27 猫
奈南川は二週間に一回くらい、俺をご飯に連れて行ってくれた。何が食べたいかと聞かれたのでお寿司が食べたいと言ってみれば、まわらない寿司屋に連れて行ってくれた。ある時は銀座の老舗料亭で美味しい蕎麦をすすり、ある時は代官山のフレンチ、ある時は青山のイタリアンである。
とくに和食はおいしかった。大トロを食べたときは本当に感動したのである。
この日もご飯に連れて行ってくれると言うので、洋食レストランに来ていた。
学校や会社の話は互いに分かりづらいだろうから喋らないので、家族の話をしたり、奈南川はアメリカに住んでいたときの話をした。
俺の家族が警察官だと言うと、一瞬だけ目を見張ったけれど、おかしな動作ではなかった。しかしもう既にヨツバキラは誕生しており、何人かの事業家や役員が死んでいる。奈南川も会議には出ているのだろう。
「どんな捜査をしてるんだ?」
「内容までは知らないけど……この前までキラ捜査してるって言ってた」
「!」
水をくいっと飲みながら視線をやると、奈南川は動揺を見せた。
「キラっていったら、あのキラか?」
「それしか居ないでしょ」
「すごいな……まさかこんな身近にキラに関わる人がいたとは」
「身近っていっても、父だよ。それに、今警察はキラを追ってないし」
それに、もしかしたらキラ自身が近くに居るかもしれないじゃないか、と淡々と告げると奈南川はそうだなと苦笑した。奈南川の身近には本当のキラである俺とヨツバキラである火口がいるので、この言葉は本当の事である。
雑談の中で、将来はどんな職業に就きたいのかと聞かれてほんの少し返答に困る。あわよくばイギリスに留学して、あちらで生活がしたい。日本語は話せるしある程度の漢字も書けるようになったのでこちらでも普通に就職する事はできるだろうけど、普段の生活を英語で出来る方が俺にしたら楽なのだ。
「イギリス留学したいなー」
「英語を学びたいのか?」
「英語はできるよ。イギリスで暮らしたいだけ」
パンをちぎって口に入れながらぼんやりと返答する。
国籍が日本なので、留学や就職をしないとあちらでは暮らせない。
「そんな理由か……。には私の秘書にでもなってもらおうかと思っていたが」
「なにそれ」
パンを食べて乾いた喉を、水で潤す。
秘書に推薦される意味が分からない。確かに父親は警察官で兄は東大で俺自身も進学校には通っているけれど、十以上歳上の大人にこんないい加減な態度をとりのらりくらりと生きている高校生に期待をするなと言いたい。
留学先はアメリカにたらどうだと提案してきたけど、それには答えずステーキを食べた。ああ、柔らかくてジューシーだ。
「猫はご飯の恩を返さないけど、俺は一応人間だから、考えておくね」
ヨツバは確かに大きい会社だが、これから一度暴落する恐れがあるのであまり入りたいとは思わない。
日本人らしくはっきりと言葉にしなかったのに、奈南川は食後に家に招いたと思えば持ち帰って来た仕事を俺の前にとんと置いた。待て、どういうことだ。
「仕事が残っていてな……手伝ってくれ」
部下にやらせるか自分でやってくれませんかね。
だいたい、仕事を家に持ち帰るなんて、日本人くらいだ。全て自分で抱え込んで身体を壊して死んで行く。過労死という言葉は日本に来て初めて知ったし、それにも納得がいく。ノーと言えない人、はっきりと返事を出来ない人、お客様は神様なんていう接客マナー。俺はそんなに優しく真面目にはなれない。
「、英語力はどのくらいだ?」
「日本語よりは得意」
「大した自信だ。ではこれを頼む、指示は書いてあるからとりあえずやってみてくれ」
渡された書類はほぼ英語で書かれていた。本当の事を言ったけれど奈南川はふざけて居ると思っているらしい。しかしある程度出来ると信頼はしているようだ。
だいたいは打ち込みや手直しであり、英語がわからなくても出来る内容ばかりだ。その仕事が終われば、アメリカ本社に送る書類の翻訳をやらされる。ヨツバには英語が出来る社員が居ないのかと問いたい。奈南川はアメリカ在住経験六年と言っていたから出来るのだろうけど、部下が無能すぎやしないか。いちいち奈南川に翻訳させて送っているとすれば大した時間ロスである。
「ねえ」
書類にすらすらと英訳を書き込みながら奈南川に声をかけると、キーボードを叩いている奈南川が視線を固めたまま返事をする。
「営業部に英語出来る人ってどのくらい居るの?」
「私が確認しているだけで十五名はいる」
「いるじゃん……」
十五名居るのに奈南川や俺がやらなければならない程に仕事が多いのか。日本の会社が恐ろしすぎてぞっとする。
「大半は出張にまわってもらっている」
一流企業なんだから英語出来る人員を選んでくれよと嘆きたい。
俺が訳した書類を確認して、満足そうにした奈南川はやはり秘書に欲しいなと呟いた。
「高校生に仕事を手伝わせるブラック企業に就職はできません」
家に送ってもらっている最中、今度はきっぱりと断ったが、奈南川はわざとやらせたのだと笑った。この高級外車に十円傷をつけたい。
実は社会人経験はないというね。
feb-may.2014