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shy

13 たったひとつの冴えたやり方

過ごした日々を、わすれないでの続き
十三歳になるまで住んでいた家の近くに、数年ぶりに訪れた。ソーシャルネットワークサービスで、当時仲の良かった友人と繋がるようになって連絡をこまめに取り合っていたが、今回何人かで集まるというので俺も誘われたのだ。
通っていたスクールや、小遣いを握りしめて買いに行ったキャンディショップへ行った後、安くて美味しい食事がとれる店で昼食をとった。
それから仲間内の一人の家でゲームをやったり、昔の写真を見たりなんかした後、解散となった。
前に住んでいた家の前を通って帰ろうと寄り道をした。たった数年感で何かがあるわけもなく、あの頃と変わらない外観の家が佇んでいた。前の様に、気楽に入って行けないと思うと哀愁を感じる。
家から少し行った所には公園があった。俺の家からは近いけれど、学校への通り道でも、友達の家の近くでもないそれは滅多に足を運ぶ事の無い場所だ。
遊具のある場所から離れた池の周りの、静かな雰囲気が俺は好きだったけれど、誘われない限り出不精だった俺はその公園に足を運んだのもほんの数回だけだ。大人になった俺の足ではものの五分程度でたどり着く距離だというのに。
タイルの敷き詰められた地面を踏んで、公園の敷地内に入った。池の前のベンチはまだあるのだろうかと、雑木林の方へと足を向ける。タイルの散歩道を無視して、木が生えている土の上を歩いて近道をした。

ここで一度だけレギュラスに会った事を思い出す。
レギュラスとは前世では一度も会った事は無く顔も知らない人だった。話しかけられたときも正直誰だか分からなかった。レギュラスという名前を聞いてふと思い当たる程度の存在だった。

彼はクリーチャーを大事に思っていたということを原作で読んで知っているけれど、それ以外は全く知らない人物だった。この世でまたクリーチャーと一緒に居る事を知ったけれど、彼は自らその手を離してしまったらしい。助けたかったのは分かる、けれど、置いて行かれたクリーチャーはどれほど寂しかっただろう。何を思って愛した主人を見送ったのだろう。
そんな時、俺の頭に双子がよぎった。フレッドを庇った俺の背中を、フレッドは、ジョージは、家族は、どんな風に見ていたんだろう。知らぬ間に死んでいた兄の亡骸を見下ろし、ロンはどんな顔をしていたんだろう。
俺はどれほど身勝手に家族を悲しみに陥れたのか。けれど、そうしなければフレッドがその場所に居た。俺が彼の亡骸に覆い被さって、死ぬ程悲しんでいた。良かったのか悪かったのかはわからない、ただ俺は俺の愛を貫いただけだった。レギュラスも彼なりの愛だったのだ。

でも、クリーチャーは生きている。

「大切なものを守りたいのに、手を放してしまうなんて間違ってる」

俺は手を放し立ちふさがらなければならなかったけれど、レギュラスは手を引いて逃げなければならなかった。なぜ手を引けるのに、放してしまったのか。

ぽろぽろと泣きながら謝るレギュラスに、俺も双子や家族に、そっと心の中で謝った。悲しい想いをさせてごめん、けれど、俺はその悲しい想いをさせてでも、双子を生かしたかった。
それから、レギュラスとは別れて家に帰った。
数日後、ゴミ捨て場にいるぼろぼろの灰色の犬を見て俺はふと気がついた。
「クリーチャー?」
思い当たった名前を呟いた。咄嗟に出たかすれた声に、ぼさぼさの毛並みの犬はぴくりと反応を示した。濁った、ぎょろりとした眸は俺を見上げ、訝しげに鼻を効かせる。
「レギュラスが探していたよ、おいで」
いちかばちかで、しゃがんで手を広げれば、彼はとっとっと、と走りよって来た。薄汚れた身体を抱き上げてもクリーチャーは暴れなかった。
家に連れて帰り、ナニーのマーサに犬でも食べられるご飯を作ってもらった。クリーチャーは、出されたそれを一度嗅ぎ回してからはぐはぐと勢い良く食べた。
レギュラスにどうやって伝えたらいいかと思った。あの公園に来るかもしれないけど、いつになるか分からない。俺もいつでも自由に外を出歩けるという訳でもない。
困ったな、と思った矢先、マーサが保健所で迷い犬のちらしを貰って来た。そのなかにクリーチャーそっくりの犬を探しているというものがあった。探し主はレギュラス・ブラック。家の電話番号が書いてあるので、すぐに電話をかけた。
『もしもし』
「レギュラス・ブラックさんですか?」
電話をかければ少年の声がしたので、レギュラスかと思い訪ねれば違うとだけ答えられる。レギュラスよりも低く、尖った声。シリウスかもしれないな、と思いながら迷い犬のちらしを見て電話をしたことを伝える。はあどーも、なんて全然嬉しそうではない反応なので、このことをレギュラスに伝えてくれるか心配だった。シリウスは平気でクリーチャーを要らないって言う気がする。
「絶対伝えてね、泣いて探してるだろうから」
念を押すように言って、俺は電話を切った。

次の日、レギュラスと出会った公園に、クリーチャーを連れて行った。俺はこれからマーサとセドのお迎えに行かなければならないから、あまり長くは居られない。伝言を残し、クリーチャーの前にしゃがんで頭を撫でる。
「レギュラスが迎えに来てくれるから、待っていられるね?」
わん、と嬉しそうに鳴いたクリーチャーにこくんと俺も頷く。
じゃあね、と笑うとクリーチャーは尻尾をふんふんと振って、俺を見送った。

それが十年程前の出来事だ。それから結局滅多に公園を訪れることもなかったし、レギュラスには一度も会っていない。俺の伝言のメモもクリーチャーの姿も無かったからおそらく会えたのだろうけれど、きちんと見送っていない事だけは少し残念だった。
あの頃と変わらない、公園のベンチはまだそこにあって、前は座っていても足が地面に突かなかったけれど今は容易く膝を曲げられた。ふう、と一息ついて池をぼんやりと眺める。
わん、と犬の鳴き声が聞こえて、懐かしい思い出に浸っていたから幻聴まで聞こえたのかと思った。わんわん、と繰り返され段々近づいてくる鳴き声と足音にようやく現実だと理解して、振り向いた。その瞬間、庶民的な洗剤とも、香りの強いオーデコロンとも違う、清潔感のある香りに包まれた。視界を覆うのは上質な作りの黒いジャケットで、頬にぐっと押し付けられても不快な感じはしなかった。
突然の事に頭がついていかないけれど、すぐに冷静になるべく状況を確認する。俺は、ベンチの背もたれ越しに、覆い被さるように抱きしめられていた。

、だよね?…………!」

感極まった声が項を這う。何故この人は俺を知っているのか。声を聞く限りでは俺の知人の中にこの人は居ない。顔に至っては見る前だった為、抱きしめられていれば覗く事は出来ない。
なんとか隙間から足元を見れば、灰色のぼさぼさな毛並みをした犬が居る。

「クリーチャー?」

記憶の中の犬よりも大分老いた姿に、恐る恐る尋ねる。
わん、と誇らしげに吠える犬に、ようやく俺を抱きしめているのがレギュラすだと分かる。
俺がクリーチャーの名前を呼んでようやく離れてくれた目の前の人物は、シリウスと似た青年だった。似ているといっても、彼のような精悍な顔つきの世の中の女性が見惚れる美男子ではなく、程よく整った人受けの良いおだやかな顔つき。まあ、身内って感じの顔である。
「クリーチャーのこと覚えててくれたんだね、……僕の事も、分かるかな」
「レギュラス、だよね」
「そうだよ。一度しか会っていないし、十年以上も前だから、忘れてるかと思ってた」
うれしい、とまた軽くハグをされる。苦しい。

レギュラスは俺の隣のベンチに、あの頃みたいに腰掛けた。

「僕、君にお礼を言いたかったんだ」
「お礼?クリーチャーを見つけたことだったら気にしないで、本当に偶然だったんだ」
「それもそうだけど、それだけじゃない。君が、僕に教えてくれた事」
レギュラスは俺の両手を、そっととる。前はとても寒い季節だったけれど、今はそこそこ暖かい気候ではあるので手は不思議なぬるい温度だった。
「大事なら手を離さないでって、教えてくれた」
「……ああ」
教えるだなんて大それたことしたつもりはないけれど、レギュラスが俺みたいにならなくて本当に良かった。ほっと胸を撫で下ろして笑いかけると、目の前の甘いマスクも微笑んだ。シリウスに見慣れていたからこそ、レギュラスの優しさを余計感じた。
「傍に居られない事が、一番悲しい事だから」
ほんのわずかな力を込めて、レギュラスの手を握り返す。
俺は、傍に居てやることも、優しさを全身全霊で注いでやる事もできやしなかった。つい、郷愁にかられて眉が下がってしまって慌てて表情を直してレギュラスを見上げる。
「————、」
つう、とレギュラスの頬を伝う涙。
レギュラスは泣いていた。
「っ、ぼ、ぼくっ!」
「レ、レギュラス、あの、ごめん、どうした?」
あまりの出来事に俺は慌ててレギュラスの肩をつかむ。
のこと、天使だと思ったんだっ!」
「はい?」
今まで付き合わせていた顔を、そっと俯かせるレギュラスを俺は覗き込む。確かに昔いきなり子供のくせに偉そうな口をきいて、クリーチャーを探して引き合わせるなんてことをしたけれど、まさか天使だとまで思われていたとは。
「君はあんなに小っちゃいのに、僕の心の中を見透かして、そして、どこか遠くばかり見ていた。ここに居ない人みたいだったんだ」
ぽたり、ぽたりと、顎から滴が垂れて黒いジャケットに染みをつくる。
「今も、君はどこか遠くを見てた。、君は、今ここにいるんだよね……?僕の、都合の良い幻ではない?」
遠くを見ていると指摘されてはっとする。
確かに俺は、目の前を見ているふりして、時々遠くを見ていた。ハリーの寝顔を通して弟と妹を、ジェームズ達の優しさを通して兄を、賑やかな喧噪の中に家族を、静かな部屋の中に双子の無い寂しさを、暖かい日差しに愛しさを、探していた。
今の生活に不満があるわけではない、ただ手放してしまったものが大切だったのだ。
「レギュラス、俺はずっと前、大切な物を守りたくてそこから手を放した」
「、」
「手放したものたちの気持ちを俺は知らない、後悔もしてない、だってこれが、たった一つの冴えたやり方だったんだ」
頬を濡らし続ける涙を、レギュラスは拭わない。俺の分まで涙を流しているのだろうか。いや、別に俺は泣きたくなんかなってない。レギュラスはきっと泣き虫なんだ。
「手放した物をもう一度手に入れる事は出来ない。大切な物はたくさんできたけど、同じ物はもう二度とないんだ」
俺には新しい家族や友人はできたけれど、もうあの人たちの家族になることは出来ないのだ。
「こんな俺が、天使なわけない。ただの人間だよ、ここに居るよ」
あいにくハンカチなんてものは持っていないので、レギュラスの濡れた頬を掌で包んで涙を拭った。
俺の掌を包んだ手は、十数年前より大きくなっていたのだろうけど、俺のほうがあの頃より成長した比率が大きくて、前程レギュラスを大きいと思わなかった。

「僕、もう手は放さないよ。だから、ね、、僕と手を繋ごう」

濡れた睫毛で、優しく笑ったレギュラスに俺はきょとんと首を傾げる。

「あのときからずっと君に会いたかった。友達になりたかったんだ、君と」

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ドラコだと思った?残念、レギュラスくんでした。
Jan.2014