harujion

shy

10 おにいちゃんは心配性

僕には前世の記憶というものがある。
魔法を使える世界で生きていた。
子供の頃にそれを口にしたら素敵な夢を見ているのだろうと両親に微笑まれる。馬鹿にされたりとか、気が狂ったのかと思われたわけではないけれど真剣に取り合ってくれていないことに少し不満を覚えた。けれどきっとこれは夢なのだと思うようになった。
僕はまだ幼かったし、理不尽に命を奪われる最期を繰り返し夢で見ていたから、これを事実とはしたくなかったし、意味もわかっていなかった。年齢にそぐわない映画を見ているような気分だ。

やがて弟が生まれて、僕は兄となった。成長するにつれてその夢の内容を理解したが受け入れる事はしない。あくまでこれは、夢なのだ。
それでも魔法に溢れた世界は魅力的だった。
弟に聞かせればたちまち笑顔になるだろう。赤ん坊の頃からあまり大きな声で泣いたり、笑ったりしない弟をびっくりさせてあげたかった。
リビングでころんと横になって眠る弟の隣に寝転がる。
綺麗なブロンドの髪と白い肌、頬は子供らしくふっくらしていて、赤みが掛かっている。ぷっくりとした唇から涎が垂れそうになっているのを親指で拭ってあげた。
睫毛は髪の毛と同じ金色で、キラキラしている。唯一僕と同じなのは灰色の眸だけで、目を瞑っている今それは見えない。
(天使みたい……)
早く起きないかなあと思いながら頭を撫でると、瞼がぴくりと震えた。
「むぁ」
小さな声を漏らし目を覚ました弟は、反射的に涎を啜る。くすくす笑いながら見ていると目が合う。僕と同じ眸。

「おきたの?
どんな夢を見ていたの、と話しかけると忘れちゃったよと呟いて、僕は僕の夢の話をしてあげた。
小さな小さな子供だというのに、分かったように返事をするを、僕はどこか年上のような印象を受けていた。その夢の中に俺は居たかと尋ねる弟を喜ばせてあげようと思ったけれど、僕の前世にこの子の姿はない。もうちょっと大きくなったところを想像してみても、知り合いにはいなかった。
ああでも、と思い当たって同じ名前の子が居た事を教えると、は目を見開いた。

前世にいたは、同級生だった。寮がちがかったし、いつも両脇にトラブルメーカーを抱えていた(正確に言うと抱えられていた)から個人的に会話をする事は滅多に無かった。
彼は少し不思議な人だった。クィディッチワールドカップを一緒に観に行ったときに、唐突に気をつけてねと言われてきょとんとしたことを覚えている。ポートキーに投げ出されたを引き寄せた僕が言いたい台詞だったけど、聞き返す前に三つ子の兄弟に連行されたので会話が続く事は無かった。
弟のが目を見開いてから少し嬉しそうに笑ったのがわかった。今までも柔らかい表情を浮かべることがあったけど、今のは少し眸が潤むくらいには感情が高ぶっていた。
「フレッドと、ジョージ……いたずらっこな兄弟も、おれの隣にいた?」
「!……いつもいたよ」
まるで君を守るように、まるで君が守っているように、ずっと三人で居た。
弟のがかつての同級生のだということが分かったのは、この時だった。
彼はフレッドを庇って死んだけれど、ヴォルデモートが倒され、ハリーやチョウ達が生き残った事を教えてくれた。

それから、僕たちは兄弟であり、友人になった。
どちらも口数は多くないから喧嘩になることもなくて、前から友達になっていたらよかったなともったいない気持ちにすらなった。
年齢を重ねても反抗期になることはなく僕たちは近所でも有名な仲のいい兄弟だった。

互いに友達がいても兄弟で遊びに行く事もあったんだけどが高校生になってからあまり出かけなくなった。
僕はまだ大学生だから忙しいというわけでもない。問題はだった。
はバイトもはじめ、友人も増え、家に帰ってくるのが遅くなるようになった。メールをしたらちゃんと返ってくるし、遅くなる時は(どうやら大人らしい)友人に送ってもらったり僕が近くまで迎えに行ったりしているけれど。
どうにも、面白くない。

……明日は帰ってくるの?」
「いつも帰って来てるけど」
「早く帰ってくる?」

風呂から上がったが髪の毛をタオルでわしわしと拭きながらソファの端に座った。
テレビから視線をそらさずに言うに言い直すと、ようやくこっちをむく。ああ、そういうことか、と納得したような顔のは明日何か用事かと尋ねる。用事なんか無いさ、無いけど、たまには家に居てほしいと思うのだ。家に帰ってくるとしいんとしているのが、ちょっとつまらないから。

「明日はバイトもないし約束も無いし、まっすぐ帰ってくると思うよ、捕まらなければ」
「……野良猫するのもいいけどはうちの子だからね」
「はいはい。晩ご飯は何が良い?明日は俺が作るよ」
「!クリームシチューがいい」
は少し笑ってから、僕がすねているのを察して上手に機嫌をとってきた。僕は前よりが大好きなのだと思う。は家族を大事にしてくれるからかもしれない。



次の日。
ザアザアと大粒の雨がアスファルトに叩き付けられている。僕はぼんやりとそれをみて肩を落とす。折角今日はが晩ご飯を作ってくれるのに、帰るのが遅くなりそうだ。こういうときに限って傘を持ってくるのを忘れていたし、バスで帰ろうにもバス停まではちょっと遠い。はあ、とため息を吐きながらに遅くなる旨を伝えるため電話をかける。
『もしもし』
「ごめん、雨がすごくて、家に帰るの遅くなりそうなんだ」
『やっぱり傘忘れたんだ?』
「?」
数回のコールでの声が携帯の向こうから聞こえる。雨の音が酷いからかもしれないけど、の声が少し聞き取りづらい。もしかしたらもまだ外にいるのだろうか。
「『ほら、玄関に置きっぱなしだったから』」
「!」
受話器の向こうと、背後から重なって声が聞こえる。振り向けば、傘を二本持ったが立っていた。
「すぐ見つかってよかった」

屋根のある外の渡り廊下で電話をしていたから来る途中に見えたらしい。
傘を持って迎えに来てくれたと一緒に、スーパーによって買い物をして一緒に帰った。一緒に帰るのなんて小学校以来だからなんだか嬉しい。少し遅い帰宅になったから、夕食は二人で作って、二人で食べた。
の作る料理はおいしい。ひとくちシチューを食べて温かいご飯を飲み込んで、僕はなんだかじんわりとした気分になる。

、まだお嫁に行かないでね」
「え……?う、うん、行かない……」

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だいたい五歳差くらい。
Sep.2013