28 ヨツバキラ
現在高校二年生、部活や委員会は所属していない。受験もなければ、普段から必死に勉強をしているわけじゃない。そんな俺は、奈南川からもちかけられたバイトを受けてしまった。平日の夕方、時給千五百円、日によっては美味しい晩ご飯がついて来る奈南川の秘書(仮)業務である。スケジュール管理なんかはしないけど、奈南川の言いつける仕事や他の職員の雑用なんかをこなしていればがっぽりお金が入ると言う高待遇。小遣いが足りないわけではないが稼げるうちから稼いでおくにこしたことはない。しかし、なんだか外堀を埋められている気がしてならない。
いつのまにか社員証まで作られているが、俺はちゃんとアルバイトということになっているのだろうか。
そもそも、食事を奢ってもらっているのだから、給料は要らないのではないかと言ったところ、食事は好意であり秘書業務はビジネスだと答えられ、結局秘書の仕事やらせたいだけかと心中で突っ込みをいれた。
どうせ警察にヨツバが目をつけるのだから、それを理由に辞めることはできるだろう。今の所は小遣い稼ぎと、ちょっとした潜入捜査だと思えばいいか。
ヨツバの事を少し知れたらいいけど、と思って接触を続けたがまさかこうなるとまでは読んでいなかった。
「どれだけ世間を漂流するんですか君は」
今日はLと会う日で、当然の用に手錠で繋がる月もいて、静かに頭を抱えている。俺の近況を聞くや否や、なんだこいつ、みたいな顔をされてしまった。
「社会勉強」
「早すぎるぞ」
「月だってまだ警察でもないのに首突っ込んでるよね」
髪の毛をもてあそびながら、人の事を言えない月の口を封じる。相変わらず過保護というか、頑固というか。
「しかし……ヨツバとは」
「大手じゃん。良いじゃん。破格だよ」
口ごもる月はLを困ったように見る。今は十月だから、おそらくヨツバキラの存在が発覚したのだろう。二人の様子に首を傾げてみせれば、Lが口を開いた。
「ヨツバグループにキラが居ます」
えー、と簡単に反応しても、俺の普段の様子はこうなので二人とも何も言わない。
「くんは東京本社でバイトしてましたよね」
「うん」
ご丁寧に社員証まで作られているので正面から堂々と、アポなしで行ける。雇われてから一ヶ月、高校生バイトが雇われてると社員も知っているので制服姿で闊歩しててもお咎めはなし。実に都合の良い社員証だと心の中で笑う。
「実は今度海砂さんに面接に行ってもらうことになりました」
「なんで海砂が?再就職?」
「ヨツバの宣伝女優としての面接です」
「へー。売れっ子」
松田のドジは終わっていたらしいが、その話はされなかった。
「社内であっても知らんぷりしていいんだよね?」
「そうしてください」
多分その約束がしたかったのだろう。海砂にも、俺の事は知らないふりをするように言ってあるようだ。
数日後、海砂の面接時、俺はスーツ姿に長い鬘を付けて女子トイレに潜んだ。さすがに俺のまま隠れていて誰かに見つかるのはいやだし、顔も隠れるしで一石二鳥だ。華奢な体格で良かった。
海砂が面接に来る事は調べようと思えば調べられた。会議室も検討がつくのでトイレに隠れるのは簡単だ。
面接開始時間から結構な時間が経ったころ、誰かがトイレに入って来た。ぽそぽそと一人言を言っているのは海砂だろう。レムも入って来ている可能性があるけど、俺には姿が見えない。ただ、俺だと分からなくても人が居ることは分かっているから、海砂に接触は出来ないだろう。
そっとトイレのドアを開けると、鏡越しに海砂と目が合う。
「海砂」
「!!!」
一瞬目が合って会釈をされたので名前を呼びかければ、目を丸める。まさか声を出さないと気づかないとは思わなかった。
「え、くん、何やってんの?女子トイレで」
「ん?海砂がへましないか不安で見に来た」
「ちょっとやだ、むかつくーっ」
俺の鬘をわしわしと撫でる海砂。手が少し濡れたままだから髪の毛が引っ張られる。
「っていうか最初気づかなかったんだけど」
「粧裕に似てるからね」
「うん。わー粧裕ちゃんって大きくなったらこうなるんだ」
「粧裕はもっと可愛い」
「分かってるって!」
あはは、と海砂が笑う。
「海砂、今日のはあくまで揺さぶりだから、自分から接触しようなんて考えちゃ駄目だよ。多分これ以上、月や竜崎もやらせないし」
「えー、もっと月の役に立ちたいのに」
「充分立ってるよ。でもそれ以上に海砂が大事なんだよ」
ぽんぽんと頭を撫でれば、そうかなあと海砂は頬を赤らめた。
「変態親父には注意。あと俺のことは内緒。月にどやされる」
「はいはーい」
ひらひらと手を振って、海砂はトイレから出て行った。
「レム、居る?」
ぽつりと零せば、目の前に急に白い死神が現れた。海砂に触れさせる筈だったノートの切れ端が俺に触れたのだろう。
「久しぶりだな夜神」
「久しぶり。滞り無くやってくれてるようで助かる」
「海砂は幸せなのか」
「そうなれるように尽力してる。レムの力はまだ必要」
海砂が本当に解放されるには、レムの力が必要だけど、詳しくは口にしなかった。
「そうか……海砂と、お前たちの為に協力しよう」
「お前たちって、のことか?」
レムの言葉に、リュークが口を出す。面白そうに笑ってる。
「今の持ち主は……最低な奴でね。思えば夜神月、でいいのか?この場合は。奴も海砂と同じくらいに純粋なのかもしれない」
自分の為ではなく、人間界を良くする為にノートを使っていた、と漫画と同じ台詞をレムは言った。
「キラは人殺しを目指したのではなく、神を目指したんだよ」
「そうだな」
今回は海砂が囮のように使われてしまったけれど、今後はさっき海砂に言った通りおそらく命の危機には晒されないということを告げれば、レムは安心したように去って行った。
「なあ、、俺はいつも思う」
「ん」
リュークはあまり俺の行動に口を出さないけれど、今日は珍しく饒舌だった。
「お前に心はあるのか?」
「そんなに冷徹に見える?」
「いいや、お前は優しい奴だ。だからこそ、本心がわからない」
リュークはにやりと笑う。
俺には殺意や欲が見えないのだろう。最近は人を殺してはいないけど、淡々とノートに名前を書いていたし、人を利用したり、嘘をついていることもたしかだ。多分、キラをやっていること事態が、俺とは不釣り合い。
「面白いじゃない」
「ああ、面白い。楽しみにしてるぜ」
デスノートなんかに目もくれなさそうな俺が、必死に頭使ってノートを使うこと。人なんか殺さなそうな俺が、大量殺人犯なこと。疑われている兄と、そうしむける弟。リュークに用意した暇つぶしはこんな感じである。
ちょっと原作から離れたな、と思いながら、長い髪の毛のままトイレから出て、怪しまれない場所に入り鬘をとって退社した。
靴はパンプスではないし、女物のスーツではないけどぱっと見た感じは誤摩化せるかな……と。
feb-may.2014