31 悪魔
(レム視点)
キラは犯罪者を裁く人間として、人間界で騒がれる存在となっていた。海砂についた私は、海砂がキラを崇めるのを傍で見守る。
ある日海砂はキラに会う為に東京へ出た。そして、キラとして世間に己の存在を仄めかした。海砂が用意したビデオは日本中で流れ、キラの返事までテレビで流れた。その様子に一喜一憂する海砂は、純粋に恋をする女の子のようだった。
キラに会う為に青山へ行く事にしたが、そこでは会えずに終わった。
失意の中帰宅すると、最寄駅の改札を出た所でデスノートの持ち主が現れた。
夜神と名乗る、海砂よりも子供のような顔をした人間は薄く笑った。
本名は明らかに日本人ではないが、今はそう名乗っているのだということで私たちは口を噤んだ。
とにかく海砂の崇拝するキラに会えたのだと思ったが、夜神はキラではなかった。正確には代理人だと言う。本物のキラは夜神の兄、夜神月。夜神月はLから逃げる為に計画を全て弟に託しデスノートの所有権を放棄した。世界が自分のものになった時、夜神のデスノートは夜神月の手元に戻り、新たな神が降臨するという計画らしい。
海砂は夜神を信じ、その瞬間から夜神月を心から愛した。青山でたまたま見た覚えがあった程度だったが、自分の神となればそれだけでも運命のように思えたのだろう。
私にはそこまで慕う気持ちはわからないが、海砂の愛が深いことは知っている。
それから間もなくして、海砂は第二のキラの容疑で捕まった。拘束を解いて逃がしてやると言っても、ノートや死神の存在が露になるので拒んだ。そして、キラを裏切ってしまうかもしれないと泣き、命を落とそうとした。私はそうまでしてキラを守りたい海砂の為に、夜神にノートを渡して所有権を放棄するように説得した。すると、少しだけ笑って頷き、海砂は意識を失った。
私は海砂を助ける為なら、夜神の為に動こう。
夜神は、夜神月に全てのパターンに基づいた計画を伝授されており、こうなった場合のことも考えていたらしく、薄く笑った。子供らしい顔立ちに、大人びた微笑は不釣り合いだったが、子供らしく笑った顔は想像できない。
夜神の指示通りの人間を見繕って、ノートを落とした。取引は応じられ、しばらくすれば海砂が雑誌に載っていた。もう海砂は解放されたのだ。
しかしノートを持っている人間が所有権を放棄しない限りは私はこの人間についていなければならない。暫くその人間、火口についていたが、奴は最低な人間だった。
夜神月は、きっと海砂のように純粋だったのだろう。自分の為ではなく人間界の為に使っていた。だからこそ、夜神も穏やかに笑っていたのだ。人間は一人殺しただけで、充分に狂気が溢れる。それを、何十回とやっても、眸は澄んでいた。
夜神月が作る世界を、海砂は生きたい。私は、夜神月を、夜神を、助けようと思った。
夜神が言った通り、海砂は一度私たちに接触することになった。こんなことまで予見していたのか、夜神月は。
夜神が、どうあっても接触するなと釘を刺したのはこのことだったのだ。
「海砂、今日のはあくまで揺さぶりだから、自分から接触しようなんて考えちゃ駄目だよ。多分、これ以上月や竜崎もやらせないし」
「えー、もっと月の役に立ちたいのに」
「充分立ってるよ。でもそれ以上に海砂が大事なんだよ」
夜神はあやすように海砂を撫でた。
「俺のことは内緒ね、月にどやされる」
海砂に言った言葉は、おそらく私への牽制。危うく接触を試みる所だった。おそらく夜神も誰がノートを持っているかは判断できないだろう、会ってすらいないのだから。これ以上大きな接触はないと言うので私も海砂に無理に姿を見せる事はしない。死神の姿がみえたらこの先困る。
「レム、居る?」
一人残った夜神は、囁くように私を呼んだ。ノートの所有権が一度放棄されている為、私の姿は奴に見えないのだ。
海砂に触らせようと思っていたノートの切れ端を触れさせる。目の前に突然現れても、無表情なのは相変わらずだ。
「久しぶりだな夜神」
「久しぶり。滞り無くやってくれてるようで助かる」
「海砂は幸せなのか」
「そうなれるように尽力してる。レムの力はまだ必要」
夜神の言葉に頷いた。
海砂はまだLの監視からはとけていないのだ。誰の目も気にしないで過ごし、夜神月がこの世界に君臨することができてこそ、海砂は本当の自由を手にする。
数日後、火口は警察に身柄を確保された。愚かな人間の、愚かな最後だった。しかし、ノートの存在や私の姿は多くの人に見られた。
夜神が私に書かせた嘘のルールは、海砂を助ける為のもの。それを肯定する、明らかに人間ではない死神をLの前に突き出す事が、計画だったのだろう。
このノートに名前を書き込んだ人間は最も新しく名前を書いた時から十三日以内に次の名前を書き込み人を殺し続けなければ自分が死ぬというルールによれば、海砂は何十日もの間監禁されていたので、無実だという声が上がる。しかし、実際に十三日が経って火口が死ななければまたすぐに海砂は疑われるに違いない。
夜神月は手錠をされている上に記憶がない為火口の名を書くことはできない。つまり夜神の役目となるが、奴はこの場には居ない。
「ヤバいじゃないですか、あと十日ですよ!」
火口は目隠しと拘束をされていた。デスノートの事については喋れるが、そこから本当のキラや第二のキラに関する事は出て来ない。当たり前だ、嘘のルールとともに、キラと海砂のことは隠していた。
あらかた情報を吐き終えても、火口は監視カメラのついた部屋に監禁され続けている。今もノートは火口のものである為、私は火口についてはいるが、Lや夜神月の質問に答えるために、捜査本部へやってきた。
「竜崎、ノートを使おうだなんて考えていないよな」
夜神月はLを睨み付けた。
「そう簡単にできないですよ」
「簡単だろうが難しかろうが、僕は反対だぞ」
正義感の塊のような夜神月は、Lとは少し考え方が違うようで、デスノートの試用はしないらしい。
「では、火口がルール通りに死んだら、弥もノートも信じるということでどうでしょう」
「火口を見殺しにする気か?」
「ではどうしますか?火口に新たに誰かの名前を書き込ませますか?」
「それは……!」
どちらとも決められない夜神月は見るからにイライラしている。
「……残りの十日で新たに何か言うとも思えないが、できるだけ情報を多く集められる様にしっかりと監視と調査って所か」
相沢が顎を撫でながら呟く。その言葉に夜神月も苦々しく目を瞑る。つまり、火口が十日後に死ねば海砂は潔白となり、ノートを試されることもない。
だが、火口を殺すものはなにもない。夜神は火口のことを知らない筈だ。社内で見かけた事はあるが、その時私は夜神に姿を確認されていないし、私が夜神に火口を会わせる事は出来ない。
その日はもう迫って来ていた。
とうとう、今日火口は死ぬ。日付が変わり皆が寝静まった頃、私は夜神の元へ行った。すやすやと眠りこけている子供を、起こそうとした。
———レムの力はまだ必要。
ふと、そう言われたのを思い出して、急激に理解した。
夜神を起こしても、火口の名前は書かれる事は無い。火口が死ななければ海砂は疑われたまま。
Lを殺しても、意味は無い。そして、夜神月と夜神を殺したら海砂の光が消える。殺すのは火口だけ、そして、火口を殺せるのは私だけだ。
夜神は、私が海砂を選ぶ事を知っている。
海砂はもともと証拠まであげられているのだから、この嫌疑が晴れなければ、死刑。
私がやるしか無いのだ。
夜神は、最初から私を殺すつもりだったのだ。
この計画を立てたのは全て夜神月なのだと、夜神は言うだろう。自分の行動は全てキラのものだと。
だが、キラは夜神なのかもしれない。
騙された。
Lや夜神月、死神である私までも、この人間は操ってみせたのだ。
自分のノートに、火口の名前を書く。
海砂が夜神月を愛し、夜神の為に行動するのなら、私はそれに協力を惜しまないと言った。全ては、海砂の為だ。
夜神、死神よりも死神らしい、悪魔のような人間だった。
寝顔を見下ろしながら、砂のように崩れていく自分の意識を手放した。
本当は全部主人公が悪いと気づきました。
feb-may.2014