32 白砂
目が覚めたとき、ベッドの脇に白い錆のような砂がどっさりとつもっていた。
「レム?」
デスノートが埋まっている。レムのノートだろう。
「死んだんだ」
「ああ、お前が寝てる時に来てたぜ」
リュークは眠らないから、レムを見ていたのだろう。
「何か言ってた?」
「悪魔だってよ、お前の事」
「ははは」
表情が変わらないまま笑い声を漏らす。悪魔、なんて初めて言われた。
「レムが死んだのは海砂の所為だろう」
目がまだ半開きなので、ごしごしこすって、顔を洗いに行く。
段々肌寒くなってきた。裸足で廊下を歩くと足がとても冷たい。
「よく言うぜ」
「レムを生かすか、迷ったんだ。彼女は俺の頼みを聞いてくれるから」
「味方にするか殺すかの二択だったわけだな」
「そう。でも———もう一冊、ノートが欲しいなって」
「怖ぇ奴だな」
洗顔で濡れた顔をタオルに埋め、顔を上げ、鏡越しに見えたリュークに小さく笑ってみせた。
「おはよーくん」
「おはよう粧裕。寝癖酷いよ」
「いまから直すもん!」
洗面所から出た所で粧裕が寝起きの顔でゆったりと廊下を歩いて来た。頭がぐしゃぐしゃなのでぽんぽんと撫でてからすれ違うと背後で騒ぐ。朝からよくあんなに声が出るな。
「もしかしてあの砂、俺が片付けなきゃいけないの?」
レムだったものって人間に見えるのか?いやでも砂って事で、人の目に写るかもしれない。どっちだっていいや、確認してもらうだけ無駄だ。ざっくり寄せ集めてゴミ袋に入れて、あとは学校から帰ってからにしようと端へ寄せた。
放課後、学校を出たあたりで携帯に電話がかかって来た。夜神月と表示されている。携帯電話を操作できる立場になったということだろうか。
「もしもし」
『、学校終わったか?』
「うん」
今日で疑いが晴れたらしく、今から会えないかと尋ねられたので応じると場所を指定された。学校からそう遠くもない距離で、電車に乗れば十分もせずに到着した。
「!」
「月、待った?」
「いや、今来た所だ」
ここまで言いながら、何故デートの待ち合わせ常套句を兄相手に繰り広げなければならないのかと頭の中で冷静に突っ込む。
月はにこにこして嬉しそうにしているので、今日くらいは冷たい事言わないでおこうと黙った。
「久々に自由に動けると思うと、外の空気が美味しく感じられるよ」
「そう。お疲れさま」
とん、と背中を叩けば、月が感動している。なんか面倒な流れになりそうだったので、すぐ近くにあったカフェに入ろうと誘った。
「エスプレッソを」
「ロイヤルミルクティー」
店員に注文して、メニュー表を閉じる。
「海砂も解放されたの?あ、でも証拠でたんだっけ」
「いや第二のキラとしては証拠不十分ってことで彼女も自由の身だよ」
月は、ノートや死神のことは口にしない。俺はあくまで一般市民だからである。ただし、火口がキラだということは聞いていたので、それとなく火口は捕まったかと尋ねた。
「火口は死んだ……竜崎も驚いていたし、———」
レムはちゃんとLを殺さなかったようだ。
月は、何か言いかけて口を噤んだ。死神やノートの話をうっかりしそうになったのだろうか。
「なんでもない」
「そう」
すぐに注文した紅茶が来たので、砂糖を入れて掻き混ぜながら聞き流す事にした。あまり捜査状況を深く知りたがってはいけない。
「月はこれからどうするの」
「大学に戻るよ。は?最近どう」
原作では捜査を続けると言っていたけど、今の月はLの傍に居る必要はさほどないのだろう。やはり学業優先という真面目な男だ。警察でもないので当然の話だが。
「ん、俺は留学しようと思って」
「留学!?」
月はテーブルから身を乗り出す。捜査本部で言うのは気が引けたので言っていないが、両親にはきちんと前から相談していた。向こうの大学は九月からなので三年の単位を早めにとって、受験も済ませたい。
月には言ってなかったので、呆然とコーヒーを見下ろしていた。
「どこの大学だ?」
「イギリス」
奈南川にはアメリカを勧められていたけど、今ヨツバは株が暴落していて大変なことになっており、俺のバイトどころではない。俺はイギリス寄りの英語だからやはり住むならイギリスが良いのだ。
両親は俺の留学に反対をしていない。
「火口が死んじゃったから、もうキラはいないのかな」
「いや。僕たちは……、負けたんだ」
留学の話は、まだ受験もしてないのでこれ以上話す事はなく、またキラに話を戻す。火口が死んでからも俺はデスノートを使っていない。これは海砂の為でもあり、ちょっとした休憩でもある。
苦々しく呟いた月。悔しいのだろう。
「今はキラも隠れているが、きっとまた出て来る。そのときは必ず捕まえる」
月はぐっと拳を握った。俺はその拳をそっと包んでなでた。男にしては綺麗な指先だ。
「頑張ってね、月」
「」
きゅっと指先を絡めとられる。
微笑んだ月の眸はやっぱり澄んでいて、漫画で見た下卑た様子はこれっぽっちもない。これから苦労したり辛い思いをするだろうけど、俺がキラになってよかったんだ。
月のキラキラしたおめめが好きだよ。
feb-may.2014