14 電車
(レイ視点)
FBI捜査官として、日本警察の家族関係者を尾行していた。私が担当していたのは北村家と夜神家の一員であり、今は夜神家を調べていた。まずは長男である夜神月を尾行したが、至って真面目な受験生だった。平日は学校と塾の往復しかしておらず、おかしな行動をとる様子は無い。夜神月を尾行する中、同じ学校に通う弟のも見かけるが、彼も至って普通の高校生だった。
あまりに普通すぎる家庭に、キラが居るとは思えず疑う余地無しと手帳に書き込んだ。
丁度土曜日に兄弟二人で出かけるようなので、今日で調査は終了にしようとおなじバスに乗り込む。兄弟二人でスペースランドへ行くようだ。尾行中に仲の良い兄弟であることは分かっていたので邪推することなく見守るつもりだった。
何事も無く終了してくれれば良かったのだが、バスジャックに遭ってしまい肝が冷える。犯人の男は日本のニュースでやっていた、銀行を襲い人を殺した麻薬常習犯でありきわめて危険な人物だ。尾行中に目立つのも、かといって隠れ続けて犯罪者を見逃すことも出来ない。どうするか考え倦ねいている中、前の席の夜神がポケットからメモを落とした。犯人はそれに気づき、怒鳴り声を上げて近寄りながら、いたいけな少年にピストルを向ける。いざとなれば彼の安全の為に先に撃つしかないと思い、胸に忍ばせたピストルに触れる。
拾われたメモにはとりとめもない内容があるだけで、男は発砲まではしなかった。一同がほっと胸を撫で下ろすなか、警告をしながら振り向く男は態度を急変させた。
なぜか、こちらにピストルを向ける。幻覚を見ているようだった。発砲を懸念して乗客に伏せる様に警告をする。
幸い、男が見ている化物は大きかったようで、バスの天井に弾が埋まり、人に当たった様子はなかった。途中で弾切れを起こし、慌ててバスを止めて道路に逃げ出した所で、走って来た乗用車にはねられ男は死んだ。
なんということだ、と思いながらもこの場に居るのは得策でないことに気づく。夜神月は正義感からバスを降り通報や現場保存などの指示をしており背を向けていたので、私も密かにバスを降りてその場を離れようとした。
「どこいくんですか?」
ふいに、腕を掴まれる。私をじっと見つめる夜神が居た。兄とは似ていないが妹や母に似た、しっとりとした黒髪とつぶらな黒い双眸はどこか清らかで、華奢な体躯は儚げに見える。けれど眼差しと声はひどく冷たい。
「さっきの男と共犯?」
「ち、ちがう……!」
「スペースランド行きのバスに良い歳した男が一人で乗っているのもおかしいですよね」
「っ……」
痛い所をつかれて、言葉に詰まる。兄に比べると大人しいが、弟もなかなか目聡い。正論で畳み掛けられ、止むを得ずFBIのIDを提示して極秘の調査中なのだと言えば、ふっと表情を和らげる。腕を放され、見逃してもらえることに安堵して、彼から離れて走り去った。
今日はどっと疲れる一日だった。
ホテルへ帰りナオミにバスジャックの話をすると、元捜査官の彼女は口を出す。優秀な捜査員だった事は分かっているが、今はもう辞めているのだし、口を出さない約束だったので咎める。残念そうに頷いた彼女と、あまりいい気分ではない自分を立て直すように話を変えた。
夜神家の後は一週間、北村家の尾行をしていた。
ある日、所用があり新宿駅の地下街を通っていると、急に背後の近い距離に人の気配を感じる。
「Don't turn. Otherwise,will kill you. Raye-Penber 」
振り向けば殺す、と急に英語で話しかけられる。男の声で、音の位置からして私より背は低い。静かでおちついた喋り方だった。この、透き通るような声質をどこかで聞いたような気がするが思い出せない。
「I'm Kira.」
流暢な英語は違和感がない。キラは日本人ではないのではないかと仮設を立てる。
キラだという証拠を見せる為に、偶然なのか身近にいた犯罪者を殺してみせた。キラは此処から見える全ての人間を殺せると言った上にナオミの名前まで出した。私の名前やナオミまで知っているとなると逃げる術は無い。
持ち歩いているノートパソコンと、渡された封筒を持ち電車に乗った。言われた通りに電話をかけ、日本に入った捜査官の顔と名前の入ったファイルを送ってもらえるように指示をする。そして、送られて来たファイルを見ながら、封筒の中に入った紙に、名前を書かされ、三十分じっと座席に座り続ける。
———なぜ、あの声を思い出せない。どこかで聞いた覚えのある声の筈なのに。
指示通り封筒を持たず、キラは誰なのだと苦い思いをしながら電車から下りた。その瞬間、心臓が動くのをやめた。頭に血が行かなくなり、思考が滞る。立っているのか、座っているのか、倒れているのか、息をしているのかわからない。
酷い耳鳴りと倦怠感、それから想像を絶する痛み。なんとか電車の中を見ようと藻掻けば人の足が目に入る。徐々に電車のドアが閉まっていくが、閉じ切られる前に視線を上げればひとりの少年が私を見下ろしていた。
感情の無い真っ黒な眸と、青白い肌、薄い唇はつい一週間前に私は見ている。
夜神、。
「Good bye.」
ドアが閉じられ夜神の顔が見えなくなったのが先か、私の視界が暗くなったのが先か、もう何も考えられなかった。
英語だったのは英語の方が周りによりいっそう聞かれないからと、自分とは結びつきにくいからです。
feb-may.2014