harujion

Last Memento

04 ライト
(月視点)

は小さなころあまり喋らない子供だった。赤ん坊だった頃を覚えているわけではないが、じいっと僕と家族が喋っているのを見つめているだけだった。言葉を覚えるのが遅かったのだと思う。
それでも教えられた言葉はそれなりに使っていて、パパ、ママ、にーに、と僕らの事を呼んだ。パパが父さんに、ママが母さんに、にーには月にいつしか変わった。両親はお兄ちゃんでしょ、と嗜めたけどは直さなかった。
妹の粧裕は僕の事はお兄ちゃんと呼ぶが、のことはまるで友達みたいに くんと呼ぶようになった。影響を受けているじゃないかと思いつつも、にとっては妹が可愛いようで、これでいいと頷いていた。
は面倒くさがりだ。お風呂に入るのを面倒くさがったし、外に遊びに行ってらっしゃいと母に言われても渋っていたし、友達に遊びに誘われても気乗りしないのかうまい事言って断っていた。うまい事言えるのは僕の弟ならではのことだ。頭が良いわりにはやる気を出さないし、運動神経も悪くないのに本気で走っている所を見た事が無い。
ちやほやされるのが嫌いだ、なんていう小学生を僕はあの時初めて見た。
やる気を出さないけどそつなくこなし、普段の は面倒くさがらなければ優しい奴だから、僕は心配だった。いつか が女の子に囲まれてどうにもならなくなって、最終的に押しの強い子に腕を絡めとられる結果になるのではないか、と。(女の子というのは面倒くさがっている男のことなんて考えていないのだ。)
そんなことあってはならない。僕はの魅力をどうにか隠すべく、よりいっそう自分を磨いた。僕の影に隠れればはただの面倒くさがりな子だ。
しかし僕が小学校を卒業すると、に目を向ける女の子たちが増えた。学校から帰ってくると、誰々ちゃんの家に無理矢理一緒に連れて行かれたとか、女の子二人に手を繋がれて、両方から押されてぎゅうぎゅうになって苦しかったとか。それを語るの目は正直死んでいた。そんなを助けたのは、粧裕だった。
ありがと、と礼を言われ、目を細めて優しい顔をされるのは、多分家族で一番粧裕が多いだろう。は粧裕みたいな甘えん坊が好きなんだと思う。ちなみに僕は小学校時代にに近づいて、が女の子に色々せがまれたようだから結構嫌われている。まあ本当に嫌うような子ではないのは知っているから、気にしてないのだけど。
粧裕と一緒に帰ってくるようになって、二人はますます仲が良くなった。さすがにが、僕とは手を繋がないのに粧裕と繋いで帰って来た日は、目を見開いた。といっても、粧裕が女の子だからなのだろうし、粧裕自体は僕と手を繋ぐときもある。ただがあまりに僕にドライだから、ついつい、もっと近づきたくなる。
が中学に上がれば当然粧裕と一緒に帰れなくなるけれど、今度は僕が居るから大丈夫だ。を僕の影に隠してあげれば良い。
入学式が終わって早々にの教室を訪れれば嫌そうな顔をされた。その眼差しが心地良いとさえ思う。腹パンされて驚いたけどそれだけで許してくれる面倒くさがりなところも良い。も多分気づいている筈だ。僕が居ても居なくても女生徒は来るし、面倒なことになったときは僕を隠れ蓑にできることを。
一年間とはいえ折角また同じ学校に通えるのだから、兄として先輩として出来る限りしてやりたいと思っての中間考査の勉強を見る事にした。面倒くさがりのわりに、授業は律儀に受けているし勉強もできないわけじゃない。国語の成績が悪いくらいだからあまり心配する要素はないのだけど、今回僕のお陰でいい点数をとれたら、今後も僕が助けやすいと踏んで半ば無理矢理図書館へ引っ張って来た。
そのときに驚いたのは、英語の発音が恐ろしく綺麗だったことだ。普段日本語もそんなにぺらぺら喋らないというのに、英語でこんなにすらすら喋られたら思わず固まる。一瞬何を言っているのか分からないくらいだった。僕は英語も一位をとってるし簡単な英会話なら出来るけれど、 が口にした英語を全て聞き取る事は出来なかった。十三年一緒に居て初めてこんな風に喋っている所を見たのと、ちょっとした悔しさで、思考が一瞬低迷してしまった。
それから、中間考査では国語はやっぱりそんなに高得点はとれなかったけれど他のテストは九十点以上だったことから、今後のテストも見てあげるように母さんに頼まれた。計画通りだな。

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計画通りです。
べった甘いわけじゃないけど、心の底から愛情を向けてる感じですかね。
feb-may.2014