12 ロストボーイ
「ん、?」
とすん、と背中に軽い衝撃を受けた。振り向けば子供が居て、ちらりと見下ろす。プラチナブロンドでまっすぐな髪の毛をしたの少年は、慌てて俺を見上げて居住まいを正した。
「失礼しました」
「あ、ああ……こちらこそ」
十歳くらいの子供にしては礼儀正しい言葉遣いで、きゅっと口を結んだ。
青白い顔色とプラチナブロンドには見覚えがあり、偶然もここまでくると運命だと思い始めた。
その子供は、ドラコ・マルフォイだ。
俺は昔彼とほとんど接触をしたことがなかったけれど、あんなにきちんとしたことを言われた事は無かった。最初から高圧的で、生意気で、弱虫な坊やだった。
初めて会ったときから俺は忌々しいグリフィンドールで、父親の嫌っている家の貧乏な子供だと思われていたからだろう。
それが今ではただの初対面の大人だ。
外面の躾が行き届いているようで、律儀に謝ってマルフォイは俺から離れた。
俺は今日セブルスと会う約束をしていて待ち合わせ場所に向かっていた。いつもは大抵いつものカフェで会ったり、セブルスのアパートへ赴いたりしていたけれど今日は、初めて来る場所で待ち合わせだ。
地下鉄の階段を上がり地上へ出ると見慣れない景色が広がる。ある程度調べてはきたけれど待ち合わせ場所を確認する為に道の端に立ち止まって携帯を開いていた所に、マルフォイがぶつかったのである。
人混みの中に再び入って行ったマルフォイはきょろきょろあたりを見回しながら歩いて、時々人にぶつかっては礼儀正しく謝っていた。
すぐそこの曲がり角を曲がったと思えば足早に引き返して来たマルフォイは、不安そうな表情を浮かべ、目には涙さえ浮かんでいる。弱虫な性格は変わらないらしい。
おそらく迷子なのだろう、と思ってすれ違い様にねえ、と声をかける。すると、俯きながら視線だけで俺を見上げた。
「道に迷った?」
「!そ、そんな訳ないだろう……なんですかあなたは」
あきらかに図星みたいな顔をして跳ね返す。プライド高い所も同じだ。大人と子供なんだから取り繕わないと思っていたけど、マルフォイからするとまだぎりぎりプライドを働かせる圏内だったようだ。でも本当にどうしようもなくなったときはぴいぴい泣いて誰にでも縋るはずなので、少しまだ余裕があるってことかな。
「なんか探してるのかと思って」
「人を捜しています……父を見失ってしまって」
それを迷子というんだよ。と口に出したいのをおさえて、そうなんだと頷いた。
「何処へ行く予定だったの?」
「あなたには関係ない」
ぷい、と顔を背けるマルフォイ。
吸魂鬼が列車に乗り込んで来たときは、俺たちのコンパートメントに逃げ込んで俺にしがみついてた癖に。
これはそろそろおいて行っても良いと思い始める。しかし純粋に見ると、今目の前に居るのはただの生意気な子供で、俺はそこそこ善良な一般市民だ。迷子を放っておいて良いのか考える。駄目だろう。
おそらく親交があるに違いないセブルスに電話して、マルフォイの父親に連絡を取ってもらいたいところだけど、何故俺が名乗らないこの子供をマルフォイだと分かったか説明が出来ない。
「俺、今迷子なんだけど、少し時間があるなら俺に付き合ってくれない?」
「!……いいでしょう、困っている人の助けになるようにと母上から教わっています」
「素敵な母上だね。迎えを呼ぶからそれまで一緒にいてよ。お礼に、連れが君の目的地までエスコートしよう」
セブルスには悪いけどこうするしかなさそうだ。携帯電話でセブルスの番号を呼び出して壁に背中を預けた。プルルル、というコール音が暫くした後に、落ち着いた低い声が俺の名を呼んだ。
「セブルス」
俺がわざとはっきりと名前を口にすれば、隣に居たマルフォイは聞き覚えのある名前だったのか俺を見上げた。
『どうした、迷ったか?』
「んーそんな所。悪いんだけど迎えに来てほしい」
受話器の向こうでため息混じりに居場所を尋ねられる。目印になるものを告げればセブルスは分かったと短く返事をして電話を切った。
「今から俺の友達が迎えに来てくれるって。もう少し待ってね」
泣きそうな顔も、生意気そうな顔もすっかり失せて、ただぽかんとしていたマルフォイは話半分にこくんと頷いた。それから五分もしないうちにセブルスがつかつかと早歩きにこちらに向かって来たので手を振った。マルフォイの手を掴んで、セブルスに近寄ると、マルフォイもセブルスも吃驚していた。
「なぜがドラコと一緒にいる」
「知り合いなの?」
やっぱり、と心の中で思いながらもとぼける。
眉間に皺を刻み込むセブルスと、気まずそうに目をそらすマルフォイ。
「はぐれたそうだなドラコ。お父上が探して居られた。今連絡を取る」
どうやらセブルスは既にルシウス・マルフォイから息子がはぐれた事を知らされていたらしい。偶然会っていたんだと思ってたけど、どうやらセブルスはこの親子を俺に会わせる予定だったらしいことが判明した。
「やあ、君がだね。セブルスから噂は聞いているよ」
どんな噂をしているのか知らないけど、俺は引きつりそうになる表情筋を必死で働かせて笑顔を浮かべながら、つい先程まで息子を探しまわっていたルシウス・マルフォイと握手する。
「ドラコが世話をかけた。お前も挨拶をしなさい」
「ドラコ・マルフォイです、ミスター。先ほどは失礼しました」
「でいいよ、マル……あー、ドラコ」
マルフォイ基い、ドラコは父親に促されて名乗った。嫌味っぽい所はないけど、やっぱり生意気そう。
何故俺が紹介されているのかよく分からないまま、ルシウス・マルフォイ御用達の洒落たカフェに連れ込まれた。
「セブルス、何の説明も聞いてないんだけど」
「今日説明して後日会わせる予定だったんだ」
ティーセットが順々に運ばれて少し場が賑わったのを機に隣のセブルスに小声で問いかける。
「わたしの仕事の休みが急に今日に変更になったのだ」
どうやら聞こえていたようで、ルシウス(で構わないと言われたので呼び捨てだ。)が首にかかる長髪を上品に払いのけた。ドラコはルシウスの隣で大人しく紅茶に角砂糖をぽとんと落とす。
「セブルスは私の高校時代の後輩なんだ。そして今まで、あいている日にドラコの家庭教師をしてもらっていてね」
確かにセブルスは人に教えることに慣れていた。俺だって時々教えてもらっていたし、思えば、先輩の息子に教えているという話題も出たような気もする。深くは追求しなかったのでうろ覚えだ。
「しかし、そろそろ仕事との両立が難しい」
ルシウスに続いて苦言を漏らしたセブルスは、折角の高級で香り高い紅茶を、不味そうな顔して啜った。
「と、いう話をセブルスから聞いて、君を紹介してもらったんだが。どうだい」
「え?俺は普通の学生ですよ。プロに頼んだ方が良いんじゃないですか?」
ぱっと話を急に振られて驚く。たかだか小学生とはいえ、こんな明らかに上流階級の子供に一般家庭の俺がものを教えるなんて変だ。
「君がドラコを保護してくれたのだろう、それだけで君の素質は垣間見えるな」
どうやら大人たちにはドラコの性格上、素直に迷子を認めたり名前を名乗ったりしていないことは分かっていたようだ。ドラコに言う事を聞かせ、無事に保護者に会わせる事が出来ただけでも充分らしい。ドラコはどれだけ我儘だと思われているんだか知らないけど、俺は半分は検討がついていたからそうしただけだ。
「それに、セブルスのお墨付きなのだ」
「……セブルス」
俺を信頼し過ぎではないかと項垂れた。勉強はそこそこ真面目にやってきたけれど、秀才と言う訳ではない。自分の得意科目以外は普通以下のレベルだし、人にものを教えるのに長けていると思った事も無い。多分、年下の子供と接する事に慣れていた事が大きいような気がする。
「良いバイトを探していると言っていただろう、」
「そうだけどさ」
「もちろん受けてくれるなら、給金は弾むよ」
よってたかって言いくるめられ、これはもう逃げ道がなかった。
最初から説明もなしに会わせて家庭教師にするつもりだったのではないかとさえ思う。
「じゃあ……再来週からね。よろしく」
こうして、俺は週三日マルフォイ家に通うハメになってしまったのである。
なんだこの成り行きは。
Dec.2013