harujion

Last Memento

38 差金
(L視点)

Lの二代目を育成する養護施設、ワイミーズハウスにはニアとメロが居る。私はまだどちらをLにするか決めかねていたが、キラについての捜査をさせる、いわゆるテストのようなものをしようと考えた。もちろん私がキラを捕まえるつもりだが、彼らがどの程度キラに近づけるか、追い込めるかみたいと思ったのだ。
そこでイギリスに一度向かう事にしたが、その時にふと、夜神のことを思い出す。確か彼はイギリスに留学しているのだった。夜神総一郎に尋ねれば、あちらで滞り無く暮らしているそうで、夜神月や他の家族とは時々テレビ電話もしているようだった。もちろん夜神月のことだから頻繁に、キラの話も交えてしているのだろう。
夜神に使いを頼もう、と漠然と思った。本当はワタリにさせれば済む話なのだが、彼を使いたい。それは何故なのか、私にもわからない。ただ、夜神がどう動くのか興味があったのかもしれない。
夜神の行方は、夜神総一郎に聞かずともすぐに分かった。
イギリスに飛びホテルで待機していると、ワタリが夜神を連れて戻って来た。およそ一年半ぶりに姿を見たが、相変わらずの女顔でだ。身長が伸びているようだが、ただでさえ華奢な身体が前にも増してほっそりしているように見える。
「大きくなりましたね」
縦にだけ、と心の中で付け足すと興味も無さそうに頷いて、私は変わりないなと呟いた。
「で、何?」
「何とは?」
ティーカップを持って紅茶の香りをすっと吸っていると、夜神は早速本題を促した。本題といっても、私の今回の目的はメロとニアに会いに行って欲しいお願いと、久しぶりに夜神という人間を観察するためだ。私がしらばっくれると、怒った様子も無くワタリが淹れてくれた紅茶をふうふうと冷ました。
「猫舌ですか」
肉付きの悪い頬をふっくらと膨らませ、薄っぺらい唇を窄め、空気を吹きかけている様子が少し面白くて口を挟む。見て分かれ、と言いたげに一瞥して、紅茶をくぴりと一口飲む夜神
お互いに会話が成立しないやり取りばかりをするのが案外楽しい。成立しないといっても、返答を期待していないことばかり尋ね合うだけなのだが。
「私、キラに負けてしまいました」
ティーカップをテーブルに置き、角砂糖をたっぷりと投入しながら口を開けば、夜神はほんの少しだけ反応をしめす。興味というよりも、私が話したことにたいして、ただ素直にそうなのか、と言いたげな態度。
「火口捕まえたんじゃなかったの?」
「いえ、捕まえてから十三日後に死亡しました。月くんに聞いていませんか?」
「聞いてたけど。捕まえたんだから負けじゃないかと思って」
「負けです。火口はそもそもキラではありませんし」
「へー」
夜神は、おそらくおおかた理解していないだろうけど、素直に、そして興味の無さそうな顔を全面に押し出しながら、相槌をうった。
どうしたら彼はもう少し興味を示すのだろうか、と考える私が居る。驚かせたり怖がらせたりしたい訳ではないのだが、純粋に、彼は何を言われればその滅多に大きく動かさない表情筋を活発化させるのだろうと疑問に思った。
「竜崎って辛いもの食べられるの?」
「食べた事ありません」
突拍子もない質問をされるのが、酷く懐かしい。夜神は人の話の腰を折るくせがある。私が話している最中に全く関係のない、自分が疑問に思ったことを急に聞いて来るのだ。今回は私がティーカップにいくつもの角砂糖を注ぎ込んでいる所を見て考えたのだろう。
キラについてや火口、捜査に関して、夜神が自分から情報を欲した事は一度もなかった。夜神月は正義感と興味からキラについて調べていたが、その弟だからといって夜神までも調べている訳ではないようだった。彼の零す意見はたいてい夜神月からの受け売りで、それを自分らしく大雑把に縮めた、少し冷たい意見ばかり。そんなにもキラに興味が無いのだろうか。確かに夜神には正義感という言葉は酷く不似合いだったし、犯罪に手を染めるような人物ではないので、キラに殺されることもないだろう。また世相を憂うようなことも想像がつかないため、キラに何か思う事があるとは思えない。
「何も聞かないんですね」
キラについて辛口に表現していることから、好きではないことは分かる。それ故に、自分から話題を出さないのかもしれないとも思う。
私の問いに少し考えてから、捜査本部はどうだと尋ねた。私たちの事をどうでも良いと思っていたわけじゃない、と言いたげな少し労るような笑みを浮かべた。そういうことじゃないんですけど、と言いたかったが夜神の問いにはちゃんと返答した。
夜神総一郎が上司を説得した事により、日本の警察の協力のもと、捜査本部ではまたキラに関する調査は続行されている。ノートや死神の話は夜神にはしていないので話さなかったが、死神という存在を聞いた時、彼はどんな顔をするのだろう。さすがに極秘事項なので言わないが。
「私は用があってイギリスに来ました」
「用って俺?」
「はい。でもまだいくつかやることがあります」
「じゃあ、次の用に行けば?」
しっしっとあしらうように手を振る夜神。相変わらず情の薄い人だ。
「まだ用が終わってません」
「もっと話したいの?」
表情を変えずに、ゆったりと首を傾げる。
自由気ままに生きる姿や、ほんの少し庇護欲のそそられる動作が、猫と評され愛される所以なのだろう。しっとりとした黒髪が猫の毛皮の様に見えて来た。
「それもあります」
黒い双眸が私をじっと見た。
私はそこで、ようやく夜神に用事を任せた。本来ならワタリに行かせれば事足りるし、私がメロとニアに説明してヒントを与えれば良いのだが、それでは分かりやすすぎると思ったのだ。ニアとメロには、夜神から情報を得てもらいたい。彼は肝心な事は知らないが、充分捜査内容を見て来ている。しかしそれを上手く説明する気力や能力はおそらく無い。適当に、大雑把に、淡々と知ってる事をぽろぽろと零し、彼らを翻弄するかもしれない。
おそらく、事件の容貌を説明してきてくれと言えばすっぱりと嫌がられると思ったので、単にお使いだけを頼んだ。
「嫌だ」
しかし、それでもすっぱり嫌がられてしまった。ウィンチェスターに行くには電車を三回ほど乗り換えて片道二時間かけて行かねばならないのだ。
交通費は勿論バイト代を出しますと言って金額を提示すれば、行くと即答したときは意外だった。わりとがめついらしい。学費や生活費があるからなのだろう。

イギリスで使っている携帯電話の番号を教えてもらい、夜神にノートパソコンを渡して別れた。ワイミーズハウスのロジャーにはワタリから連絡が入っているので夜神は滞り無く用を済ませられるだろう。
彼の英語力も知らないが、メロとニアは日本語も分かる筈なので問題も無い。もし英語で話し続けていたら多少ズレが生じるかもしれないが、それもまた情報を得るための力不足ということだ。
約束の日の夕方、彼の携帯に電話をかければ、英語で電話に出る。
「もしもし」
「ああ、竜崎」
私が日本語で問えば、すぐに私だと分かり日本語を喋る夜神。少し英語も聞いてみたい所だったがそれはまたの機会でいいだろう。
「用事は終わりましたか?」
「うん、いつ返せば良い?」
おそらく、ノートパソコンのことをいっているのだろう。
「明日は空いていますか?」
すぐに返して欲しい物ではないが、夜神には二人に会ってどのように話したのかも聞きたいと思い尋ねる。
明日の午後なら、と言いかけたが、夜神は一度黙って言いづらそうに呻いた。
「あー、でも、一人子供を拾ったんだけど」
何故それを私に報告する必要が会ったのか、考えてみれば思い当たる節が一つ。
「メロですか?」
「そう。どうにかならない?」
やはり夜神はろくな説明をしなかったのだろう。いや、彼なりに知っている事は全て話したとは思う。ただ、メロやニアはそれだけでは納得が行かないのだ。メロは行動力がある為、追いかけて来てしまった事が容易に想像できた。ニアはおそらくここから先は自分で調べようと思ったに違いない。
「拾った者は自分で面倒を見てください」
「そっちの都合じゃん」
そもそも夜神を行かせたからメロがついてきたのである。それはそうだが、私がメロの面倒を見てしまったらそれは大きなずるになる。ニアもメロもおそらくそれを望まない。メロとて、夜神に迷惑をかけようというのではなく、話を聞き出そうとしているだけで、いつまでも家に居候することなんかはないはずだ。
「では明日の午後、ワタリに迎えに行かせますのでホテルまで来てください」
「……やだ、面倒くさい。渡せば良いだけでしょ」
キラの話をメロやニアにして、疑問に思う事があれば聞いても良いと言っても興味はないと突っぱねられる。うやむやにされて、じゃあねと勝手に電話を切られて私は受話器を持ったまま数秒ほど動けなかった。
「どうしましたか?L」
ワタリが心配して声をかけて来たが、何でも無いと答えて受話器を置く。夜神はこうも自分の思い通りに行かない人物だったのかと認識させられた。なんだかんだ言って優しい所があるからこの部屋には来るかもしれないと思っていたが、次の日ワタリがノートパソコンだけ持って戻って来た際に予想は裏切られた。
「その、兄とテレビ電話をする用事が出来たと」
「……そうか」
以前夜神月の監禁を解いた時には嫌だと言っておきながらホテルまでやってきた。しかし今回は嫌だと言って本当に来なかったから。会う対象が家族ではなかったからか。確かに私と夜神の関係は薄いものだが、こうもあっさりと人を撥ね除けてみせるとは思いもしなかった。

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だが断ぁ〜る。
feb-may.2014