16 パーティー
最近、俺の周りが金持ちに埋め尽くされている気がしてならない。つい先日ルシウスが俺を迎えに来た事によって校内での俺の認知度が上がってしまった。時々チラ見されるし、クラスメイトに微妙な顔をされる。どんな知り合いなのか聞きたいのだろう。決してパトロンではないということだけは否定させてもらった。どんな関係と言われても、ただの知り合いとしか言えないから説明するのも難しく、何とも言えないのが現状ということもある。
ある日担任に呼び出されて、ルシウスの関係を訪ねられたが、知り合いの先輩であり、ルシウスの息子の勉強を見てやっているという事を答えると吃驚される。
ルシウスは校長先生に事情を説明したと言ったが、送迎をする旨しか伝えていないらしい。そもそもルシウスと校長先生はどういう関係なのかと担任に聞くと、ルシウスはどうやらうちの高校に寄付をすると申し出たらしい。なんという圧力。だからといって俺をあまり特別扱いしないでくれと頼めばほっとされる
「ついでに聞くがバイクで迎えにくるあれは誰なんだ?」
以前聞かれたときは、友人だとしか説明しなかったから気になっているのだろう。
「ルシウスの奥さんのいとこ」
ルシウスの妻の血筋とくれば先生の顔が引きつるのも仕方が無い。ブラック家ですとぼそりと教えるとガタガタと椅子をゆらして俺から離れる。政治家や国家権力者を多く排出している家なので先生も聞き覚えがあるようだ。
シリウスはもう出奔しているけど、実質跡取り息子のレギュラスも俺のメル友な訳で、考えれば考える程俺のバックが強化されていっている。
これ以上口にするのはよそう。
「両家とも親戚なのでつながりがあるのは仕方ないです。でも俺はほんの一部だけなんで」
気にしないでくださいと言って席を立つ。
職員室の空気が少し堅くなってしまっていたので、比較的のんびりとあっけからんと言い放った。
苦笑いする先生を尻目に、勝手に話を切り上げて職員室を出た。
昼休みで賑わう教室に戻り、携帯を開けばメールが二通入っていた。一通目はシリウスからで、今日の夜パーティーに参加するぞという内容。付き合ってくれないかとかそう言うお願いの仕方は無いのか。まあ、過去二〜三回主催も知らないセレブのパーティーに参加していて、だいたいシリウスが俺をだしに人避けして俺はおいしいご飯を食べているだけだから、いつもなら付き合ってもいいのだけど今日は家庭教師の日だ。断ろうと思ったけれど、もう一通のメールがルシウスからのものだったので確認すれば今日の家庭教師は休みで良いとのことだった。なんでもどこかのパーティーに家族で出かけなければならないのだそうだ。俺の予定は無くなったけれど、嫌な予感がむんむんするのでシリウスの誘いを受けたくない。鉢合わせなんかしたら最高に気まずい。
ルシウスには分かったと返事をして、シリウスには返事をしなかった。
授業が終わってすぐに家に帰ろうと走って門から外へ出れば、がし、と鞄を掴まれて体勢を崩す。
「よう、。どうしたそんなに急いで」
「シリウス……これからバイトで、遅刻しそうで」
「お前この間バイトやめたろ?」
転ぶ前に支えられ、シリウスに向き直りながらなんとか嘘を並べる。
「新しく始めた」
「今日は休め。なんなら俺が保護者として適当に言ってやるから」
ああこれは、逃げられないパターンだと察知した。
「マルフォイ家で……息子の家庭教師してる」
「なんで……ああスネイプつながりか?」
頭の回転が早いうえに俺の交友関係を知っているシリウスはすぐに俺の伝手を言い当てる。ごもっともです、と頷くとシリウスはにやりと笑う。
「バイトなら心配するな。マルフォイ家も今日はパーティーだから」
「だから行きたくないんだよね」
苦い顔をしながら答えると、メールをわざと返信しなかったとバレて頭を乱暴にかき混ぜられた。
そのままバイクに乗せられて、高級な店でタキシードを購入。即決で試着無しに買うあたり、俺に服を与え慣れていると思う。ついでに言えば、家には以前シリウスが買ってくれたタキシードがちゃんとあるのだが、家に寄るのは面倒だと言われてしまった。
シリウスの会社に連れ込まれ、秘書のお兄さんに着替えを手伝われヘアセットをされている間、シリウスも別室で着替えて来たらしく、普段の二割増し真面目に見える格好でやってきた。
「よし、良いな。行くぞ」
俺の全身を見て、秘書のお兄さんに頷いたシリウスは俺の肩に手を回して促した。
用意されていた黒塗りの車に乗り込み、憂鬱なため息を零すシリウスは、ちょっと悪いと思っているようで眉を垂れた。
「今日のパーティーはちょっと面倒でな……マルフォイ家やブラック家も来る」
実家の人まで参加するとなると、シリウスならパーティーに行かないくらいの事はするのではないかと思ったが、パーティーの主催がとても世話になった人らしいので行かない訳にはいかないのだそうだ。しかしレギュラスとルシウスが来るなら俺は隠れ蓑どころか目を引くかもしれない。両者とも俺が此処にいるなんて想像もしていないのだから声をかけてくる可能性はある。場をわきまえてその場では何も言わずに居てくれるかもしれないが、後で問いただされるのかもしれない。
このドラ息子め、とシリウスをちらりと見る。
「大丈夫だ、に不快な思いはさせない」
いつも通り美味い飯食わせてやると微笑むシリウスに絆されることにした。
絆されることにした。は、いいが、シリウスはパーティーが始まって暫くしてから姿を消した。正確に言うと、女性に囲まれてしまったのだ。腕を掴むのも気が引けたので、シリウスの後頭部がかろうじて見える位置で大人しくグラスを持ったままちびちびと飲んでいる事にした。
「おまえ……シリウスといたね?」
ふ、と顔に影がかかったと思えば、高圧的な声が降り注ぐ。顔を上げれば、不愉快を隠さない表情を浮かべた年配の女性。先ほどシリウスが苦い顔をして母親までいやがると呟いた視線の先に居た人だ。つまりシリウスの母だ。参った、絡まれるとは思っていなかった。
「はい、初めまして・ディゴリーと」
「名乗らなくて良ろしい。覚える気はないのだから」
自分から話しかけて来た癖にぴしゃりと言い放つ。じろりじろりと上から下まで舐めるように観察され、冷や汗が垂れる。いじめられて泣くほど弱い精神はしていないが、傷つかない人間ではないので、この真っ赤なルージュから発せられるであろう罵詈雑言を想像して胃を痛めた。
ふん、と鼻で笑われて、少し震える。ああ何て言われるんだろう。怖いな。
「あれとつるむ者など高が知れています。目障りだから早くあれを連れて出て行きなさい。身の程知らずの薄汚いネズミ」
予想通りの辛口で、相当高圧的な態度。シリウスが嫌うのもよくわかる。それから捲し立てられるように罵り続けるのを無言で聞いているが、怖いし目立つの嫌だし動くに動けない。会釈して逃げれば多分この人は満足なのだと思う。俺が惨めな思いをすればいいと思っている。まあ実際ちゃんと惨めな思いをしているし、やるせなさと地味な苛立ちがお腹をぐるぐるとまわっている。
「返事も出来ないの?」
「……」
「母上、お止めくださいっ」
長い爪の指先が俺の顎を掴もうとした所で、男の人の手がそれを遮る。俺の前には背の高い誰かが立ちはだかっていて、魔女みたいなシリウスの母親の姿は見えない。
「彼は僕の友人です、大切な人です。傷つけないでください」
「レギュラスの?これはお前には相応しくありませんよ」
俺を庇ってくれているのはレギュラスだった。
「失礼ですが貴方は彼の事を何もご存知ないと思いますが?」
そして、品の良い男性の声が横から入る。
「ルシウス」
「彼は私の友でもありましてな」
シリウスの母親の苦々しい声が聞こえる。ルシウスまでごたごたに入って来てくれたらしい。
「お宅の出奔したご長男とはたまたま———そう、そこらへんでただ一緒になっただけなのでしょう、むしろ私の連れだと捉えてくださっても良い」
あまり感情の起伏の無い、冷静な喋り声がすんなりと耳に入ってくる。
「私の友をあまり怖がらせてくださいますな」
腕がのびて来て、ぐっと引き寄せられる。視界には綺麗な銀髪が目に入り、ルシウスが輪から引っぱり出してくれたのだと分かる。颯爽と歩きさるルシウスに連れられて、人気の少ないテラスへ出た。
「、何故このような場所に居た?」
「すみません、ルシウスの顔に泥を塗るまねを……」
「そうではない、ここは危険だと言っている。一人には決してなるんじゃない」
前髪を上げさせられて露になっていた額を、指先で小突かれて顔を上げれば、想像していた厳しい顔ではなく、苦笑いを浮かべていた。
「シリウスが無理矢理引っ張って来たんですけど、女性陣に囲まれてて」
「はあ……そういえば奴とは友人だったな。何をしているんだあの男は、全く」
セブルスの友人として紹介されたのだから、セブルスの同級生のシリウスを知っていてもおかしくはない。ルシウスは苦々しい顔をしてぼやいた。
「!」
ふいに、テラスに違う声が響く。レギュラスが心配げな顔をして掛けて来た。母親にも構わなければならなかったので遅れたようだ。
「あ、レギュラス」
「では私は戻る。ドラコとナルシッサを置いてきてしまったのでな」
「あ、ありがとうございました、庇ってくれて。それと、ドラコには格好悪い所を見せてしまってすみません」
「いや良い。あれだけの罵詈雑言と圧力の前に、反論も我慢して立っていられたのだ。立派だった」
ふ、と笑ってルシウスは長髪を靡かせ去って行った。レギュラスはすれ違い様にルシウスに挨拶をして、俺の方へ駆け寄ってくる。
「、ごめんね……母が」
「いや、庇ってくれてありがとうレギュラス」
両肩をがしっと掴まれて、ものすごい悲しそうな顔で謝られる。確かにすごい怖かったし傷ついたから、こんな風に必死で謝ってくるのも分かる。それでもレギュラスが謝ることではないのだから、泣きそうになんかならないでほしい。レギュラスは結構泣き虫だ。
「驚いたよ、兄……シリウスと一緒だしルシウス先輩の知り合いなんて」
「言ってなかったもんね」
「うん、教えておいて欲しかったな」
「ごめん」
ちょっと拗ねたようにレギュラスが口を尖らせてみせたのでくすっと笑いながら謝ると、すぐに拗ねた表情を笑みに変えた。
「、わり、やっと抜けられた」
「シリウス……遅いよ」
それからテラスにシリウスがやって来て、俺はようやく帰れるとほっとした。なんだかパーティーの食事もちゃんと味わえなかったし、怖い人に絡まれたし、今日は疲れた。
レギュラスはシリウスの存在に気づいて少し表情を硬くする。あまり仲良くないとは知っているから会わせるのは嫌だったのだけど、仕方が無い。
「あ?なんでレギュラスがと居るんだよ」
「僕とが友達だからですけど?」
シリウスも不機嫌そうにレギュラスを鋭いまなざしで射抜くが、レギュラスも負けじと睨みつける。シリウスは美形で背も高いから迫力あるけど、レギュラスも普段温厚な声と顔をしているからこんな風に不機嫌を露にしていると中々怖い。
「お前とが?ふうん」
「十年来の友達です。じゃあまた会おう」
「十!?あ、おい、ちょっと待て!」
「あー、ありがとね、レギュラス」
十年来って、そんなに続いてないし。初めて会ったのが十年くらい前なだけで、友達になったのは本当に数ヶ月前の出来事なんだけど。シリウスに当てつけたいのか、誇張表現をして爽やかに去って行った。
お貴族様の口調がわかりません
Feb.2014