管理をしろと説教しかけたところを流される。
シリウスには、時にはダーツに連れて行かれ、急に旅行に連れて行かれ、何故か社交パーティーにも連れて行かれたりしている。パーティーの時は何しに来たのってくらいシリウスは誰とも喋らずただただ俺に美味しいご飯を食べさせただけだった。
「なんか色々振り回されてるね」
「俺ってもしかしてシリウスと付き合ってる……?」
週に一回は会ってる気がする。仕事が忙しかったりする時はまったく来ないときもあるにはあるけど。
振り回され具合から言って彼氏だろうか、でも全部シリウスの奢りだからやっぱり彼女かもしれな、しかしどっちにしろ嫌だ。
「……可愛がってるのはわかるけど、頻繁すぎだよね」
「うん、あのさ」
「なに?」
かちゃん、と紅茶をかき混ぜていたスプーンをソーサーに置きながらリーマスを見る。
「リーマスも人の事言えないから」
「ええ?僕たち二〜三週間に一回くらいじゃない?」
変わらないだろう、と言う言葉は飲みこんだ。
リーマスはシリウスよりも数は少ない。そして迎えにくる時は車で、校門の前で待たないでと言ったら次からは道ばたで待っている様になっただけまし。でもどっこいどっこいである。
俺の放課後拘束率は結構高く、暇な日は少ない。バイトが週に三回くらいあって、シリウスに連れ回されて、ポッター家に遊びに行って、セブルスとお茶して、リーマスのケーキ食べ歩きに付き合っている。
そのうち、バイトとポッター家とセブルスに関してはだいたい自主的だけど。
「だってケーキ屋さんに男一人で入るのってちょっと嫌じゃない?」
「男二人でも変わらないと思うけどね」
「傍目じゃないんだ、心の問題だよ」
最後の一口を食べたリーマスは布巾で口をちょこちょこと拭いた。
こういうケーキ屋めぐりは初めてじゃなくて結構店に詳しくなるくらいは一緒に行ってて、それは毎回リーマスが全部奢ってくれている。年長者だし誘ったのは自分だからとお財布を出す隙も与えてくれない。
そのお返しにと、俺はいつもリーマスの家でその日の夕食を作っていた。
それは初めてケーキ屋に連れて行かれた日に、何かお礼をしたいと言ったら、部屋の掃除を手伝ってと頼まれたのがきっかけだった。
両親が共働きな俺の家では、家事を兄と手分けしてやっているから手慣れていて、ついつい世話を焼きすぎて夕食をリーマスに振る舞ったら毎回の恒例となった。結局食費はリーマスが出しているけど。
いくつもケーキを食べておいてよく普通に夕食を食べようと思えるなとリーマスに呟くと、別腹だからと女の子のような答えが返ってくる。
「何食べたい?」
「特に思いつかないんだけど、は?」
「この間リリーが作ってくれたパエリアが凄く美味しくて、レシピ教わったから作っていい?」
「いいね、楽しみ」
車内でハンドルを握っているリーマスは視線をちらりとだけ寄越して、横顔で微笑んだ。車を運転している男の人は格好いいなあと少し憧れる。帰り際にスーパーに寄って二人で食材を買い込んだ。
リーマスの家の空であろう冷蔵庫に色々と入れる為に、夕食とは関係のないものも購入した。放っとくと本当に料理しないでケーキとかお菓子で済ませるのだ。
冷蔵庫に何かがあれば、一応切って炒めるくらいはするらしい。
買い物の習慣が無いのが悔やまれる。
リリーから習った美味しいパエリアは、まだフライパンで火にかけている途中なのに既に美味しそうな香りが立ちこめる。
「僕が頻繁にを誘っちゃうのは美味しいご飯が食べられるからかも」
勿論ご飯だけじゃないんだけど、と付け加えるリーマスは隣でお皿を洗っている。
「まあケーキとご飯ってことでどっこいなのかな」
「僕は美味しいものが二回も食べられて役得だよ」
「それいったら俺はお金出してないよ」
じゅうじゅうと焼ける音と、カチャカチャと皿同士がぶつかる音に消されそうなくらい、静かに会話をする。
「シリウスには、何にもお礼ができないなあ」
「そうかな」
高い者を買ってもらってばかりで、俺は凄く贅沢をしている。シリウスに料理を毎日毎食作っても足りないくらい奢ってもらっている気がする。
「僕らは別に、見返りが欲しくてを誘ってるわけじゃあないよ?」
「わかってるけど……」
「お金とか、ご飯とかじゃなくて、から貰ってるものは大きいと思うな」
「俺なんかあげた?」
「なんでもないものをね」
よくわからなかった。でも、言いたい事は少し分かる。
たぶん、俺たちは友達だということ。
「、シリウスの恋人だと錯覚するくらいなら、僕の奥さんだと思っても良いからね」
「え?」
パエリアを一口食べたリーマスの第一声がこれだった。あれ、友達だよね、俺たち。
とりあえず俺は、家事が出来てあまり破天荒ではないお嫁さんが欲しいなと思った。
そんな俺のアフタースクール。
もしかしてシリウスと付き合ってる……?は冗談のつもりです。
Sep.2013