17 東大生
入学式から帰って来た月が、俺の部屋に無言で入って来た。そして勝手にベッドに座って俯く。
「どうしたの」
オンラインゲームの途中だったけれど、しかたなく月に向き会う。
「今日、Lに会ったんだ……」
「はあ、L?あのL?なんで月が」
「同じ大学の首席で挨拶したのがLだった。流河早樹と名乗っていたがな」
「アイドルじゃん」
まさか自分から俺に言ってくるとは思わなかったが話を聞く事にした。キラじゃないのに、何腑に落ちない顔をしているのかも気になる。
「おそらく偽名だ。キラは人を殺すのに名前と顔が必要だし。それにL本人かというのも怪しい所だ」
「へえ、そう」
月もちゃんとそこまで推理しているものかと頷く。
「よかったね、Lと捜査できるんじゃない?」
「そんな訳あるか。きっとあいつは僕を疑って名乗ったんだ」
「月がキラなのかって?」
「そうだ!キラはおそらく警察関係者に近い所に居て、プライドが高く、子供じみた奴だ、それを僕だと疑ってる」
「ああ」
「納得するなよ」
苦々しい顔をする月をよそに、椅子でぐるりと回転しながら上を見る。計画通り、計画通り。
「Lはそこまで思ってないかもよ、いろんな人に言ってるかも」
「ああおそらくな。僕一人だけにしぼっている事も無いだろう」
月は俺のベッドでふんぞり返る。
「もしかしたらお前にも接触してくるかもしれないからな……粧裕はあまり考えられないが……」
どうやら俺に忠告しにきてくれたようだ。俺がLに名乗られても、どうすることもないし、多分L本人は月に、俺に名乗る者はもしかしたら別人かもしれない。俺自身の力だけでLを凌ぐことは出来ないけど、Lが月を疑ったままならばまだ隠れられるだろう。
「しかしこれはいい手だよ。それに、僕にとっても有益だ」
さっきは疑われてると憤慨していた癖に、今度はLを褒めている。
「キラのことは趣味の範囲で調べてはいるが、正直L……本人なのかはわからないが、関係者が接触してきたら少しキラのことが分かるかもしれない」
「ふうん」
今キラはおまえの目の前に居るけれど。
いや、本当のキラは自分の未来の姿だったかもしれない。
なんだかその様子がおかしくて、目が笑ってしまう。
「楽しそうだね、月」
「中々楽しいよ」
よかった、とこっそり口の中で転がし、目を瞑った。
くるりと椅子を回転してまたパソコンに向き合って、ゲームを再開すれば月は覗き込んで来て時々口を出し始める。途中で鬱陶しいので、スーツが皺になるだろうと注意して部屋を追い出した。
それから二日後。高校が始まったばかりでまだ授業がない為、昼に帰宅した。家に帰った途端、電話が鳴り始める。母の様子をみるとどうやら手が離せないようなので俺が出た。
電話口は警察だった。一瞬首を傾げがすぐに思い出す。
電話口の男性が、父が心臓発作で倒れたことを告げた。忘れていた訳ではないがそうか今日だったかと頭を抑える。
父が心配で少なからず動揺はあるが、なんとか搬送先の病院を教えてもらいメモを取る。電話を切ると、俺の話が少し聞こえていたのか母は神妙な面持ちで、俺を見つめる。
「父さんが倒れた」
「!」
搬送先の病院を伝えると母はうろたえながらも準備を進めた。
「粧裕には知らせなくていいね?」
「え、あ、そうね」
「タクシーが十五分くらいでくるから」
「ありがとう」
父の荷物を準備している母に必要な事を伝え、俺も外に出られる格好に着替える。タクシーが来てから母と乗り込む。粧裕は大丈夫かと心配する母には、留守番くらいできるだろうと言い聞かせた。粧裕は父が倒れた事を知らないのだから不安になる事は無い。
病院に着いて、父の顔を見てから月に電話をかけるために病室を出た。自販機でココアを買ってから、電話可能スペースへ行き携帯電話を取り出す。数コールでライトが電話口に出るので、用件を簡潔に話してすぐに切った。
病室に戻ると母と医者と父の三人で話をしていたので、俺は会釈して部屋の隅に椅子をずらして座る。父の体調不良は、極度のストレスと疲労から来るものだった。キラ、ひいては俺の所為である。
「父さん、あんまり抱え込むな……とは言えないけどさ」
「……すまんな心配かけて」
母が入院の手続きをしてくると退室したので、今は病室には二人きりだ。
「月が疑われてるから、でしょう?」
「!」
「月自身が言ってた。Lに接触されたとか」
「……そうか」
困ったように笑う。きっと、家族が疑われ、監視しなければならず、碌に睡眠も取れていないのだ。こうなってしまうのも頷ける。ましてや、十八年大事に育てて信じて来た息子が最有力候補だとすると、心の痛みも辛いだろう。最終的には十六年大事に育てて来た息子が犯人だということになるが。
「月がキラなわけないよ、絶対」
「……」
「だから、あんまり自分を追いつめないで」
しわくちゃの、大きな手を握った。ペンだこや擦り傷があり、学生の俺よりも色々頑張っているのだろうと思う。
父は俺の手を、握り返した。
「父さんの正義を信じてる」
正義っていうのは定義なんてなくて、誰しも心に持っているものだ。人によって感じ方は違うし、発揮することもあまりないだろう。俺の正義は、犯罪者を殺すことではなくて、月にデスノートを持たせない事。そして、家族を守る事だ。もちろん、犯罪者は居なくなってくれた方が良いと思っているが、犯罪を減らす為に人を消すのではなく、Lみたいな人がありとあらゆる謎を解き続けてくれて行った方が人間らしくて良い。
「きっと、月がキラじゃないって証明されるからさ」
ね、と念押しして笑いかけた。その証明は、つまり俺がキラだということでされるのだけど、と心の中で付け加える。リュークはくくく、と笑っていた。俺が平気な顔をして嘘をついて、兄に罪をなすりつけている様がきっと楽しくて仕方が無いのだろう。はた迷惑な死神である。
暫くして、母と一緒になって月があらわれた。その後ろに猫背気味の男性が入ってくる。本物のLだった。俺にこんにちはと頭を下げるので、俺もぺこりと会釈した。
「月の友達?」
普通父の病室に連れてくるかと訝しげに月を見れば、父が捜査関係者なのだと苦笑いをした。父には比較的柔らかに、Lには訝しげな視線を送る。
それから月が、キラの仕業じゃないだろうな、と父に言うと母が少し不安そうな顔をした。捜査の話になりかけたところで、俺は席を立つことにした。
「母さん、そろそろ帰ろうか。粧裕に何も言ってないし」
「でも」
「大丈夫だ幸子、月もこうして来てくれたしな。粧裕には言うんじゃないぞ、心配かけたくない」
「じゃあまた明日、必要なものを持ってきます」
「月、あと頼む」
窓ぎわに居た俺も母や月の居る方へ歩きながら挨拶をする。
椅子に座るLの隣を通ろうとした瞬間、腕を掴まれて足を止めた。ここで引き止められると思っていなかった俺は少し目を見開いて、まじまじとLの顔を見下ろした。Lの不健康そうな眸が俺をじいっと見ている。粧裕はあまり疑われないけれど月と同年代であり、本当のキラである俺が疑われない保証なんてなかったから覚悟はしていたけれど、目をつけられるのが早かったなあと心の中で落胆する。
「なにか」
「おい流河……僕なら構わないがまで巻き込むのはよしてくれ」
「少し……普通の人の考えをお聞きしたいだけですよ」
俺を疑っているのか、俺が月に関して何か不審な点を漏らさないか期待しているのか。Lの手前下手に自分の事を言いすぎるとバレそうだから嫌なのだが、拒否するのも変かと思い、母に先に帰る様に言ってもといたところに戻った。
「すみません、ありがとうございます」
「あくまで俺の意見でいいんだね?期待しないでね?」
「はい、しません」
すっぱり言われると助かるけど、じゃあなんで俺はここにいるんだろうとますます疑問だ。
結局、月とLと父が捜査状況なりキラの話を広げ、俺はあまり口を挟まずぼんやりと聞くに徹した。意見を聞きたいと言っていたから、一言感想を言えるようにしておこう。
「夜神くん」
「ん」
Lが横目で月を見た後、視線を落として名前を呼ぶ。当然返事をしたのは月の方だったが、Lが見ていたのは俺だった。
「弟さんの方です」
「紛らわしいから名前でどうぞ」
「ではくん」
俺は無言で目を見返した。
「くんはキラをどんな人物だと考えていますか?」
「普通の人はそんなことまで考えないんじゃない」
「多少考えるでしょう。でなければ、今考えてください」
無理難題を言ってくる。今の話を聞いている中でキラの行動や殺人方法は突き止めていることが分かっているのでそれをふまえて少し考えてから口を開く。
「重い中二病を患ってると見た」
月が肩透かしを食らって体勢を崩した。Lは首を傾げる。日本人じゃないから中二病がわからないだろうか。俺も日本人ではないけどネットとか見てると頻繁に聞く単語だから覚えた。
「……」
絞り出すように俺を呼ぶ月に、高校二年生にプロファイリングさせるなよとぶつぶつ言い訳する。
「いえ、続けてください」
Lは興味深いですと付け加えて、月を止めた。
「えーと、誰かが殺してるって分かるように、犯罪者を殺してる。自己主張とかケンジ欲?とかすごいじゃん。しかも犯罪者をってところがちょっと痛いというかなんというか……。自分が正しいって思うのは誰しもある事だけど、それで人を殺せる奴は愚かだと思う」
ぽり、と頬を掻く。考えを言葉にするっていうのは中々難しい。
「悪人を全て殺して善人だけを残しても、その中から悪が生まれるように世の中はできているんだよ。それなのにキラは……、ひとを信じてたのかな、子供みたいに純粋に」
話しているうちに結論が変わって来てしまった。俺は『今ここにはいない』月のことを少し考えてしまう。
「……もういい?」
「はい、ありがとうございます。参考になりました」
その後は月にも聞いて、裕福な子供、と答えた。大まかに言うと俺と指し示す人物は似ているけれど、月の方が細かく、理論づけてあった。
「二人のそのプロファイルだと今対象となっているもので最も怪しいのは……夜神粧裕」
確かに粧裕は中学生だ。名前を言った途端、月が怒り立ち上がり、Lと口論を始めるがそれを父が止める。
「悪いのは人を殺せる能力だ」
確かに、死神のノートは本来自分の寿命を延ばすためだけに使うものであり、大量殺人に使う兵器なんかではない。ただのライフラインだ。俺たちが牛や豚を殺して食べるように、死神は人間の寿命を自分が生きるのに必要な分摂取する。
そんな力を持ってしまった人間は不幸だ、と父が切なげに語る。全くもってその通りだと俺も思う。デスノートが落ちてこなければ月は狂わず、つまらないと言えど平和な人生を歩めたのだ。そしてその事が無ければ、俺が代わりにノートを拾って色々やる事も無かった。
でも、もしもの話なんて、考えたってしょうがない。
悪なき善はなく、死のない生はない。
feb-may.2014