harujion

Last Memento

08 アイスクリーム
(月視点)

勉強も運動も人付き合いもなんでも出来た。顔は良い方だし、背も高い。スタイルも悪くないし、家も裕福。何不自由無い生活を送っていた。けれど、退屈だった。くだらない事に盛り上がれる程簡単な奴でもないし、馬鹿になれる程プライドは低くない。授業の内容も特に興味を持てないし、ぼんやりと外を見ながら過ごした。
(ん?)
ぱさりと、唐突に真上から何かが落ちて来た。黒い、ノートのように見える。誰一人としてその様子は見ていなかったようで、僕だけが目を丸めて身体をわずかにぴくりと動かした。
放課後になって、ノートが落ちていたところまで行くと、が丁度近くに居た。ぽん、と肩を叩くと今まで見た事ないくらい驚いていた。その様子に僕も驚いた。しかしすぐには今まで通りの顔に戻った。
「ここにさ、黒いノート落ちてなかったか?」
「ノート?知らないけど」
「誰か拾ったのかなあ」
「月のなの?事務室に遺失物として届いてるかもよ」
「ああいや、僕のじゃない」
授業が終わるまでちらちらと視界に写っていたそれは、目を離したすきに消えていた。そもそも自分の物でもなければ、重要な物ではない。ただ真上から急に落ちて来たことが気がかりだっただけだ。
しかし、どこか、道を違えたような気分になった。あれを確認できなかったことで、僕は今まで歩いていた道の上からほんの数歩、横にずれた気がした。
しかしノートもないし、わざわざ探すのもなんだか違うように思って、僕はそのままと帰宅した。
今日は塾に行く日だったので部屋に着いたらすぐにブレザーを脱いだ。部屋に設置してあるテレビをつけると夕方のニュースが放送されていて、それを見ながら私服に着替えていた。スラックスをチノパンに履き替え、シャツを肩からおろそうとした瞬間、部屋のドアが開き、が顔をのぞかせる。
「どうした?」
「あのさ」
『あっ、人質が出てきました!』
驚いたような、焦ったような声が部屋内に響く。たしか新宿の通り魔事件の犯人が保育園に立てこもっていた筈だ。人質が急に出てこられたってことはおそらく犯人に何かがあったのだろう。
と僕は自然と画面に視線をやる。
『情報が入りました!!犯人は保育園内で死亡!犯人は死亡した模様です!』
「死亡!?」
「うわ……」
キャスターが慌てて入って来た情報を伝える。僕は驚き、は顔を歪める。人が死んだにしては軽いけれど、全く関係のない犯罪者が死んだという普通の態度だった。
射殺でも自殺でもないらしく死亡原因は分からず、その報道は終わり、次のニュースに変わる。死んだ事には驚いていたけれど僕の身体は普通に着替えを済ませていた。そういえばと思い出しに用件を尋ねれば、塾の帰りにコンビニでおやつを買ってこいときた。受験生の兄をパシリにするとは。しかし断る理由もなく、文句も言わずに引き受けた。
「じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい月。早く帰って来てね」
プリンの為に優しい事を言う潔さに、思わず笑みがこぼれる。
塾へ行けばまたつまらない勉強をして、どうしようもない退屈な時間を過ごす。断れない弱者に金をせびる馬鹿な同級生、大学生とのコンパに浮かれる尻の軽い女子高生や、誰かを常に見下していないと気が済まない奴。そんな奴らを僕も見下しているけれど、あいつらよりは断然マシだと思う。
低い音を轟かせ、虚栄心むき出しの大きなバイクに乗った男たちが、近くに居た女性に絡む。最低だな、と思いながら僕はそれを避けてコンビニに入る。に買うついでに、自分の分も買おう。そしたら多分粧裕もねだるだろう。そこで母だけに買わないのも変なので、結局父を覗いた家族全員分の土産を選ぶ事にする。
若干屈みながらどれにしようかと選んでいると、隣に誰かが立ってとん、と身体を一瞬だけぶつけた。明らかにわざとで、親しみのこもったそれに顔をあげればの姿。
「どうしたんだよ
「期間限定のおやつ他にもいくつか出てることを思い出して」
自分で頼んでおきながら結局足を運んで来たに驚く。
「月に買ってもらおうと」
がくん、と思わず肩を落とす。
こいつは昔から悪びれもせずけろっと強請ってくる。表情を変えずに、自分には近寄るなって言うこともあれば、照れもせずに褒めたり優しくしたりする。わずかであれど、僕をこんな風に振り回せるのはくらいだ。
そのときコンビニの外から、ドシャッという嫌な音と、悲鳴が聞こえる。はっとしてガラスの向こうを見れば交通事故が起きていた。咄嗟にの頭を抱き寄せて、惨状を見せないようにする。いとも容易くぽすりと頭が僕の肩に押し付けられて、幸いな事には見ずに済んだようだ。
「なに?月、今の音、事故?」
「ああ、見ない方が良い」
「うん」
素直に頷いて、俯いたままは頭を離した。それから、は好き勝手にスナック菓子や生菓子を選びレジに並んで、本当に僕に全て買わせた。
「月ひとくち食べる?」
アイスまで買って、寒い寒い良いながら食べつつ夜道を歩く
買ってくれてありがとう、なんて素直にお礼を言って、僕にひとくちくれようとする所までは可愛いく思えるが、差し出している物はアイスだ。
この寒い中、アイスを食べたいとは思わない。
「いいよ……食べたかったんだろ」
「でも寒いし。ちょっと食べてよ」
「おい……、食べたかったんじゃないのか?」
買わせた癖に、寒いんだもんと文句じみた事を言っているので思わず頭をガシリと掴む。頭の骨格が小さくて僕の手で容易に掴む事が出来る。
「あいたたた、食べたかったけど寒いんだよ、べろが」
「家に帰ってから食べれば良かったのに」
「俺も思った」
僕は何も言わずに、手に力を込めた。

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わがままである。
feb-may.2014