14 一緒に帰ろう
小学生の勉強がわからないなんて宣うつもりはないけど、教えられるかと聞かれると難しいものである。
たしかに小学生の頃は優秀で、友人に囲われたが、教えを乞われたのではなく解答を写させてほしいとせがまれていた。身にはならないぞと口をすっぱくして言ってやったが、目先の楽ばかりをみて未来を見通せていない子供の耳には届かない。
まあ、友人たちがこれから先勉強の基礎がなっていなくても、俺の人生に大した影響を及ぼさないものだから良いか、とため息を吐いた記憶がある。
「というわけで、どうやって教えたら良いかな?」
「なにが、というわけで、なのか私にはお前の考えが読めないが」
夜の十時、セブルスが仕事から帰ってくるまでセブルスの家から近い駅のカフェで待ち、くたびれた顔を隠さずのっそりと駅から出て来た所をつかまえた俺は、そのままセブルスの家まで着いて行きソファでくつろいでいた。
メールを入れるくらいしろと言われたけれどどうせ仕事から帰ってくるまで携帯電話をいじらないからしても無駄だと思って生返事をしておく。
「ドラコの今までの成績とか、どこまで見てやっていたのかとかさ」
「——ああ」
セブルスは本棚からファイルを取り出して、俺に寄越す。開けばドラコに出した課題や小テストの結果などが綺麗に分けてファイリングされていた。
「頭は悪くはない。勤勉で、意欲もある、ただし狡賢く面倒なことは嫌いだ」
「なるほど」
得意不得意の教科や、興味のあること、ドラコの集中力の持続時間などをセブルスはすらすらと喋った。
最初の一時間はそれなりにきちんと勉強をするが、休憩を挟んでそれからの一時間は時々ぼうっとしていたり、眠そうだったり、時には抜け出そうともするらしい。まあまだ七歳なのだから、二時間勉強しろというのがまず難しい気がする。
ていうかそれを結構前からセブルスと頑張っていたドラコがすごいなとこっそり思う。普通そんなに勉強しない。ハリーなんて家に遊びに行けば大抵テレビゲームやったり外でサッカーやってたりする。
「家庭教師要らないと思うんだけどな」
「大人と話すことに慣れておく必要がある」
「俺はまだ子供です」
ぱたん、とファイルを閉じてセブルスを見上げた。
ぼやけばぴしゃりと言い含められるけれど、俺は世間一般のなかではただの高校生である。精神年齢とかは大人だと思うけれど、人生経験は浅い。働いた事はあるが責任は軽かった。礼儀や作法などを重んじる場面にもさほど直面もしたことはない。
俺はまだ、大人になった事が無いのだ。
「ドラコから見れば充分大人だ」
いや結構舐められてるとは思う。まあ見下されているわけではないんだろうけど。
セブルスに頑張れと言われて、ぎこちなく頷いてしまえば、もうこの話を蒸し返す事は無かった。一度受けると言ったし、時給も良いし、そもそも俺を言いくるめたのはセブルスとルシウスだ。今更なかったことにもならないだろう。
次の日、さっそくマルフォイ家で初めての家庭教師だった。
バスに乗り継げば着く所だったので学校帰りに行く計画を頭の中で立てていた俺は、校門の前に高級車が停まっていると噂を聞いて冷や汗をたらした。
過去、リーマスのお迎えが一回、シリウスのバイクのお迎えが複数回、俺は目撃されている。クラスメイトの視線が俺に向かうまでそう時間はかからなかった。
「すげえ高級車だな……」
「またじゃないの?」
ひそひそと友人たちが話している声が聞こえる。
いやそんなまさか、俺なわけ……いやでも、なんかタイミング的に俺な気がする。
車での送迎を学校で禁止しているわけではない。シリウスがでかいバイクで校門前に居るから悪いだけだ。でも今回の高級車が校門前に停まっているのも結構質がわるい。
うちの学校は来客用の車を駐車する場所が裏門方向にあるため、ここで待つのはちょっと頂けない。早く確かめに行きたいけれどまだホームルームが終わっていないため俺はそうやすやすと動けないのである。
どよ、とクラスメイトがどよめいたので窓から俺も一緒に見下ろせば、高級車の後部座席から一人が下りて来た。ああただの来客か、と思っていたけれど銀色の長髪がさらりと垣間見えて、びくりと心臓が撥ねる。いやそんなまさか。
豪奢なステッキを手に、背筋を伸ばして佇まいを正すルシウスは、颯爽と校舎の中に入って行った。その様子を見てクラスメイトたちは、また俺のお迎えかと思った疑惑をすぐに萎ませた。ただの御偉いさんの来客だったのだと。
俺としては今すぐルシウスの元へ駆け出したい気持ちで一杯だった。あの人何しに来たんだろう、というか何をするつもりなんだろう。仕事できたんだろうか、そうであってくれ頼む。
しかし、わずか五分後に俺の願いは打ち砕かれた。
『二年B組、・ディゴリー。至急応接室に来なさい』
教室に設置されたスピーカーから、事務的かつ少し焦った声が流れて俺の名前を紡ぐ。クラスメイトからの、やっぱりお前か、という視線が痛い。パトロン?って誰かが呟く声が妙に胸に刺さった。違う、断じて違う。
ため息を吐いて荷物を持って教室を出て廊下を歩く。
途中で向こうから走ってくる担任に出会い、何ちんたら歩いているんださっさと行けとせっつかれて、廊下を走った。
多分ルシウスは相当な御偉いさんなのだろう。ホグワーツでは理事だったし魔法大臣とも懇意にしていたわけだし。しかしうちの学校と繋がりがあるとは思えないのだけど。
段々と不安になって来て、最終的には本気で走った。応接室の前で息を弾ませながらノックをする。・ディゴリーですと名乗るとガチャリとドアは開けられた。開けたのはルシウスで、その奥には校長と副校長が居る。
「来たか、迎えに来たぞ」
「あ、はあ、ありがとうございます?」
「ではこれからよろしく頼みますぞ」
ふ、と振り返って校長先生たち言うと、ルシウスは俺の肩を抱いて廊下を歩いた。
「なにしてたんですか?」
「ああ、これから週二回学校に迎えにくるから挨拶をと思ってな」
「え、迎えにくるんですか?」
家庭教師は週三回で、そのうち二日は平日だから学校に迎えにくるというのだろう。
ルシウスは当たり前だと胸を張った。遠慮する旨を言いかけたところでこれはドラコのためでもあるのだと遮られてしまった。こうなると俺が言える事は無い。
というかこの人多忙ではなかったのか。わざわざ俺の学校に圧力かける為に時間空けたとでも言うのだろうか。セレブの考える事は全く分からない。
結局学校中の生徒たちが窓から見下ろすなか、俺は銀髪長髪の紳士にエスコートされて高級車に乗り込むのである。それがこれから週二回行われると思うと気が重い。さすがにルシウスは毎回くるわけではないだろうからここまで目立たないかもしれないけれど、今度から駐車場を教えて俺がホームルーム終わったらそっちに向かう事にしようと決めた。
閣下すごい……閣下。
Jan.2014