15 おかえり
高級車に乗るのは初めてではない。シリウスが持ってる車は充分高級だったし、リーマスもジェームズもなんだかんだ良い車に乗ってる。ただ、マルフォイ家の車は高級車の中でも金に物を言わせてる感があるというか。長い車体はメーカーが分からない人でも一目で高級と理解する事が出来る。
ドアを開けて、おずおずと乗り込もうとすると中にドラコが居た。偉そうに、優雅に、けれどきちんと座っていた。シャツとショートパンツにリボンタイ、ハイソックスと革靴は典型的なおぼっちゃまのような服装だった。あれ、たしかハリーの学校も制服があって、こんな感じだった覚えがある。
同じ学校なのだろうかと思ったけれど会って早々にハリーって知ってるかと尋ねるのは気が引けた。前もあまり仲が良くなかったわけだし、最初からドラコの機嫌を損ねるのも嫌だ。
「ドラコも来てたんだ」
「ああ、ドラコの送迎も兼ねているのでな」
ドラコの向かいに座った俺の隣にかけたルシウスの説明に、ふうん頷く。ドラコの通う学校は俺の学校や家とは真逆にあり、そのもっと先へ行くとマルフォイ邸がある。俺の学校は思い切り回り道なのだ。なんか悪いな、と思ったけれど送迎した方が早いと言われてしまえば俺は断れない。
あまりにも淀みなく静かに発進した車と、柔らかい座席に少し緊張しながら外の景色が流れて行くのをぼんやりと見送った。
二十分ほどして、立派な豪邸にたどり着く。自動で開く門をすいっと通り広い庭の真ん中を走って大きな玄関の前で、車は停まった。
運転手が一番におり、ルシウスのいる方のドアを開けた。優雅に下りる彼についてドラコも下りたので、俺もそれに続いた。
いつの間にか玄関の前にはスーツ姿の初老の男性がいて、恭しく俺たちに頭をさげた。
「お帰りなさいませ、ご主人様、坊っちゃま。いらっしゃいませ、様」
お帰りなさいませご主人様と言う人を初めて見た。
出奔したとはいえ、充分なセレブのシリウスで少しは感覚が肥えてきていた筈だけど、ここまで来ると宇宙空間だ。
おそらく執事であろうその人は、そっけない返事の二人や、どうもという微妙な挨拶しかできない俺に顔色を変える事無く、素早く玄関を開けてくれた。中にはメイドの女性が居たけれどもう俺は驚かないぞ。
「お帰りなさい、ルシウス、ドラコ」
豪奢な階段から下りて来たのはブロンド髪の女性だった。多分ナルシッサだ。ルシウスとドラコは軽いキスをして彼女と挨拶を交わす。
「いらっしゃい、。ルシウスの妻でドラコの母のナルシッサです」
ぴんと背筋を伸ばし、力強いけれど優しげな微笑みを携えたナルシッサに俺も・ディゴリーですと愛想笑を浮かべる。
握手をしてナルシッサと呼んでちょうだいという提案にこくんと頷けば、満足したように微笑んで手を離される。
(身内とかお客さんには対応良いんだよなあ、この家族)
ウィーズリー家の赤髪を目にしたときの、ぐしゃりと歪められた顔は微塵も見えない。俺は特別何かをされた訳ではないし、まあどうでも良いと思ってたから恨んでいないのでギャップに少し気を遠くするだけだ。
「私はこれから来客の予定でな。すまないが後は頼む。ドラコ、お前の部屋に案内してさしあげなさい」
「はい、父上。」
銀時計を確認したルシウスはさらりと長髪を靡かせ、執事とナルシッサを伴いどこかへ行ってしまった。
「先生、ご案内します」
此処へ来て初めてまともにドラコが口を開いた。
相変わらず生意気そうな態度なのは変わらないけれど、迷子のときの少し子供っぽい所は隠されていた。
階段をあがり、広い廊下を進み、三つ目のドアがドラコの部屋。深緑色のカーペットと、本がびっしり詰まった大きな本棚に、勉強机と、テーブルや椅子などがある。ベッドやタンスは置いておらず、おそらく部屋内にあるドアの向こうが寝室なのだろう。
特に世間話をすることもないかと思って、早速勉強を始めた。ドラコも表情を変えずに机に向かって、俺はその隣にある椅子にかける。
セブルスが沢山課題を出しておいたらしいので、今日はそれの答え合わせと復習だ。
採点をしている間に、今日学校で出た課題をさせておく。俺の採点が終わったら一旦課題は中止して、間違えていた問題を示す。算数と英語しかこの年齢ではやらないと思っていたけれど、先の勉強もしているようで、簡単な歴史や理科の授業もやっているようだ。セブルスかルシウスか、どちらが与えたのか定かではないけれど教科書をぱらぱらと見て線を引き、ドラコにこの部分を口に出して読むように言う。怪訝そうに俺を見て、それから仕方なさそうにぽそぽそと読み上げれば間違えた問題の答えが出て来て、ドラコはあっと小さく声をだした。読み終えたときにもう一度課題の解答を渡し、描き直させる。
それを続けて行き、課題の間違いを直した頃には一時間が経っていた。
「はいじゃあ休憩に——」
しよう、と言いかけた所で扉がノックされる。ドラコが返事をするので扉が開いて、メイドさんがお茶とお菓子を運んで来た。
「ありがとうございます」
軽くお礼を言えば、メイドさんはぺこりと頭を下げて部屋を出て行った。
「お礼を言うんですね」
「ん?ああ、普通でしょ」
「マナーの先生はあまり使用人には頭をさげないようにと言っていました」
なるほど、礼儀作法の先生は居るらしい。たしかに社交ダンス教えろとか言われると俺は困る。今時社交ダンスするか知らないけど。
それと同様に俺はマナーなんて教えられないから、そういう先生が居ると分かってほっとした。
「俺にとっては使用人ではないし」
「でも先生は父上や僕の客人です」
「んー、難しい所だよね。でも俺は人としては当然の事をしただけだよ」
香りの良い熱い紅茶を一口こくりと飲み下し、ことんとテーブルに置いた。
「周囲に優しく、ある程度とけ込むことも大事だよドラコ」
前髪をぴっちりと分けられてむき出しの額を指で小突けば、乱暴に何をするんだ!と怒った。それから、ふうとため息を吐いて、やめてくださいと言い直したドラコに笑がこみ上げてくる。
「敬語じゃなくていいよ」
「しかし」
「俺が教えてるのは勉強だけだし。あ、学校生活の送り方なんかも教えられるかもね」
セブルスよりは人当たりがいい自信あるから、それだったら教えられそうだ。少し戸惑うドラコを見下ろした。
「頭がいい同級生に勉強を教わってるのと一緒でいいよ」
「僕より頭のいい同級生なんか居ないっ」
むっと眉を顰めて言い返すドラコはすっかり前みたいに生意気な顔。ああ一応成績一番良いのかな。順位を張り出すことはしないらしいから正確には知らないけれど。
「へー、ドラコ頭良いんだ」
「そうだ!すごいだろう」
「すごいすごい、じゃあ一番人気者なの?」
「あ、当たり前だろ!僕はポッターなんかより全然——!」
「ん?誰?」
あんまり興味ないけど会話を広げてみる。生意気なのはあれだけど、敬語より断然増しだからだ。
ポッターと名前が出て口を噤んだドラコに、聞き返す。なんか敵視してる様ないい草なので知り合いだとは言わないでいいかな。
「隣のクラスのハリー・ポッター。この間のかけっこで、僕が手を抜いて走った時に偶然、僕より早くゴールしたからって自慢してるんだ」
絶対自慢とかしてないだろうな、と思いながらドラコの話を聞く。
やっぱりハリーは同じ学校だったんだ。
「何で手抜いてたの?」
「……お腹が痛かったんだ」
いや保健室行け。
典型的な言い訳を並べ立てる子供の姿に呆れを通り越してむしろ微笑ましくなってきた。
「で、ハリーは」
「だめだ、ポッターと呼べ!」
「はいはい。ポッターはドラコにかけっこで勝ったから、今人気者なんだ?」
勝ってない、人気者なんかじゃない、でもちょっともて囃されてるとか色々言っているドラコ。そういえばこの間ハリーはいつもかけっこ一番早いんだよって俺に自慢してたな、と思いつつも俺は口を出さない。
なんか放っておくと言い訳と悪口と自慢のオンパレードになって来たので休憩時間を終了させて勉強を再開した。
不満げにぶつぶつ言うドラコのおでこを軽く弾くと、涙目になりながら俺を罵った。
「この暴力教師!父上に言いつけてやる!」
「なんだ、痛かったの?ドラコって案外弱虫だなあ」
「い!いたくなんかない……この程度」
ドラコは真っ白な顔を真っ赤に染めて怒るし焦るし泣きそうになる。前世の恨み、ってほど恨んでないけどからかってあそぶのは案外楽しいとも思った。
イギリスって教育開始早いんですね……。
Jan.2014