12 本当の名前
俺には死神の目は必要ない。だって大抵の人物の本名は知っているから。月が四苦八苦して本名を引き出した、レイ・ペンバーも南空ナオミも。ひいてはLも、ニアも、メロも知ってる。したがって、俺が困るのは顔だけだ。
足を運ぶのが面倒くさい。魔法を使えたらどんなに楽だっただろう。
しかしそんなことも出来る訳が無く、俺はこれから面倒くさがる重い身体に鞭打って、常闇に繋がる道を一人で歩いて行くのだ。
「・って知ってるか?」
リュークにそう尋ねられた時、懐かしい響きに鼓膜が震え、体温が少し上がった。珍しく興奮していることに気がついたときには俺はゆっくりと立ち上がっていた。俺の動揺を見て嬉しかったのか、リュークは裂けた大きな口をにいいっと歪めた。
・は俺の最初の名前だ。
ハリー・ポッターも、デスノートも、フィクションとして存在していたときの名前。その名前を使っていたのは遠い昔である。
あの頃の友人はおろか、家族さえもう思い出せないというのに、その家族がつけた名前が俺の本当の名前なのか。最初の家族も、その次の家族も、その後の家族にも会えなくなって、十五年も新しい家族と暮らしているのに。俺は夜神ではない、という事実が少しだけショックだった。
動揺して立ち上がったくせに、気分が悪くなってさっきまで座っていた椅子に座る。
「ノートに夜神って書いても、俺は死なないのかな」
「多分な。試してみるか?」
「……万が一死んだら困るからやめておく」
額に手を当てて、隠さずに落ち込んだ声を出した。
「それはさておき」
「良いのか」
「うん。とりあえず尾行が邪魔なので消そうと思う」
「お前がつけられてる訳じゃないのにか?」
「月の次は俺だろ」
頭を掻きながら今後使う犯罪者のリストをパソコンで見る。
実験する必要は無いけど、Lをおちょくらないとならないので不可解な行動をさせてから心臓麻痺で殺す犯罪者を何人かノートに書く。それからすぐにノートをしまって椅子から立ち上がる。
「……さて、月におねだりしようかな」
「おねだり?」
「俺の『お兄ちゃん』は、みんな俺が大好きなのさ」
それだけ言って、部屋から出た。リュークは首を傾げながら俺の後に着いてくる。隣の月の部屋に入れば本を読んでいた月が顔を上げて俺を迎える。
「どうした?」
「いま……スペースランドにフランスのパティスリーが出店してるんだって」
「それで?」
「明日暇?」
勝手に月のベッドにごろりと寝転がり、頭だけ月の方へ向けた。アザラシみたいだぞとリュークが口を挟むけれど無視する。月はため息を吐いて面倒くさそうな態度をしたけど、まんざらでもない様子で目尻を下げた。
「粧裕にも声かけたのか?」
「月の支払いが三倍になるけど、いいの?」
「僕のおごりなのか?」
「いやならいいよ。粧裕と二人で行くから」
「待て、どうしてそうなる」
ベッドから起き上がっておりかけた所で月に引き止められる。
「だって奢りでもないのに男とスペースランドとかキモい」
「兄弟じゃないか」
「気持ち悪い」
「言い直すな!……わかった。奢るから一緒に行こう。粧裕の分までは払えないから二人だ」
そんな月に、俺の後ろでリュークが気持ち悪っ、と漏らした。
夕食の席で明日月と二人でスペースランドへ行くと報告するとやっぱり粧裕も行きたいと強請る。しかし月は破産するから駄目だと断った。本当だったら一人分くらい俺が出せるけど、今回はバスジャックを予定しているので口を挟まず黙々とご飯を食べる。
「お兄ちゃんのブラコン!!」
粧裕はべえっと舌をだして月を罵った。
いろいろお兄ちゃんがいたんです。 feb-may.2014