harujion

Last Memento

36 メロ
(メロ視点)

僕たちの尊敬するLは、キラを死刑台へ送ると言っておいて、負けたと宣った。しかも、二度も。しかし最後は勝つと言っていたから失望はしていない。ただ、キラがどれほどの奴なのかが気になった。
Lはキラを捕まえる捜査をし、その過程をみて次のLを決めると言った。僕はその勝負には必ず勝たなければならない。いつもニアには勝てずに二番だった。どんなに頑張っても。だから、今回は最後の勝負だ。絶対に負けられない。

Lの喋るパソコンを持って来たのは、ワタリではなく、少年。黒髪に黒い眸、色白ではあるが東洋人らしい肌色をしている。顔立ちもそうだった。年頃は顔からすると僕と同じくらい。
ロジャーに引き止められて一緒に話を聞いてはいるが、ちらりと盗み見れば、聞いてるのか聞いてないのか分からない無表情。こんな奴に、今までの捜査内容を聞けと言ったLの真意はわからない。
しかも、唯一反応を見せたのは、Lが彼に聞けと言った時。まるで自分はそんなこと聞いてないというような顔をしていた。
Lはさっさと通信を切ってしまい、残された彼に話を聞くしかない。ニアもそう思っているのか、じいっと彼を見つめた。
彼は少し考えるそぶりを見せて、ニアのようにぺたんと床に座ったと思えば、淡々とした話し方で説明した。
順を追った話などではなく、思い出した事、とりあえず言える事などを簡単に話す。まず簡単に話すという点は容赦するが、思い出したようにぽろぽろと付け加えたり、言葉が少ないので聞きたい事は沢山あった。
それから、彼は知らない事も沢山あった。キラがどうやって人を殺すのか、キラがどうやって捕まったのか、彼は知らない。
「俺、一緒に捜査してた訳じゃないから」
「捜査してないのに捜査内容を知っているのか?」
「俺はLの、……友達?」
まさか刑事ではないと思っていたが、捜査すら一緒にしてないという。そんな無関係な人間をLが傍において調査内容を漏らす訳が無い。
また少し考えてから、友達なのだと疑問をふんだんに盛り込んだ一人言の様に呟いた。
それから、いくつか質問を重ねて行ったがやはり大した情報を持っているわけではない。ただ、全ての情報を言っているようには思えない。話すのがへたくそで、面倒くさがっていることが、僕たちには分かった。
もっと彼から情報を引き出せるはずなのだ。しかし、彼はのほほんとしているのか、ニアのパズルを見つめては素直に感想を言っている。お前が今話す事はそれではない、と突っ込みたい。
ニアは相変わらずそっけないので、頭を撫でられてもそれをすぐに避ける。すると彼は今度は僕の頭を撫でた。ぎょっと身を引くと、チョコレートの香りだと、本当に薄く笑う。乏しいながらも、ちゃんと感情や表情があるのだ。ニアの変な笑みよりは全然可愛い方だと思えた。

すぐに笑みは消え去り、すくっと立ち上がりノートパソコンを片付けたと思えば、なんて事無いように僕たちを見下ろして、無表情のまま挨拶をした。
「ではさようなら」
なんて自分勝手な奴なんだろう。僕たちにほんの少しの情報を与えて自分で満足して帰ってしまった。
「頑張ってね」
頑張ってねじゃない。僕たちの未来も、世界の未来もかかってるのに、こいつ、協力する気がまるでない。しかし、Lもそれを見越していたのだろう。この少ない情報を与えることすら最大の譲歩だとは思う。ニアはあとは自分で調べるだろうし、そもそもこいつの存在はあまり必要ではなかっただろう。でも僕はこいつから、もっと色々聞き出せればニアに勝てると思った。
僕はロジャーにこの施設を出て行くと言って、全財産だけ持って外へ出た。無駄な動きはないのに愚鈍な動作で孤児院を出て駅の方へ向かう彼に追いつくのは、そう大変な事ではなかった。駅の中に入る前に姿を見つけ、尾行する事に成功した。

離れた場所に住んでいたようで、僕の手持ちは随分と減った。一応口座にはお金があるけど。
電車からおり、暫く歩いて行く後ろ姿をひっそりと追う。人の少ない道を行き五分程だった。角を曲がったので、壁に身を貼付け、ゆっくりと覗くと間近に人の腕。ぎょっと上を向くと僕を見下ろしていた。
「お金足りたの」
「うん」
背中を壁から放して、尾行していたことに言及するわけではなく、心配するように僕に尋ねた。いつから気づかれていたのかはわからないけど、帰れとすぐに言って来ない当たりは、緩い人物のようだ。
帰りのことまで心配するので、僕は養護施設を出て来たことを告げる。
「行動力があるのはすごいけど……身一つでどうするの」
「あんたんとこ居る」
少し呆れたように聞かれて、僕は一か八かの賭けに出た。
彼は僕の言葉にはあとため息を吐く。僕はニアに負ける訳には行かないんだ。なんとか、彼からもっと話を聞き出してニアより先へ行かなければならない。少し熱くなって、彼のシャツをぎゅっと握ると、少し冷たい手が僕の額を小突いた。
「住む所決まるまでだよ」
その言葉と困ったような笑みに、僕の手はゆったりとほどけた。
彼は僕に背中を向けて、歩いてく。僕はそれを追うために、少しだけ走った。成功だ、と思うと胸も弾む。
表札もないアパートに入ると、人の家の香りがする。ワイミーズハウスとはまた違う匂いだ。
「そういえば名前は?」
「教えない」
「じゃあ何て呼べば良いんだよ」
案外家に来ても名前なんて書いてないもので、郵便物や身分証を見なければわからない。パソコンの前の椅子に断りもなしに座って、尋ねれば、ちょっと考えてから彼は口を開いた。
「お前、で事足りるじゃん」
「ユー?」
「ヒーでもいいよ」
確かに名前を呼ぶ必要はない。大勢の人が居る場合は示す必要があるけれど、僕と彼は互いに面と向かってしか会う事は無さそうだ。
さすがにヒーと呼ぶのは変だし、ユーの方が名前らしいので妥協することにした。
「なあ、キラの話してくれよ」
ぎいぎい、と背もたれに寄りかかって音をならしながらユーに強請る。これから晩ご飯の準備があるのだと冷蔵庫を探りながら断られるので、作りながら話せばいいと提案した。
「話して欲しければ、ニンジン剥いて」
「えー!」
ピーラーとニンジンを渡されたので顔を歪める。
「情報を引き出す為には円滑なコミュニケーションが必要」
ぐっと押し黙る。大人しく人参の皮をむけば満足そうにユーも料理の準備をし始めた。若い男にしては手慣れている。
「Lとはどうやって友達になったんだ?」
「内緒」
自分に関する事は喋りたくないのだろう。質問を変えて、Lとどんな話をしたかと聞く。
「初めて会った時、キラのプロファイリングをさせられた」
こういうのが聞きたかったのである。目を輝かせて話の続きを促せば、フライパンを器用に揺すりながら、ぽつりぽつりと話し出す。
「俺自身はそんなにキラの情報を持ってなくて、周りから聞いた情報とかニュース見ただけだったけどね。キラは子供っぽい奴だっていう話をしたんだ」
「ふーん」
「Lや捜査官の間でも、キラは負けず嫌いで、自分に逆らう奴は殺す人って言ってた」
ユーは俯きながら、調味料を足す。横顔と、着々と完成に向かっている料理を交互に見ながらキラの話を聞いた。
「いつだったかな、第二のキラっていうのが現れて、その人と思われる人物と、もう一人本当のキラだと思われる人物が監禁される事になった」
ユーは火を止めて、俺の後ろにある棚から皿を出してよそった。
「五十日って皆が言ってたから、間違いないと思う。二人は五十日の監禁から解かれた。でも解放はされなくて、監視は続いてた」
「どういうことだ?」
「Lと手錠で繋がれながら、一緒に捜査してた」
僕の分までちゃんと食事を準備してくれたので、軽く礼を言いながらテーブルの前に座った。予想以上に美味しい食事に心の隅で感動しつつも、やっぱりキラの話に夢中になった。
「一緒に捜査ぁ?」
「すごい頭のいい人だったんだよね、その人」
「そんなにか?」
「うん」
「それってあんたの事ではないんだよな?」
疑われていた奴の話をしたがらない事、一般人なのに捜査に加わっていたこと、こんな風にLに使われていることを加味して、一応聞いてみる。
「まさか」
それはきっぱりと否定された。嘘じゃあ無さそうだ。俺が勉強できそうに見える?と純粋に首を傾げる。もちろん、全くそうは見えない。馬鹿じゃあないんだろうけど、キラ捜査に加われる程、頭がきれる様子はこれっぽっちもない。まあ、尾行に気づ居ていたのはすごいと思うが。
「えーと監禁されてから、殺しが止まったんだった」
「そいつキラじゃん!」
びっとフォークを向ける。
「まあ落ち着いて。ほら、食べ方汚いなあ」
口の周りについたソースを、当たり前の様に指先で拭われる。布巾を渡せばいいのに、と思ったがそんなものはないのだろう。ソースがついた指先を目の前で舐められれば、今後は綺麗に食べざるを得ない。
自分の拳で口の周りをもう一度拭ってから、大人しく食事を再開した。
「監禁されている間に、また殺しが始まった」
「じゃあそれで一度解放されたのか?」
「いや、えーと、ん?なんだっけ」
おいおい、大丈夫なのかこいつ。
話の整理をする、とフォークを置いて、一から話をまとめ始めた。
「監禁が始まった途端に殺しは止まり、暫くしてから再開、でもすぐに解放はされてなかったんじゃないかな」
監禁されていたことと、解放されたことは知っているが間のやりとりは見ていないらしい。
「まあ、様子見だろうな。むしろずっと監禁しておくと思うが……」
「捜査本部にはLだけじゃないから」
おそらく、捜査本部の他の連中がLに意見しているのだろう。そもそもLにそいつらは必要とは思えない。手足となる分には必要だろうが、口を出して来る奴らと一緒に捜査なんて面倒だろうな。
その言葉に、納得する。
「で、五十日監禁されてたのを手錠付けての監視になった?」
最後に僕がまとめると、そうそうそれでいいんだ、と緩く笑う。無表情が多いけど、笑うときは笑うし、冷たい奴ではないらしい。多分やる気が無いんだと思う。

ユーは育ちの良さそうな食べ方をして、僕よりも遅く食べ終わった。そして食器もちゃんとあらって、流しを片付けている所も几帳面なのかもしれない。部屋は散らかっていないし、本棚も崩れては居ないから綺麗好きか。ただし枕元に本やノートが散らかっているので、本格的に几帳面って訳でもなさそうだ。
明日は朝から予定があるのだと言ってユーは鞄の中から本やノートパソコンを取り出していじくり始めた。僕は勝手にベッドに乗って、上半身を投げ出す。
ぱちぱちとキーボードを叩いている音が暫く続いたが、途中でバイブの音が響き、打鍵音は止んだ。
「もしもし」
ユーは椅子の背もたれに寄りかかって、楽な体勢で電話に出る。「リュウザキ」と日本名が聞こえたと思えば、それ以降の会話は日本語でなされた。
「うん。いつ返せば良い?ん、明日午後なら……あー、でも、一人子供を拾ったんだけど」
僕は日本語だって聞き取れるので、ユーが誰かと話している事は分かる。
「そう。どうにかならない?」
受話器向こうの人物の声は聞こえないが、おそらくユーの友達だろう。
「そっちの都合じゃん」
頭をがしがしと掻く。英語だろうが日本語だろうが、ぐったりとした喋り方は変わらないらしい。しかし、日本語もへたくそだな。発音ではなく、話す内容が、である。
「……やだ、面倒くさい。渡せば良いだけでしょ」
人の事を言える性質ではないが、もっと言い方ってものがあるだろう。ユーは心底面倒くさそうに、拒絶して、あちらにおそらく譲歩させて、電話を切った。
「お前……友達なくすんじゃないか?」
「大丈夫。明日は一日俺居ないから出かけて」
「家に居ちゃ駄目か?」
「そこまで信用してないよ」
ユーは携帯を閉じてノートパソコンに視線を戻した。
物を盗るつもりはないが漁るつもりではあったので、反論は無い。大人しく了承した。

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メロは最初一人称が僕だったので……僕です。
feb-may.2014