harujion

Last Memento

33 敗北
(L視点)

驚く事に、キラの殺人方法はノートに名前を書く事だった。
ノートに触れた際に目にした死神はまぎれもなく、人間でもまやかしでもない。第二のキラがお互いの死神を見せ合えば確認が出来ると言っていた通り、死神は存在した。
レイ・ペンバーが調べていた者の中で青山に行ったのは夜神月だけ。二二日の青山で夜神月に一目惚れをしたと弥も認めていた。しかしノートのルールを信じるならば、弥は利用されていただけなのだろうか。十三日の間を空けずに人を殺さなければ持ち主の人間も死ぬと言うルールに則ると、弥や夜神月がノートを所持することは不可能だ。五十日も私が監禁し続けたのだから。
「レムさん、ノートは他にも人間界にありますよね?」
ミルクを積み上げながら死神、レムに問う。
死神はノートに憑き、その行く末を見届けなければならない。今レムは捕えられている火口に憑いているが、ノートや持ち主とは離れられるらしく私たちの捜査本部へ来ていた。
レムは、他のノートの事はわからないし、ルールは全てのノートも同じだと言った。
だがまだ信じるに値しない。私のその疑念に気づいたのか、夜神月はじろりと私を睨め付けた。
「竜崎、ノートを使おうだなんて考えていないよな」
「そう簡単にできないですよ」
「簡単だろうが難しかろうが、僕は反対だぞ」
夜神総一郎と夜神月が筆頭となり、ノートの試用は反対される。私とて、命を軽んじているわけではないし、そうそう人を死に追いやらせる決断はしない。
少なくとも、火口は捕まる直前に白バイ隊員を殺した。ルール通りなら、あと十日で奴は死ぬ。
「では、火口がルール通りに死んだら、弥もノートも信じるということでどうでしょう」
「火口を見殺しにする気か?」
「ではどうしますか?火口に新たに誰かの名前を書き込ませますか?」
「それは……!」
夜神月は、火口さえも死なせたくないようだ。確かに火口は貴重な情報源であり、容疑者である。しかし、情報源と言っても全て話し尽くしたようで、ただただ憔悴している。生きながらにして死んでいるようなものだ。それに、一応レムという存在も居るので聞きたい事は聞けるのだろう。
ただしレムも、ノートのルールを肯定すること以外に的確な答えはしてくれない。私たちの推理を聞いていても、試した事がないから分からないと言う。
この死神は、何かを隠している。

捜査本部でも、火口に新たに誰かの名前を書き続けさせて生き延びさせるよりも、十三日のルールが本当なのか確かめる為に様子を見る事にした。
火口はノートに名前を書かせてくれと必死で命乞いした。やはり火口も死ぬと思っているようだ。レムに関しては何も言って来ない。私たちをじっと見つめている。火口を助けるような情は持ち合わせていないようで安心した。
そして十三日目、火口は死んだ。ワタリからの連絡があり監視カメラの映像を繋ぐと、苦しみもがき息絶える火口の姿がある。すぐに死亡が確認された。
「死神……レムは?」
夜神月が弾かれたように振り向く。死神は火口の独房に居るか、私たちの捜査本部に居るかだったが、どこにも姿が見えない。火口が死ねば死神が見えなくなる等のルールは無い。むしろ火口が死んだ後の所有権は私たちにあると考えれば、レムはこの場に居る筈だ。
「どこへ……消えた?」
朝になっても、昼になっても、レムは姿を見せなかった。ノートはあると言うのに、何故姿を見せないのかは甚だ疑問だ。
捜査本部の皆は、十三日のルールが適用されて火口が死んだものとし、弥や夜神月の潔白は証明され、解放することになった。
「わかりました………………今まで申し訳ありませんでした」
夜神月も、父の総一郎も、周りの捜査員たちも喜んだ。
「月くんは捜査にはこれからも参加するんだろう?」
松田が弥とはこれでお別れかと言った後に、私や夜神月に向かって尋ねた。確かに夜神月には一緒に捜査をしようと誘いをかけていた。
「捜査したいのはやまやまだが、大学もきちんと出ておきたいから、空いた日でいいかな竜崎」
「うむ、私もそれが良いと思う」
父子揃って真面目な返答である。これからも夜神月を二十四時間体制で見張りたいところだが、今それをできる状況ではない。
おそらくノートは二冊以上ある。弥も夜神月も記憶や力を失っているが今解放したらまた殺人が始まるかもしれない。いや、夜神月や弥を解放した途端の再開は怪しすぎる。ここで暫く時間をおくだろう。
「そうですね……今はぴたりとキラの殺人が止んでいますし」
火口が死んだのだから当たり前ともとれるが、ノートはおそらく複数存在しているはずだ。
火口はおそらく本物のキラに利用されていた。夜神月もそれをわかっているようで、きっとまた始まるだろうと口にする。
そして、その日の午後、弥海砂と夜神月は解放された。
「やったね月!二人っきりでデートでもしよっか?」
「いや、僕はに会いにいくから」
「えー!」
エントランスについた監視カメラから相変わらずの一方通行っぷりを見ていたが、途中で相沢にカメラを切られてしまった。確かに、もう監視はやめたのだ。しかし、夜神月の疑いは私の中でまだ晴れてはいない。レイ・ペンバーが調べていた家族の中で最も怪しいのは夜神月。負けず嫌いでプライドが高く、私や警察の目を欺ける程優秀な人物である。また、二二日に青山に行った後にキラに会えたと言った第二のキラの証言通り、夜神月もその日に青山に行っている。加えて、第二のキラ容疑で捕まった弥海砂の、夜神月への愛。夜神月がキラだとしか思えないのである。結論的にはそうだが、夜神月本人を見ても、どこもおかしいところが見当たらない。キラはなかなか頭のきれる人物だから演技かもしれないが、演技だとしたらくさすぎるほどの純粋な人物だ。

夜神月が真っ先に会いに行った夜神には、火口を捕える前に一度会ったきりで二週間以上も会っていないことを思い出した。
夜神という人物は、少し不思議な人間という認識だった。夜神月を疑う前は、夜神のことも視野に入れていたし、もちろん夜神粧裕も北村次長の娘も見ていた。北村次長の娘や夜神粧裕は日常を見ているだけでも普通の女子だと判断した。真面目な所も不真面目なところもあり、女性らしく雑誌を読んだりテレビを観たり、友達と電話をしていたり。夜神月もわかりやすい人物で、真面目すぎる青年という印象を受けた。
夜神はおかしな行動をするわけでもなく、普通の少年としての生活を送ってはいたが喋り方、動き方、感情の機微に関しては、酷く鈍いように見えた。愛想は無いが、口にする言葉は優しく、家族を大切にしていた。夜神家は真面目な家庭であり、素直に育つことは不自然ではないのだが、夜神は他の家族とは似ても似つかない何かを持っていた。その何かが何なのか私には分からず、会話を重ねたが未だに彼の不思議が解明されてはいない。
「最近すっかり静かになりましたね」
この事件を機に警察も多少協力をすることになり、相沢はこちらの捜査本部へ戻って来ている為人数にそう変化はないのだが、騒がしい弥や、今まで居た夜神月が居ないことに松田は落ち込み気味に呟いた。キラによる殺人がないからというのが一番だが。
「静かな方が良いじゃないか」
夜神総一郎は苦笑いをして松田を嗜めた。
くんももう一月近く来てないですし」
すっかり捜査本部の皆に可愛がられている彼も、ここではおなじみとなっていた。ただし夜神は私が呼ばない限りは来ないので、夜神月や弥ほど、居なくなったという印象は薄い筈だ。
「そういえばそうですね、呼びましょうか」
「え!本当ですか竜崎」
「ヨツバでまだバイトしているのかも気になります」
奈南川に雇われてヨツバでアルバイトをしていたが、今はヨツバの業績も悪く夜神がまだバイトをしているかは不明だった。また、火口がキラだということや、その火口が死んだ事はおそらく夜神月から話されているだろうが、彼がどう反応するかが見たい。
「いや、竜崎、そのことなんだが」
夜神総一郎が苦々しく口を開いた。
は来年の九月からイギリスに留学する為に今忙しいのでな……あまりこちらに巻き込みたくはないんだ」
「留学ですか」
夜神総一郎は時折家には帰っていたし、おそらく家庭でその話はしていたのだろう。夜神月は聞いていないだろうから相当なショックを受けていそうである。
「え!くん留学しちゃうんですか!?」
松田は驚き、落ち込む。
「ああ、もともと英語は達者だったし。一人暮らしは早いと思ったが……案外しっかりしているんでな」
英語が達者だったことは、カメラで夜神家を監視していた際にふと耳にした覚えはあるが気にもとめていなかった。しかし案外しっかりしている、という言葉に私は首を傾げた。頼りないというわけではないが、彼は人に囲われて生きているのだと思っていた。監視している間でさえ、家事を手伝う事はあっても進んでやったりはしていなかった。
「生活力ありそうには見えませんけどね」
「ああ見えては料理も上手いんだ。滅多に作らんがな」
夜神総一郎は優しい瞳をして笑った。
とにかく、留学の邪魔はしないように、夜神を呼び出す話はなくなった。この話を聞いた上で呼んだら多くの顰蹙をかうだろう。ただ私だけが彼に何か不思議なものを感じ気になっているだけなのだから。

相変わらずキラの殺人は止んだまま捜査に進展はなく数ヶ月が経ったある日、夜神は挨拶も無しに渡英して行った。本来捜査本部の一員でもない彼が私に言ってから行く義務はないのだが、友達になろうと言った私を一瞥もしないとは中々ドライな人物である。そんな予感はしていたが。

キラの殺しが止んでから一年が経った頃、再び殺人が再開された。最初の犠牲者はここ一年のうちに、強盗殺人で捕まった日本人の犯罪者。つぎつぎに、世界中の犯罪者が殺されて行った。パターンも特徴もなく、ほぼ無差別と言っても良いくらいだ。しかし、テレビで報道された新たな犯罪者は殺されなかった。事務的に、淡々と、まるで最初から決めていたかのように死んで行く。
純粋な"裁き"をのようだった。
しかしやはり、ノートはこのノートだけではなかったということだ。今動いているキラの元に、レムはいるのだろうか。もしくは違う死神がいるのかもしれない。
「なぜ報道された犯罪者は殺さないんだ?」
「以前は挑発するかのようにリアルタイムでやってましたもんね」
相沢と松田が小さな疑問を浮かべる。夜神総一郎も、うむ、と頷いた。
確かに今までのキラだったら、報道され、捕まったばかりの犯罪者も殺してみせた。一年ぶりの復活を華々しく彩る何かをするのでは、とさえ思う。しかし今回のキラはある日を境にじわじわと存在を現し始めた。
新たなキラか、それとも、本当のキラの思惑か。

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夜神月はしれっとブラコン。
feb-may.2014