21 少年
(松田視点)
月くんを弥海砂同様に監禁しようと言い出したのは竜崎だった。勿論局長も僕も相沢さんも驚き、最初は止めた。けれど、二十四時間目のつく所で監視という点で段々と相沢さんもその方が良いのではないかという意見になってきてしまう。僕も局長も月くんのことは相沢さんよりも知っているからそんなことにはしたくはないけれど、竜崎は一度月くんに話し、了承を得たら決行するということで僕たちを納得させた。しかし、事情聴取には月くんと弟のくんまで呼ぶと言われ、僕と局長はまた驚く。まさか今まで疑いをほとんどかけていなかったくんの名前が出てくるとは思わなかったのだ。局長曰く竜崎と一度顔を合わせ話しをしている上に、月くんがキラだと疑われていることも知っているらしい。
前に局長の家に遊びに行った時に会ったくんはとても大人しくて、妹の粧裕ちゃんに優しくて、兄の月くんの言う事をよく聞く子だった。僕には会釈程度だけしてほとんど会話をしなかったけれど、とても良い子だと局長も言っていた。そんな子をこんな事件に巻き込んでしまうのがなんだか忍びない。月くんに至ってはもっと巻き込んでいるが、くんはまだ高校生なのに。
「どうも」
会うのは一年ぶりくらいだけど、少し大きくなったと思い声をかければ僕はまんまと彼に忘れられていた。家に来た事があると話せばちょっと納得したような顔をしたけれど、僕を思い出しているといよりも、僕が顔を知っている事に頷いていたようだ。まあ、ほとんど会話もした事が無いし、興味なさそうにしていたから仕方が無い。
対応は結構素っ気ないけど、感じが悪いという訳ではなく、月くんが竜崎と話している間はゆったりソファに座って、コーヒーを飲んでいた。
ほかほかと湯気の立ち上るそれに、ふうふうと息をかけ、ちょっとずつ飲んで、ミルクをたっぷり淹れている所は子供っぽい。局長が、くんは甘党だと言っていたことを思い出してお菓子を出せば心なし嬉しそうに受け取り、美味しそうに食べていた。
普段家にあまり帰れない局長もくんの世話を焼く事で少し気が紛れたのかほっとしているような顔だ。
もう十六歳だと言うけれど、僕らからしたらまだ可愛い子供だな、と思っている所で、相沢さんがルームサービスのメニューを出した途端、くんは更に子供っぽく目をきらめかせた。負けた、と何故か思ってしまった。僕も今度ケーキをあげてみよう、なんてこっそり計画をたてる最中でくんが自分の子供でもペットでもない事を思い出して気を取り直した。
クリームがたっぷり乗ったスポンジケーキが運ばれて来て、肉付きのあまり良くない頬がふっくらと膨らんでいる様子をみてちょっと和んでいると、竜崎が一人で部屋に戻って来た。
「餌付けされてますね」
「月は?」
竜崎の言葉を素知らぬ顔で躱し、月くんの不在に首を傾げるくん。
月くんの了承を得て牢に入ってもらったと告げれば、くんはしっかり眉を顰めた。信じられない、と呆れたように呟く。局長を伺うように、いいのかなんて聞くけど、きっとくんも分かってる筈だ。局長だって身を切られる思いなのだと。
そこで局長が捜査本部を辞めると発言し、僕と相沢さんは思わずぎょっと身を引いた。竜崎と局長がやり取りをしているのを何も言えずに眺めている中、くんは我関せずでケーキを完食していた。ず、図太いなあ、この子。
とうとう局長まで監禁してくれと言い出し牢に入ってしまったのに。
「俺、帰って良い?」
父も兄も牢に入れられての、第一声がこれだった。フォークについたクリームをぺろりと舐めとり、空になった皿を一瞥したくん。冷静な子だと知っていたけど、これは冷静を通り越して冷徹だと、僕と相沢さんは心の中で同じ事を思ったに違いない。
監視つきの牢には耐えらる精神力は持っていない、と発言したくんに、竜崎は此処に居る誰よりも強いと思いますが、なんて言った。そんな言葉にも耳を貸さず、目の前の竜崎の生ハムメロンが気になって仕方なかったみたいで食べて良いかと急に話の腰を折る。僕には君の頭の中が分からないよ、くん。
「こんな事をしても無駄だと思うな」
「なぜそう思いましたか?」
生ハムが美味しかったのか、くんは二秒くらい目を瞑っていたけれど、まるでそんなことは無かったように、モニタを冷たいまなざしで見つめて口を開いた。
「俺の知ってる月は、キラみたいな人でなしじゃない」
キラを人でなし、と喩えるくんは、いつも無干渉だと聞くが、実は反キラ派らしい。局長も月くんもあんなにキラを否定していればそうなるだろうけど。
それに、月くんを信用しているんだな、と僕はほっとした。
「主観ですね」
「あたりまえでしょ……家族だよ?それに、俺の言う事は推理の足しにはしないって最初会った時言ったじゃん」
「ですが、くんの言う事は正しいことだと私も思いますよ」
「そう」
くんは一瞬きょとんとしてから、小さく笑った。
「で、俺は何で帰っちゃ行けないの」
「月くんと弥が監禁されている事を外部に漏らしたくないので」
「俺を呼ばなければいいのに」
僕も全くその通りだと思った。
「それでも駄目です。くんにとって月くんと連絡が取れなくなるという事態はありえないからです、おかしいと思うでしょう」
月くんと父が喧嘩をして、避けている為に暫く連絡を絶つということにしているが、なぜそこでくんが例外になるのだろう。
「俺別に月がどこでどうしてようと気にしてないけど」
「ですが月くんはいついかなる場合でもくんに連絡を入れると思います」
「……」
いやそんなまさか、と僕は声に出さずに否定していたけど、くんは否定をしない。
「月くんって、結構なブラコンですよね?」
竜崎の指摘に、くんは額を押さえて呻く。
くんとモニタの奥にいる月くんを、僕と相沢さんは引きつった笑みを浮かべたまま見比べた。
普段はそんなに甘やかしている様子は見えないのだけど、買い物についてきたり、女友達牽制したり、本当に少しだけ気持ち悪いところがあるとくんは吐露した。それを聞いて僕の中の月くんのイメージが少し崩れて行く。
「でも俺まで監禁して家に帰ってこなくなったら、それこそ家族が心配するんだけど」
いつの間にか竜崎の生ハムを全て食べていたくんは、またフォークをぺろりと舐めて指摘した。たしかに月くんや局長のことははなんとかごまかせても、高校生のくんが姿を消したら変に思われる。
「はい、家にはお帰しできます。ですがくれぐれも漏らさないようにしてください」
「兄が疑われて監禁されているなんて誰にも言えないよ」
「たしかにそうでしたね」
カチャンとフォークを皿の上に起き、くんはそういえば、と口を開いた。
「なんで俺は疑われてないの?月と歳も近いし警察関係者だけど」
まあ、頭はよくないけど、と付け足して竜崎に尋ねた。単刀直入すぎる話に僕はさっきから何度どきっとしていることか。
「くんがキラだったら、私に扮したテイラーや罪の無いFBIを殺したり、挑発的なメッセージは送ってこず、淡々と犯罪者を殺すと思いました」
「そもそも俺は人を殺すなんて重労働、したくないけどね」
「そうですね。まあそういうことですが、納得して頂けましたか?」
まあいいや、なんて投げやりな返事をした後、くんはそのまま立ち上がった。
「これはただのお願いなんだけど、父さんの心臓をあまり酷使させないでね」
一度心臓発作で倒れた局長を心配して一言告げてから、くんは客室を出て行った。竜崎は数秒黙った後善処しますと小さな声で言ったがくんはそれに振り向く事はなかった。
僕は慌てて見送りのために部屋をでてエレベーターで彼に追いつく。
「松田さん、捜査に私情を挟んだら行けない事くらいわかってるけど、月と父さんの味方で居てあげてください」
ここへ来たときとは比べ物にならないくらい、柔らかい口調でくんは僕に頼んだ。薄い唇が緩やかに弧を描く、一瞬だけしか見えない彼の普通の笑顔。
それもすぐにいつも通りの顔になって、ロビーを出て行ってしまった。
生ハムメロンって、私もともと生ハムとメロン同時に食べないから、この時生ハム避けてると思ってなかった。後で知った。
feb-may.2014