harujion

keep silence

01

うららかな春のある日、真選組屯所に訪ねて来た少年は柔らかな口調でごめんください、と挨拶をした。
しっとりとした黒髪や黒目がちな子供っぽい瞳とは裏腹に、着ている服装はスーツにも似た隊服であり、少年と相対した隊士は一度や二度ならず、何度もその姿を目にして来た。
少年は警察庁長官松平片栗虎の甥であり長官付きの補佐を勤めていた松平だ。五年程前からその姿をよく見かける。長官の豪快な人柄についていける人物であることはよく分かったが、隊士たちは言葉を交わしたことは殆どない。
そんなが一人で屯所に訪ねて来たのは初めてのことだった。
「近藤局長と、土方副長にお目通り願いたいのですが」
「あ、は、はい」
礼儀正しく声をかけ、控えめな態度で伺う様子に対応していた隊士はかしこまって姿勢を正した。
どのような用なのかと聞けば、異動命令が出て真選組への配属が決まったと説明をされる。一介の隊士があらかじめその話を聞いている筈も無く当然驚いた。真選組には入隊希望以外はたいてい問題児が押し付けられる為の配属は意外なことなのだ。

真選組への配属命令の旨が書かれた書類と、正面に正座しているを交互に見てから、土方は紫煙を吐き出す。
「いやぁしかし、どうして急に君が真選組に配属になったんだ?」
「とっつぁんとモメたんなら勘弁してくれよな」
「いえモメたというか。普段自分は叔父の家で過ごすんですが、栗子さんが年頃なので」
近藤と土方と遠い目をして、思いを馳せた。
松平は娘を溺愛しており、彼氏が出来ると抹殺命令さえも下して来る男だ。過去巻き込まれたことのある二人はが家を『追い出された』理由に納得した。そしてちょっと可哀相なものを見る目で眺める。
「家を探しても良いんですけど、どうせなら住み込みで働ける部署に行こうかと相談した所叔父がすすめてくれまして」
「そうかい。まあ、とっつぁんの元で五年も揉まれてたんなら腕もあるんだろうしな」
近藤は膝をぽんぽんと叩いて、軽く笑った。
土方も不満は無い様だが、配属する隊を決めかねてどうすると首をひねった。
「とりあえず年頃も近いんだし、総悟にでも任せてみたらどうだ?」
「あ?アイツに任せたら新人使いもんにならなくなるだろうよ、近藤さん」
くんは新人じゃないし、慣れるには手っ取り早いんじゃないか?———どうだい?」
「真選組随一の剣の使い手である沖田さんに扱かれるのは楽しみですね」
口をきいたことの無い少年があまりにも素直で、土方は少し逡巡した後に沖田に任せることを決めた。
「おい、総悟」
「なんですかィ……って、坊ちゃんじゃねーですか」
をつれた土方は、縁側で刀の手入れをしていた総悟に声をかける。すると彼はを見るなりきょとんと目を丸めた。
「本日付けで一番隊に入隊いたしました。松平です、よろしくお願いします」
支給された隊服に身を包んでいたことから分かっていただろうが、沖田は少しだけ目を開いてから軽く返事をした。
「なんだって坊ちゃんが真選組なんかに?」
「単なる部署異動みたいなもんだ。深い理由はねーよ」
土方は説明が面倒くさく、かつ、本当に深い理由もないことから適当に誤摩化した。も続いて頷く。沖田も興味があった訳ではないため深く聞くことは無かった。
「あと総悟、これから隊士として働くんだ坊ちゃんはよせ」
坊ちゃんという呼び名は、いささか揶揄混じりに聞こえる。実際、呼んでいる人間の大多数はを長官の親戚としか見ていない、かつその地位に嫉妬した連中だ。沖田はさほど気にしてはいないが、松平ともとも呼ぶ必要性を感じない為にこの呼び名だったのである。


「あいつは、ここでやっていけそうな奴なのか?近藤さん」
を沖田に預けた後に近藤の所に戻った土方は、ひとりごちるようにに対する不安をこぼす。
くんのことか?大丈夫だろう。なんてったって、とっつぁんに五年間ついてた男だ」
「喋ってみたらただのボウヤじゃねえか。俺ぁ最初総悟より年下くらいかと思ってたぜ」
「だがトシ、くんの噂は本物だぞ?」
ふっと笑った近藤に、土方はおし黙る。
と実際に相対しての印象は、十代くらいの風貌で、温厚そうな人柄で、河原で子犬と戯れているのがお似合いの男。だが実のところ、は松平についてテロリストの一斉検挙や下手人の粛正なんかもこなしてきた。松平自身のやり方が通常の人間にはついていけるようなものではない為、も相当な腕前だと噂されている。
土方自身も、の仕事後の姿を目にしたことがある。皆血に濡れていた為に気に留めていなかったが、も同じように血を被っていた。つまり、人を斬ったことのある人間であり、松平のやり方を見て来た者だ。
改めてそう考えさせられた土方は口を噤むことにした。

の入隊はまたたくまに隊士たちに知れ渡り、いままで遠くから見ていただけの存在に折角だからと話しかけるものも多く居た。
長官の甥といっても全く似ておらず、実際に若いことや童顔なことも相まって印象は良く見えるため気の良い隊士たちはすぐにを受け入れたし、大抵のもの達も反感を感じること無くは真選組に馴染んだ。
「どうだ、真選組には慣れたかィ」
「隊長。そうですね、慣れたと思います」
「まあ元々真選組のようなもんだったろうけどな」
が入隊してから一ヶ月程経ったある日の昼休み、食堂にいるの隣に座りながら総悟は声を掛けた。完全な新人というわけでもなかったが、だからといって総悟についてまわるほどでは無いため、と総悟がこうして二人で話すのは久しぶりのことだ。
隣で割り箸を割っている総悟を尻目に、はそっとお茶を啜る。
「確かに、長官の所に居たときとやってることはあまり変わりませんね。でも、沢山の人と関わって生活するのとかは初めてです」
「そうかい」
「長官の傍に居るとやっぱり、敬われることが多いから、今の方が気が楽ですし、楽しい」
うっすらと目を細めたを見て、総悟は昼食をとりながら小さく笑った。
食事を終えただったが、総悟と話をしながら昼食をとっていたためにそのまま席を離れることは無く、ちょうど良いタイミングで茶を入れる等、礼儀正しく傍にいた。食事を終えて総悟が席を立てば自身も立ちあがり、食堂を出る際に別れようとする。しかし総悟がこの後付き合えと言った為に午後は書類整理や雑用の仕事ではなく外回りへと変更になった。
「まだあんまり歌舞伎町に来たこと無いんだってなァ」
「ああ、長官の夜遊びについて行くことはありますけど、自分でまわったことは無いですね」
その返答に、若干噴き出しそうになるのを総悟は堪えた。
そういえばあの親父は毎晩のように夜遊びへ繰り出しており、付き人のような立場だったは連れ回されていたのだ、と思い直す。
しかしの言葉通り、自分の意志で歩き回ったことは無いため、連れて来たことは無駄ではなさそうだ。
「夜じゃないし、見回りは車が多いですから、歩くと違いますね」
「昼は比較的まともに見えるだろ」
「そういえば、どこに向かってるんです?」
今まできょろきょろ動かされていた瞳は、総悟に戻って来た。
「資格の免許に証明写真撮らなきゃ行けなくてな」
「へえ、資格。なんのですか?」
「宇宙毒物劇物取扱免許でィ」
は総悟が見せた免許証を一秒ほど無表情で見た後、そうですかと小さく答えた。
総悟はこういう時、何も言って来ないのがつまらなくもあるし、楽でもあると思う。面倒で口を開かないのか、長官についていた所為で大抵のことは許容範囲内なのか甚だ疑問である。
暫く歩いていると目当ての証明写真機を見つけたが、その場には銀時と長谷川の姿があり総悟は少しだけ目を開いた。はどちらも知らないため、隣で首を傾げているが口を挟んでくることは無い。
「ひょっとして旦那達もコイツを?大変だったでしょ、言うこと聞かなくて。腕はいいんですけどね」
くいっと親指で示す証明写真機は少し我儘なシステムをしている為、扱い難いのである。
「教えましょっか、コイツの使い方。もよく見てろィ」
「はい」
銀時はを初めて見たが、総悟の突っ込みに忙しくて話しかける暇も無い。
片やは上司が鼻に割り箸をさして土壌すくいをし始めても表情ひとつ変える事も無かった。
「———というカンジでさぁ」
上司と同じように割り箸をさして眼鏡とほっかむりをした桂の写真をは冷めた目で見つめて呟く。
「桂———……」
「おう、お前も見たことくらいあんだろ」
「一度うち……長官のお宅に家政婦として潜入してたことがありましたね」
「は!?」
大きな声で反応したのは銀時だったが、総悟も長谷川も若干驚いている。
「栗子さんに免じて一度は逃したんですけど……ね」
何か言いたげな様子を見せたが、はそこで口を閉ざす。そしてすぐ、行きましょうかと促すので沖田は踵を返して銀時たちに別れを告げ、も会釈してから去って行った。

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銀魂は三人称でも一人称でも書き辛いと学びました。
苗字考えるのもう今更面倒くさい(何度も言ってる)ので、とっつぁんの苗字を借りました。甥っ子です。もはや家族愛とかはないですね。正直誰でも良かった……などと供述しており。
Dec.2015