34 小休止
「なあ、次はどうすんだ?」
「うーん、一年くらいは隠れてようかな」
イギリスの大学受験資料や寮を調べている途中、リュークが尋ねてきた。
月が大学を卒業してニアやメロも捜査に加わるまで四年の歳月が必要である。Lは死なないし、月がLになるわけではないので下手に動くこともできない。
「それに、もう海砂には関わって欲しくないんだ」
「お前って女に優しいよな」
「そう?海砂のことまで考えるのが面倒なだけだけど」
リュークは笑った。俺の中で海砂は月の疑惑がよりいっそう深めるための餌だったのだ。レムも居ない今海砂を助ける約束もないし、今海砂が捕まっても記憶がないのだから俺に損害はない。それに、無関係になるならそれが一番良い。過去疑われていた経歴は消えないだろうけど。
「どっちにしろ俺はイギリスに行くし、月やLとは当分関わらないかな」
やっと、俺の心の平和が取り戻せたのだ。月や海砂はともかく、Lや捜査本部とは関わるつもりはなかった。実際に目の当たりにせずともだいたい何が起こっているかは検討がついていたのだから一人で動く事も出来た。けれど世界はそうさせてはくれないらしい。
そして、Lを殺さずに終わったことで、これから動きが変わって来る。キラでありLである月だったらいたちごっこを演じられただろうけど、本物のLと頭の切れる月を相手に、真っ向からキラを出来るとは思えない。今はお手本がないのだ。
次にデスノートを持たせるとしたら魅上照。だけど今の段階で魅上照を使うのは早すぎる。せめてもう少し時間をかけたいところだ。
「まあ、お前が色々やるのは信じてるからな、それまでイギリス観光でもすっか」
しばらく何もしなくても、死神界よりは退屈しないだろう。リュークは大きな口で笑った。
数ヶ月後俺はイギリスの大学に合格し、日本での残りの単位を最低限取得してイギリス留学を果たした。
とてものんびり過ごした。リュークと一緒に観光地に行ってみたり、一日中部屋の掃除をしてみたり。
そんなある日、ふと思い立ってデスノートを開いた。今俺が持っているものはレムのものと、海砂のもの。リュークはそういえば一年経ってたなと笑って、俺はそうだねと返事をして、ペンを出す。今までストックして来た犯罪者の名前を丁寧に書き連ねた。
今回は以前のように報道された犯罪者を殺さない。心臓麻痺で犯罪者が消えるだけ。それだけで、キラと判断するには充分だ。
パソコンには犯罪者リストのデータがあるけれど、許可なくパソコンが開かれたり介入があった途端、データを跡形もなく消去する設定にしてある。大学でもセキュリティについて学びたくて授業をとった。
殺人が始まって二週間もすれば、キラ復活のニュースが流れた。
月はテレビ電話で、またキラが出たとぼやいていた。人が死ぬという事に関しては肩を落としていたが、今度こそ捕まえると意気込む姿に俺は苦笑する。月が退屈しないならそれでいい。でも、一応まだ大学生なのだからあまりLに近寄りすぎてまた監禁されないようにと嗜めた。
月が解放され、俺が渡英してからの捜査本部を俺は知らない。あの事件でノートを手に入れ殺し方が分かっても結局ヨツバキラは死に、キラと疑っていた海砂と月を解放せざるを得なくなり、死神も死んだ。俺は勝ち負けには拘っていないけど、Lや月はそれを、負けと判断しただろう。負けず嫌いな人たちだから、憤りと悔しさを感じているに違いない。
月とのテレビ電話を終え、お昼ご飯を何にしようかと冷蔵庫を探っていると部屋に客が来た。覗き穴から窺えば老人が一人立っている。
会った事はないけど、彼はワタリだ。何故、こんな所に居るのだろうと思いながら出迎えると、ぺこりと頭を下げた。
「夜神さんですね」
「はあ」
「竜崎の使いのもので、ワタリともうします」
「どうも」
俺も一応会釈をしておく。
俺の居場所なんて父や月に聞けばすぐわかるし、そうでなくともLだったら朝飯前だけれど、俺に接触して来ると言う事は何か進展があったということだろうか。
「竜崎がお会いしたいそうです」
「日本?」
「いえ、イギリスです」
そういえばイギリスに居た事もあったんだっけ、と思いながらワタリの言葉に納得する。今日は講義はないし予定も立てていないので、ワタリの運転する車に乗った。
十五分程走り、ホテルに連れて行かれると、なんだか日本に居た頃を思い出した。部屋に案内されればおよそ一年半ぶりに見るLの姿。
「お久しぶりです」
「どうも」
「大きくなりましたね」
「そう」
一年半で五センチくらい身長はのびたけれど、顔は相変わらず童顔で女顔だし体格も良くない。Lは隈からぼさぼさ頭まで全くそのままで、かわってないねと口にすればそうですかと頷かれる。
「で、何?」
「何とは?」
ふかふかのソファに、膝を抱えて座りティーカップを変な持ち方するところも相変わらずだ。俺が用件を尋ねても、すぐに言わないのも、相変わらず、面倒くさい。言いたくなったら話せとばかりに、俺は自分に出された紅茶に息を吹きかけて冷ました。猫舌ですかと関係ない話題を振って来るのにも答えない。見て分かれ。
「私、キラに負けてしまいました」
「?」
本題に入ったかと思いきや、いきなりの負け宣言に自然と首を傾げる。ティーカップから口を離してLを見るとぽちゃぽちゃと角砂糖を突っ込んでいる所だ。
「火口捕まえたんじゃなかった?」
「いえ、捕まえてから十三日後に死亡しました」
月くんに聞いていませんか?と今度はLが首を傾げて丸っこい目玉で俺を見た。
「聞いてたけど。捕まえたんだから負けじゃないかと思って」
「負けです。火口はそもそもキラではありませんし」
「へー」
またも角砂糖をぽとぽと落として行くL。そんなに糖分とりたいならもうちょっと違う接種方法を考えるべきだ。
高級で香り高い、上手に淹れられた紅茶が勿体ない。
「竜崎って辛いもの食べられるの?」
落ち込み気味に話している所悪いけど、思い立ったので聞く。
食べた事ありませんと一応答えてくれたけど、興味本位で聞いただけなので、それ以上話すこともなくふうんと相槌を打つ。
「何も聞かないんですね」
「?」
たった今質問した俺に何を言うのかと思ったが、おそらく事件についてだろう。
しかし、聞いても答えてくれるかわからないし、俺が聞けるようなことは何もない。
本当に俺が聞きたいのはノートは今誰が持っているのかって事だが、キラの殺しの手口を一般人である俺に漏らすはずもないのでそんなことは聞けない。
「あー捜査本部は?」
無難であり、聞いても大丈夫かと思ったことを考えて尋ねる。
「夜神さん達が続けていますよ。私は用があってイギリスに来ました」
「用って俺?」
「はい。でもまだいくつかやることがあります」
「じゃあ、次の用に行けば?」
以前の用にただ話す為だけに呼ばれたと思ったのでLをあしらうように手を振ったが、まだ用が終わってませんと言われたので手を下げる。
「もっと話したいの?」
「それもあります」
「も」
「はい。くんにお願いがあって来ました」
お願いってなんだろう、と思い首を傾げる。友達になってくださいとかお話しましょうとか絶妙なお願いしかされたことがないので、今回もそれっぽいやつだろうか。
「私の代わりに、用を済ませてほしいんです」
俺は、は?と口を開けたまま固まってしまった。
主人公もLも、嘘をつくけど、つかなくて良いときは素直そう。
feb-may.2014