01 転生
生まれた時、吃驚した。知らない言葉で投げかけられ、優しく抱き上げられる。
しかし倦怠感、不快感、眠気、空腹、ありとあらゆるものが押し寄せて来て、暫くは言葉どころではなかった。ベビーベッドに寝かされて、ほぼ眠って過ごした。
それから何日か経って、両親と思しき男女に抱き上げられて病院を後にした。、と呼ばれてそれが俺の名前なのだと理解する。何十年も呼ばれてきた名前にほっとしたが、名前以外は彼らが何を喋っているのか理解できなかった。
喋る必要も言葉を理解する必要も無い赤ん坊で良かった。
家に帰れば兄という存在が俺を迎えた。新生児の俺をきょとんとした顔で見下ろす幼児を俺も見つめ返す。小さな手がのびてくるけれど、俺の手の方がもっともっと小さくて、容易く包み込まれた。
兄がふっと笑ったので、俺も口をぱかりと開けて挨拶代わりに小さく声を漏らした。俺の声を聞いて、兄はもっと嬉しそうに笑った。
家族から呼ばれて返事をしている所を見ると、兄の名前はライト。俺もライトも西洋人でもおかしくない名前だけれど、顔立ちや髪色を見ているとアジア人のようだ。中国かと思ったけれど、喋り方がもう少し伸びやかなので違う。周りの物を見ていれば段々と此処が日本だと分かった。
一歳になって少しで妹が生まれ、俺の家族がここで全員揃ったらしい。
その頃にはゆっくりならそれなりに聞き取れるようになり、簡単な言葉が言えるようになってきた。ライトは面倒見が良く俺に構って来たし、母はゆっくり喋りかけてくれた。まま、ぱぱ、と自分たちの事を示すので、最初はそれを言うのが妥当だろうと口にすれば、両親は喜び、ライトは僕も僕もとせがんだ。らー、と呼べば家族三人目を丸め、両親は困ったように笑い、ライトは喜ぶ。何かいけなかっただろうかと思っていると、にーに、にーに、と母が俺に教える。
ああ、こっちは兄や姉に対して呼び名があるんだったと嘆息する。
仕方ないから次からは教えられた通りにーにと呼ぼう。
「ねえ、夜神くんのお兄ちゃんって六年生の夜神月くんだよね?」
小学校四年生になった時、妹の粧裕が二年生で兄の月は六年生だった。兄は運動も勉強もできて、学級委員をしているから良くクラスの先頭に居たり、表彰されたりしてそこそこ有名だった。クラスメイトの女の子も月が気になっているのか、にこにこしながら話題を出す。そうだよと答えれば、今度一緒に帰らないかと誘われる。面倒くさいなあと思っていると、教室がざわめいた。月くんだ、と目の前の女の子が呟いたので教室の入り口で俺を見て手を振りかける月に目を向ける。女の子に返事をしなくて済むのは楽だけど、視線を一身に浴びるのは楽ではない。どっちにしろ面倒くさいのが来たなあ、と兄に対して思うのだった。
「!」
「なに?月……」
漢字を習ったとき、兄の名前が日本の漢字だと知った。しかし普通は月をライトとは読まないもので、結局兄の名前は英語のライトのようだ。真面目な両親がそう名付けたことは吃驚だが、俺に至っては普通に片仮名の名前だ。粧裕だけは日本人じみているのは、彼らの間になんらかの心境の変化があったのだろう。
それはさておき、昼休みに俺の教室に来た月に目を向ける。おかしいなあ、目立つからあんまり話しかけるなって言っておいたんだけどな。
「そう睨むなって、今日塾が休みだから一緒に帰ろうと思ってさ」
「粧裕は?」
「由貴ちゃんの家にあそびに行くんだって」
「わかった。下駄箱の所でまってて」
月は塾に通っている為基本的には一緒に家には帰らない。学校の近くに塾の送迎バスが来て、それに乗り込むのだ。粧裕と俺は塾なんて面倒なので行っていないため、普通に徒歩で帰る事になっている。
塾が無いなら朝から言えば良かったのに、わざわざ昼休みに来たのはある意味嫌がらせなのだろう。決して嫌われているわけではなく、むしろ可愛がられている。月は周囲に俺と一緒に居る所を見せるのが好きらしい。
「あの、あたしも一緒に帰りたい!」
さっきまで俺の傍に居た女の子がいつの間にか俺たちの話に聞き耳を立てていたらしく名乗り出る。月はきょとんとしてから、優しく笑った。
「ごめん、今日は二人で帰る約束なんだ。ね、」
そんな約束はしていないけど、たいして仲良く無い女の子と一緒に帰るくらいなら、このくらいの嘘には突っ込まないでおこうと、開きかけていた口を閉じて頷いた。
じゃあね、と女の子にも挨拶をすれば、断られた事も気にならないくらい嬉しそうに自分の席に戻って行った。
名前変換がややこしすぎて放棄したくなりました……が一応変換できます、ごめんなさい。
feb-may.2014