11 リトルガール
日曜日の昼下がり、俺は図書館に来ていた。 本は買うよりも借りる方が俺の懐には優しいので、図書館は大変助かる存在だ。
そもそもそんなに本を読むたちではなかったけど読み出してからは本を読むのが日常になっていて、今では週に一回くらいのペースで図書館に通っている。
たいてい物語などの小説を読むけど、課題やふとした興味から研究書を読んだりすることもしばしばある。
図書館は広く、色々な分野に別れているので少し難しい分野の棚へ行くと周りに人気は少なくなる。初老の気難しそうな男性や、いかにも勉強できそうな年配の女性などはちらほらみえるけど、十代半ばの当たり障りない格好をした俺は少し浮いているのかもしれない。
それでも視線が向いてこないのは誰もが目の前の本に没頭しているからだろう。
本棚を見上げ目当ての本を探していた俺は、忙しない速度でこちらに近づいてくる足音を聞いて首を戻した。歩くたびに洋服がこすれ、鞄が身体へ当たる音も聞こえる。うるさいと苛立つほどではないけれど、静かな一角に存在を轟かせるほどには賑やかな音だった。
すっと通り過ぎて行ったのは、小さな女の子だ。一瞬だけ目が合ったけれど彼女は足を止めること無く歩き去って行った。
十にも満たないであろう女の子が、この辺に用があるとは思わなかった。
栗色をした豊かな髪の毛は本棚の隙間から奥の棚に見えて、そっと観察をする。
スカートとブラウスとカーディガンの落ち着いた装いで、古びたほつれかけの鞄は身体に似合わないくらい大きい。おそらく沢山本を借りるからなのだろう。すでに何か入っているのか、今の段階でも重たそうだった。
小さな頭はうんと上を向いて本を必死で探している。
本を見つけたようで、腕を伸ばすけれど彼女の身長では届かないらしく、ぐぐぐと背伸びをしていた。それでも届かない。このあたりには踏み台なんて親切な物は置いていないので、俺は躊躇いつつも踏み出した。
同じ本棚の列に来ると、背伸びをやめて居住まいを正した。ジャンプをしている所を見られて恥ずかしかったのか、俯きがちに顔を伏せるけど、俺はお構いなしに栗色の頭を見下ろして囁いた。
「どれをとりたいの?」
「あ、」
ぱっと顔を上げて、口をぽかんと開けた。真正面からみたあどけない顔は見覚えがある。遠い過去に見た、歳下の少女だ。ハーマイオニー、と呼びかけそうになるのをこらえて、子供に警戒されないように薄く笑みを浮かべた。
躊躇っていたけれど、俺がどの本なのと再度尋ねれば、本のタイトルを教えてくれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
「こういう本、読むんだ?」
差し出せば素直にお礼を言われる。
きっと本棚の上の方はいつも届かないだろうから、普段はどうしているのだろうと思って質問をなげかける。
「いいえ、こんなに難しそうな本に手を出すのは初めて。だけど宿題で気になる事があって、調べるにはこの本が最適だと」
「しー」
さすがにまだこの辺のマニアックそうなあたりには手を出していない様だった。捲し立てるように喋り出す彼女に少し慌てて、静かにするように合図すれば、図書館だという事を思い出したのか、ぱっと口をおさえる。
ちょんと指をさして、あっちへ行こうと促せばこくこくと頷きついて来た。
図書館の受付近くは比較的にぎわっていて、会話をする人々もちらほらいた。
この場所なら誰かの読書を妨げてにらまれる事は無いだろうと思い、広いテーブル席の隅に腰掛けた。
「そういえば、自己紹介していなかったね。俺は」
「私はハーマイオニーよ」
名前を聞いてああやっぱりなと納得しつつ、よろしくねと笑うとハーマイオニーもはにかんだ。歳はやっぱりハリーと同い年だった。
「今日は一人で此処へ?」
「ええ、うちからそう離れていないから好きにさせてもらっているの。パパやママは歯医者をしているから忙しいし」
「へえ、お家が歯医者さんなの?」
話しかければハーマイオニーは沢山答えてくれた。いずれハリーやロンに会って、ロンと恋に落ちるのか、それはわからないし、どちらでもいいかなと思ったけれどハーマイオニーとまた友達になりたいとは思った。
正義感が強く、少し強引で、でも泣き虫な所は嫌いではなかった。
「そろそろ帰らなくちゃ」
夕方まで図書館で本を読んだり話し合ったりしていたけれどハーマイオニーが時計を見て席を立つ。
「送るよ」
「いいわよ、家はすぐそこだし」
俺の提案に少し驚いて、慌てて手を振る。
「荷物重そうだし、もう暗くなって来たからだーめ」
「あ」
重たそうな鞄を持ち上げれば案の定重たい。何冊入ってるのと苦い顔をして尋ねれば十冊と答えた。子供のうちからこんなに重たいものを持って歩いていたら骨格歪んでしまうのではと懸念しつつもため息を吐く。
「お、重たいでしょう?いいわよ」
「俺のほうが力あるから」
「でも……」
おろおろと俺のことを心配してくれるのは嬉しいけど、十にも満たない少女よりは力もあるのだ。
「こういう時レディーはにこっと笑ってお礼を言うものだよ」
ハーマイオニーの頭をぽんと撫でた。
「ありがと、」
おしゃまなハーミー
Sep.2013