07 ノート
漫画を読んだ末、どうしようかと悩む間もなく月と同じ高校の試験を受けていた。とりあえず、ノートが落ちてくるのを待つしか無い。漫画を読むと、初めて月が殺した人物は十一月二十八日、今から半年も先である。
入学した当初はそう思っていた。
月が人を殺し、父が死に、最後は月も死ぬ。母と粧裕は辛い思いをすることになるだろう。月が此処までえげつない奴になるなら、いっそデスノートを持たせて死なせるべきか。デスノートが無ければ月はつまらない生活を続けてエリートな警察官にでもなっていたのだろうか。Lと出会うことも、心躍る事も無く。
一番最良なのは、月にデスノートを持たせない事だ。つまり俺が拾う。そしてリュークは俺の所に来て、俺の人生を見届ける事になる。リュークはデスノートを二冊持っているから、つまらないと判断したら俺のことを殺すだろう。そうすると、またリュークは暇をつぶす為にデスノートを落とす。落とす以前に、俺の死に気づいた家族が俺のノートに触れたらどうなる。月にデスノートが渡らないようにするには、俺が死なないで、死神に退屈をさせないで、ノートを使うしか無い。キラが動けば、Lも動き、父も動き、もしかしたら月も捜査に加わる。
殺す決意をしていない月はきっとただ純粋に正義を思うだろう。そして、悪のキラを見つけ出し死刑台へ送ろうと奔走することで、退屈な人生を一転させられるはずだ。
この本の通り人を殺して行けば、おそらく疑われるのは月。俺がなんとかLの目を欺いてキラを月に仕立てあげられれば月の人生にスリルを一匙加えることができる。最後まで隠れられるとは思っていないし、最終的には俺が犯人として月の潔白が証明できるのが理想だ。
そう考えている間に、もう十一月は終わろうとしていた。
授業中ぼんやりと見ていた場所に、黒いノートが落ちてくるのを見つけた。放課後、月よりも先にノートを拾うべく廊下を走った。俺が走っているということですれ違った教師がどうした!?と吃驚していたけどそれは無視だ。靴を履いて外へ出れば、生徒たちがわらわらと帰って行く中ぽつんとその存在を俺に主張していた。
かがんで、腕を伸ばし、指先から触れる。これが俺の始まりであり終わりの瞬間だ。
確認の為にノートを開いた。使い方は全て英語で説明が書かれている。このノートに名前を書かれた人間は死ぬ、という説明だけ読んですぐにノートを鞄にしまった。
「
」
「!」
ぽん、と肩をつつかれて、人生で一番驚いた。叩いた本人も俺の様子に驚いてる。話しかけて来たくせにどうしたと尋ねてくる程だ。
「ん、ぼっとしてた。なに?」
「ここにさ、黒いノート落ちてなかったか?」
ぎくりとするも、長年積極的に動かしていない表情筋は機敏に動く筈も無く、俺の表情は相変わらず乏しい。
「ノート?知らないけど」
「誰か拾ったのかなあ」
「月のなの?事務室に遺失物として届いてるかもよ」
「ああいや、僕のじゃない」
授業中に、空から落ちてくる所が見えたからさ。とけろっとした顔で笑う月。空から落ちてくるって時点で普通じゃないから気になったのだろう。
「屋上からうまい具合にブーメランしたのかな」
「面白い事言うな、
」
ぷ、と月が笑う。あ、子供っぽい顔。この顔が好きだな。
この人生でも、俺はまた家族を勝手に生かそうとして、勝手に死ぬのかな。前は原作になるべく関わらないようにしてからいざというときに身を呈したしけれど、今回は別だ。俺が物語を作らなければならない。原作があるからといって、俺は月のように頭の回転が早く精巧なわけでもなく、Lに勝てる自信も無い。いよいよ俺がキラだってバレそうになったらもしかしたらLの顔を見るかもしれないけど、多分そうなったとしても彼を殺す機会もなさそうだし、正直殺す気はない。
部屋の中で黒いノートを見下ろして、俺は腕をまくる。携帯電話のワンセグでニュースを見ると、丁度新宿の通り魔が立てこもり事件を起こしていると報道された。音原田九郎という名前の上に顔写真が載っている。漫画で見た通りの顔をしていて、なんだか本当の人間だという気分がしない。感慨もなく、ボールペンで音原田の名前を綴る。
見届ける事無く部屋を出て、月の部屋のドアを開けると、丁度テレビを観たまま着替えをしている所だった。
「どうした?」
「あのさ」
言いかけた所で、テレビ画面の中が揺れて賑わう音を出した。互いに視線がテレビに向かう。
『あっ、人質が出てきました!』
「なに?立てこもり?」
「ああ、昨日の新宿の通り魔が……」
まじまじ、とテレビを観ていると、報道アナウンサーが警官隊が突入したことを知らせる。暫く、ざわざわとしている。
「どうしたんだろうね」
首を傾げながら、一人言の様に呟いた。月は訝しげにテレビを見つめたままで、返事は無い。
『情報が入りました!!犯人は保育園内で死亡!犯人は死亡した模様です!』
「死亡!?」
音原田の死亡に、月はぎょっと目を見開いた。
「うわ……」
本当に死んだ、と俺は顔を歪める。
射殺でも自殺でもなく、ただ急に倒れたという証言が報道されているけれど、自分がやった訳でもない月は比較的反応も薄く、着替えを済ませていく。知らない犯罪者の変死より、今日の塾の方が大事だろう。それでいい。
「持病でもあったのかな」
「さあな。僕はもう塾だけど、何か用があったんじゃないのか?」
「あーうん、あのさ、十一月限定プリンがコンビニに売ってるんだけど、帰りに買って来てほしくて」
「夕飯の後に入るのか?小食のくせに」
「別腹だから」
ははは、と月が笑い俺も小さく笑った。まるで音原田のことなんて無かったみたいだ。
いろいろなものを掬い上げてしまいました。
feb-may.2014