13 バスジャック
二人でバスに乗り込んだ後から、レイ・ペンバーが乗車した。
精悍な顔つきの、黒髪だが色素の薄い眸をした男性だった。
俺は通路側の席に座り、月の肩にもたれかかりながら目を閉じる。
昨日夜更かししたんだろ、なんて言いながら月が反対側の手で俺の頭を撫でてくるのを、抵抗もせずに受け入れた。仲の良い兄弟を見て、レイ・ペンバーも油断するだろう。
暫くバスに乗車していると、一人の男が乗り込んで来た。乗客は七人なので計画が狂う事もなさそうだ。
「このバスは俺が乗っ取った!!」
バスの運転手の頭にピストルを突きつけて叫んだ。麻薬常習者なので、目の焦点が合っていないし涎が口の端から垂れていて、見るからに頭がおかしい。
この大声の中で寝ているのもおかしいので、目を開けて月の肩から頭を退かす。
俺はレイ・ペンバーの顔を見たかっただけであり月には彼の身分を知ってほしくはない。だからこそ月が動かないように、彼の右手を左手でぎゅうっと握る。すると、俺を安心させようとしたのか、俺の左手を自分の膝の上に置いて両手で優しく握った。
左手は怖がったふりをしたまま、右手をポケットに入れてから、デスノートの切れ端を探り、準備をする。流れ弾が飛んできたらリュークを恨もうと思いながら、ポケットからノートの切れ端を落っことした。あ、と拾おうとした所で男、恐田はピストルを俺に向けて近付いてくる。月の動揺は手を通して感じた。
「てめーっ、乗客同士でメモまわして何か相談してたのか!!」
かさ、とノートを拾うのを見ながら、月の方に身体を寄せる。
恐田の目論見とは違い、切れ端に書いてあるのはスペースランドにある俺が行きたい店の名前と食べたいケーキの種類である。ただのメモかよと舌打ちして投げ返される紙屑をなんとかキャッチしてポケットに戻した。
安堵の息を深く吐くと、月が咎めるように俺を見る。警戒されたじゃないかと言いたげな視線に俺は苦笑いを返す。その時恐田が警告をしながら振り向き、驚愕に目を丸めた。
「な……なんだてめーは!?そ、そこの一番後ろのやつ!!!」
レイ・ペンバーが息をのむ様子を盗み見る。
「なにふざけてやがる!!いつからそこに居た!?」
「あん?俺の事か?おまえ俺の姿が見えるのか……?」
今まで静かにしていたリュークが、恐田に話しかけた。ちゃんと聞こえて、見えているようで、恐田の視線はレイ・ペンバーよりも上を見ている。レイ・ペンバーは恐田が狂ったと判断して伏せろと俺たちに警告する。月はいち早く俺を引き寄せ、窓際に押しやり覆い被さった。
そこからはもうすべて漫画とおり。発砲しても銃弾が効かないリュークに怯えバスを降りた所で車に轢かれた。
ジャスト十一時四十五分、デスノートに狂いなし、と心の中で呟いた。月は現場保存と通報の為にバスから下りる。死体を見ないようにしろと言われながら、俺もバスから下りて道の脇に居た。
レイ・ペンバーが人目をかいくぐり姿を消そうとしているのが見えて、月から充分距離をとっていることを確認してから彼の腕を掴んだ。
「どこいくんですか?」
「!」
たじろぐ身体に近づいた。
「さっきの男と共犯?」
「ち、ちがう……!」
「スペースランド行きのバスにいい歳した男が一人で乗っているのもおかしいですよね」
「っ……」
脅しの為に、掴んでいる腕と逆の手に携帯電話を持ってレイ・ペンバーの顔をじっと見つめる。仮に共犯ではなかったとしても、その行動は怪しいし、参考人として事情聴取を受けるべきだろと正論を言う。
「仕事で……急いでいるんだ」
「……ランドの関係者?社員証か名刺はありませんか?」
本当は身分証を見る必要はないけど、レイ・ペンバーには身分証を見せた事実が必要だ。バスの中ではないが、バスジャックの直後に同乗者に見せた、と婚約者には零すだろう。
どうしました、なんて月の真似をして畳み掛ければ、名刺は無いのだと言いながらFBIのIDを差し出した。ちらりと見るだけで、すぐに返しながら掴む腕の力を弱めれば、レイ・ペンバーもほっとしたように表情を和らげる。
「実は極秘の捜査で日本に来ていて、日本の警察には……その……」
「わかりました、捜査ご苦労様です」
「ありがとう、じゃあ私はここで」
気の良い人なのだろう、目尻をくしゃっとさせて微笑み、足早に去った。
「こんな所に居たのか」
レイ・ペンバーが去った方向をぼんやりと見ていると、肩をぽんと叩かれる。月が現場から離れて俺を捜しに来ていた。
「うん。通報したの?」
「お前の姿が見えないから通報は他の人に任せた。それにしても、ヒヤヒヤさせられたぞ。メモなんか落として……」
「ごめーん」
「もうお前は危なっかしくて見てられない。今度からバスは絶対窓際に乗れ」
「はいはい」
「あ、おいどこに行くんだ」
現場とは違う方向に歩き始めると、月が慌てて追いかけてくる。警察の事情聴取があるだろうと咎めるが、聴取なんて面倒くさい。
「ケーキが俺を待ってる」
「……たく」
手を差し出せば、月は困ったように笑って俺の手を握った。未来の警察官が事件解決の協力よりも、弟とのケーキを取った瞬間である。リュークは俺の上でブラコンだなとほくそ笑んだ。
レイさん「その喋り方日本人ではありませんね」と言われるってことは、訛ってたのかな……
feb-may.2014