harujion

Last Memento

09 大量殺人

月の塾が終わる頃に合わせて家を出た。母にはライトにおねだり追加しに行くと言うと、呆れつつも許してくれた。
塾の近くのコンビ二まで行くと、バイクにまたがった複数人の男が女性を囲っていて、丁度月がコンビニの中へ入るのが見えた。俺もその後を追ってコンビニに入る際に渋井丸拓男の顔をちらりと見た。しっかり見て、コンビニの中に入ってすぐに曲がった。店の中に入った瞬間ではレジの店員に訝しまれてしまうからだ。そして、隙を見て渋井丸拓男の名前を書いて、すぐに店内の奥方向へ向かった。おそらくライトは俺の頼んだプリンを探している。
奥へ行けば案の定、陳列された商品を見ていたので、無言で近づいて軽くぶつかってみた。月は顔をあげて、俺の存在に驚く。プリンを買いに行かせた張本人が来るとは予想していなかったらしい。ごまかしと言っては何だけど、もっとお菓子をおねだりしにきたと言えばがくりと肩を落とす。
その時、ドシャッと何かがぶつかる嫌な音がした。そちらを向こうとすれば視界には月の腕。気づいたときには後頭部を掌で押されて俺の顔面には月のコートしか無い。兄として、事故現場の悲惨な状況をいたいけな十五歳に見せないようにしているのだろう。俺が殺しておいてなんだけど、見ないでいいなら見ないでおこうと思って月に従う。
音原田同様にそんなに後を引く事無く、俺たちは家へ帰った。
月に買ってもらったアイスをぺろりと舐めると、体内で温められていた舌が急激に冷え、甘みが広がる。月はコンビニの袋を持ちながら、期間限定だからって買い過ぎじゃないのかと呟いているけれど俺は無視してアイスをぺろぺろと舐める。うん、冷たい。
そもそも、渋井丸を殺す必要は多分無かったけれど、出来る限り月の行動に忠実にしておきたかった。ただし、今後はそうも行かない事も分かっている。漫画がある限り名前は大抵の人物ならわかるけれど、実際の顔を知らない事には殺せないのだ。普通の犯罪者には困らないだろうけれど、レイ・ペンバーや南空ナオミあたりを筆頭に実際に会ってから殺している人々は難しい。漫画で居場所や日時を全て見られるわけもなく、これから色々自分で考えて行動しなければならない事もあるのだ。
はあ、とため息を吐くと、暖かいと息が自分の冷えた口内を通って外へ出る。ひんやりと冷えていた舌がほんのわずかに温まってぴくりと動いた。
どうやら俺は二人殺した今も罪悪感は無いらしい。
もしかしたら、何度も生まれ変わっているうちに人間の心を置いて来たのだろうか。それとも、この世界の人たちの事を人間だと思っていないのかもしれない。多分、どちらも正解だ。
それでもやっぱり、家族だけは線を引いた内側の、自分の範囲に入れているところが自分の人間くさい所だ。
過去、見捨てて来た人たちは俺が殺したも同然で、今から殺す人たちも、見捨てて来た人同様に、死ぬ事が決まっていた人たちなのだ。俺はそれをノートに書くだけ。
それから、俺はたくさんの犯罪者の名前を書いた。まるで漢字の書き取り勉強をしているような気分だった。ノートのページに規則正しく、丁寧に、名前を書いた。日本人だけではなく、世界中の凶悪犯罪者の名前を。
そして、ノートを拾ってから五日後、学校から帰った俺の部屋に変なのが居た。変というか化物。トロールよりはスマートだけど、顔のえぐさはどっこいどっこい。ぎょろりとした目玉と、裂けた口が特徴的。
思ったよりでかいな、と思いながら鞄を机の上に置いてブレザーを脱いだ。
「あれ?ノート拾ったの、おまえだよな?」
俺があまりにも普通に着替えるから、首を傾げる。きょとん、としているのだろうけど決して可愛くはない。過去に魔法生物見て来てなかったら飛び退いてた。大丈夫、ドラゴンより全然怖くない。
「今おやつ持ってくるからまってて」
「お?ああ」
部屋のドアを閉める直前死神のリュークにそう告げると、俺の周りをうろちょろするのをやめた。
リビングへ下りて母にリンゴを切ってもらい、部屋に戻るとリュークは律儀に大人しく待っていた。
「はい」
「お、リンゴか。好物だぜぇ」
「ひときれだけ残しておいてね」
細長い指先で、ひょいとリンゴを持ち上げて裂けたおおきな口に運ぶ。しゃり、と音がすると、ただでさえまんまるで飛び出ていた目玉をもっと飛び出させた。
「死神界のリンゴは砂みたいなもんだからよ、すげえな人間界のリンゴ」
「そうなんだ」
「……おまえ、驚かないな。俺を見て驚かなかった奴は初めてみたぜ」
「いや意外とでかいなって吃驚したけどね」
しゃくしゃく、とリンゴを一つだけ食べる。それで、何をしにここへ、と尋ねるとリュークはクククと笑って自己紹介やノートの話をした。

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地味に魔法界のことでました。
feb-may.2014