10 キラ
「なんでダンプにはねられた奴しか死因を書いてないんだ?」
「犯罪者が共通して心臓麻痺で死ぬことに意味がある」
「?」
リュークがぱらぱらとノートを読みながら聞くので、俺はゆっくりと立ち上がりながら答える。本棚に近づき、デスノートの漫画を取り出して月が喋っているページを読み上げる。我ながら棒読みである。
「そんな事したら性格悪いのおまえだけになるぞ」
まあ、そんなことにはならないだろうけど。
リュークの言葉に答えずフッと笑って、漫画本のページをめくる。
「そして俺は、新世界の神となる」
我ながら中二臭い台詞だ。月は十七歳だったけど、多分引きずってたんだろうな。
リュークがにやりと笑ったところで、俺はぱたんと本を閉じてベッドに投げる。
「なんてね」
どさ、とベッドに座ると、リュークが俺の顔を見下ろす。何だったんだ今のはと目で尋ねている。
「俺はあどけない十五歳の少年じゃなければ、病気持ちの十七歳でもない」
「?」
「リュークは退屈だったんでしょ。俺も退屈しのぎだ」
俺の退屈しのぎではなく、月のための退屈しのぎだけど、そこはあえて言わない。
「ただ、俺の退屈しのぎは、リュークには少し退屈かもしれないけど」
「今でも結構楽しいぜ?」
「そう」
俺はあんまり楽しんでないけど、とは口にしなかった。
数日後、ネットで見つけたのはキラのサイトだ。救世主、なんて言い始めちゃった人間にこっそり同情せざるを得ない。月も、人間も、皆馬鹿だななんて思うけど、今の月はもう漫画の中の月とは違う。というよりも、漫画の中の月は月ではなかったのだ。デスノートを持った時点で夜神月は違うものになってしまった。だから今も隣の部屋で勉強をしている兄は、神になろうとした傲慢な人間とは違う。今そうなる可能性が高いのは俺で、これから狂わないとは断言できない。けど、殺して来た人たちを、ただの名前としか思っていない……本当に人を人とも思っていない自分は、とっくのとうにおかしかったのかもしれない。
「人間って面倒くさい生き物だな」
「人間のお前がそれをいうか?」
ぽつりと口に出せば、リュークはくくくっと笑った。確かに今俺は生身の人間だし、人間としてしか生きて来た事は無い。けれど、長く人間に浸っていたからこそ、人間を悲観することが出来るのだと思う。
ワンセグを流しっぱなしにしていると、急に番組の途中で切り替わる。ICPOからの全世界同時特別生中継と銘打ってるけどよく考えれば時差もあるんだから、同じ時間に放送しても意味が無い筈だ。リンド・L・テイラーはフェイクなのを知っているけど、月のようにするには、此処で彼を殺してみせるべきだ。
『お前のしている事は、悪だ!』
「うん」
ボールペンの頭で、頬肉をぐにっと持ち上げたまま頷いた。リュークがなんだ、殺すのか、と笑う。ここでこいつを殺さないと、Lにヒントをあげられないのだ。
リンド・L・テイラーの文字を、今まで書いていた犯罪者たちの名前の下に、当たり前の様に書き足した。四十秒後を見守る事無く、チャンネルをまわした。なんか多分Lが一人で、殺してみろ!って言ってるのだろう。見なくて良いや。
「見ないのか?」
リュークが不満げに声を上げた。
「あれはLじゃ無い。でも、あいつを殺せば俺が日本に……もしかしたら関東に居る事も分かるんじゃないかな」
「わざとか?」
「そう、俺を探し出してもらう為にね」
「見つけてほしいのか?」
「どっちかっていうと、探すってことが重要。楽しいだろ?」
ふい、とボールペンを掲げてリュークに振ると、にやりと笑った。
「追いかけっこか、おもしろいな」
「俺は隠れるけどね」
隠れるっていう本当の意味をリュークには伝わらないだろうけれど、一人言らしくぽつりと口にした。
どういうことだとリュークは尋ねてこない。文字通りに受け取っているのか、聞いたらつまらないからか。
それから数日後、久々に父が帰ってくる。皆で食事をしながら、勉強はどうだと受験生である月にまず聞いて、そこから俺と粧裕にも聞く。期待していないといったら言い方が悪いけど、父は月の成績が良いことに安心して箸を進める。まあ、粧裕も俺も馬鹿じゃないんだから心配されたくはないので、これで良い。
疲れた顔をしている父に、指摘しようかと思ったが月が先に父の顔色を見て労る。キラではない月の考えを俺は完璧に推し量る事は出来ない。けれど、原作の中でも、自分がキラではない夜神月として考えて発言していたから、キラに対して思う事や父に言う言葉などは、今の月も原作と同じだった。
父は母に咎められつつも、月に捜査内容を零す。これも原作通り。もそもそと食事をとりながら、まるで聞いていない顔をしながら一応聞いておく。
キラが学生であるという説を覆すべく、数日後平日の朝から晩まで一時間ごとに心臓麻痺が起こるようにノートを書いた。これで俺が挑発していることが分かるだろう。
単にLが俺を見つける為の挑発ではなく、挑発してくるような勝ち気な人物だと思わせるためにもやっていることだ。いずれ家にも調査が入り月と俺と粧裕の人格もLは見るだろう。そうしたとき、真っ先に疑われるのは月だ。
これで色々、事件の捜査並びにLに関わるようになるであろうことを考えたら、申し訳ないと思う気持ちは微塵も浮かばなかった。どうせ疑われても、ノートをおさえるか自白しないと駄目なんだからいいだろう。
それはそうと、これから動かなければならないので準備をしなくてはならない。面倒くさがりの俺には向いていない仕事だと思ったけど、これは俺の選んだ道であり人生だから、死ぬまで止めることはできない。
ふう、と深いため息を吐いたのを、死神だけが見ていた。
原作漫画が他人の目には小説とか違うものに見えるけど、死神には白紙の紙にみえていて、こいつあたまやばいって思われてたら面白いと思います。
feb-may.2014