39 死顔
「十八時くらいまで帰って来ないでね」
「そんなに!?」
今日は午前中は大学の授業で、午後は一度ワタリやLに会いに行く予定だった。しかし月が今朝連絡をすると言うから家で電話を待たなければならない。そしてその様子はメロには見せたくはないのだ。
朝家を出ながらメロに帰って来るなと言うと、ぎょっと驚かれる。
「そもそもここはメロの家じゃないでしょ」
「じゃあ僕はいつあんたの話が聞けるんだよ!」
メロのことだから別に稼げないというわけでもないだろうし、今無一文ってわけでもないのだろう。ただ俺から情報を得る為だけにへばりついているのだ。
昨日は急なことだったから泊めたけど、なるべくどこかに部屋をかりるなりホテルを見つけるなりして別の生活を送りたいのである。いつまでたってもキラの殺人の更新が出来ない。一ヶ月先まで書いてあるとは言え、ノートは今も自分の部屋に隠してある。
「昨日寝る間も惜しんで話したじゃん」
寝ようとしてるのに質問を辞めないメロの所為で俺は若干寝不足である。じとりと睨め付けるとメロが後ろめたそうに顔を歪めた。
「早く住む所決めておいで。なにも一緒に住んでいないと情報聞けない訳じゃないんだから」
さらさらのおかっぱ頭を撫でれば、今回は逃げなかった。おまけにぽんぽんと叩いてから、部屋の鍵を閉めた。合鍵は勿論無いし渡さない。
学校に行く為の鞄と、ワタリに渡す為のノートパソコンを持って歩き出した。メロはさすがに大学まで尾行してはこなかった。
午後、講義が終わりランチを構内のカフェテリアで住ませて敷地を出れば、高級な車が停まっていた。傍には老紳士が佇んで居り、ワタリだと思い歩み寄ればぺこりと会釈する。すごい人なのに、Lにこき使われて、俺にもきちんと頭を下げていて大変だなあ、とのんきに考えた。
「どうも」
「お乗り下さい」
「いや、今日は午後から月から連絡がくるから……悪いけど無理」
ゆったりと垂れ下がった瞼に隠された小さな目が、ほんの少し見開かれる。
「行く気はあんまりなかったけど、本当に予定が入った」
ぽり、と頬を掻いた。ワタリは困ったように肩をすくめて、俺の差し出したノートパソコンを受け取った。
「では……折角ですからお送りしましょう」
「いいの?」
「ええ。メロがご迷惑をおかけしているようですし」
ワタリは俺を引き止めるのは諦め、ドアを開けて乗車を促した。
そういえばワイミーズハウスはワタリが創設したもので、メロの保護者みたいなものだ。お宅のお子さん無理矢理すぎますよと言いたいけど、ワタリの素性は知らない設定なので口を噤んだ。
「さんは竜崎がお嫌いですか?」
「ん?」
後部座席にかけて、ミラー越しにワタリを見る。
車内での唐突な質問に少なからず驚いた。なぜ俺がLを嫌いかという話になったのだろう。
「お前が約束すっぽかすからじゃねーの?」
「ああ……」
リュークの言葉に小さく声を漏らしてから、くすりと笑う。俺の愛情表現は昔から分かりづらいと言われている。まあ表現してないからなんだけど。
「竜崎のこと好きだよ」
よくて、嫌いじゃないという言葉を予想していたのか、俺が素直に好きだと言えばワタリは意外そうに頷いた。そして少し嬉しそうに笑っていた。
「面白い人だし、凄い人だと思う、尊敬もしてる」
車窓から見える町並みを見送りながら、ぽつりぽつりと零した。
「生きていてくれたらなって思ってる」
この世界で、多くの人を殺した俺がそんな事を言うなんておかしいけれど。自嘲気味に笑ったつもりだったが、ガラスに写る俺は情けない顔をしてた。
「知人が死ぬ夢を見た事、ある?」
「——いいえ」
ワタリの方をちらりと見てから尋ねると、躊躇いがちに首を振られる。
「俺はある。兄と、父が死んだ。その時に……竜崎とワタリも死んでたなあ」
車は俺の居る都市にまで来ていた。あとほんの少しで家に着くだろう。
ワタリは何も言わずに俺の言葉を聞いていた。
「竜崎の死顔はとても綺麗で……、ちょっと悲しくなったよ」
本当に、綺麗だと思った。
ぎょろりとした瞳、濃い隈、愛想の無い表情が、あのときは安らかになっていた。眠っているときの顔を見た事がないけれど、まるで眠っているみたいに死んだ。人の死顔は良いものではないからあんなに綺麗に死ねるのは漫画くらいだ。でもあの漫画でみる人の死は、ちゃんと惨たらしい顔をしていた。
Lはその中で最も綺麗な死顔をしていた。
それが、少し悲しかった。
俺はあの死顔を見て、Lが死ななければいいなと思っただけだ。
黙りこくった俺にワタリは何も言わなかった。そしてアパートの前で停まった車を降りる前に付け足すように口を開いた。
「月が死んだときは、綺麗なんてものじゃなくて、みじめで、汚い死に方だったから……もっともっと悲しかったけどね」
だから今日、俺は兄を優先して、Lとの(ちゃんと交わした訳ではない)約束を反故にするのだ。
ばたん、と車のドアを閉めてアパートへ入って行けば、車はいつしか走り去っていった。
「」
「ん」
アパートの階段をあがりながら、リュークの呼びかけに小さく答える。
「お前は初めて会った時、新世界の神になるって言ってたな」
「ああ、あれか」
「すぐに誤摩化したが、あれはどこからが冗談だったんだ?」
どこから、と問われても俺は当時交わした会話を一言一句覚えている訳ではない。たしか月と同じ台詞を言ってみせただけですぐ誤摩化したのだと思う。
「俺は神様になんかならないよ」
新世界を作るとかそういう話をしたけど、これからキラ寄りの世界を一度作らなければならないので一部しか否定しなかった。
「リュークは俺を見て、どう思ってる?」
「んあ?」
最初は、ノートを拾った人間がつまらなかったらすぐ殺すと思っていた。しかしリュークは様子見という言葉を知っている。下手をすれば、俺が何もしなくたって、俺の一生分くらいは見続けていたかもしれない。死神という存在を認めながら生きて行く人間を観察する、という暇つぶしで。
けれどもう遅い。
人を殺した事を後悔しているわけではないが、此処まで来てようやく、リュークの言葉を聞きたくなった。
「お前はおかしい奴だ」
変な奴、おかしい子、面白い人、なんて良く言われていた。それは俺の見た目と精神年齢が合わない違和感を他人が表現する為の言葉だ。
リュークもこんな凡庸に表現するとは思わなかったから、苦笑してしまった。
「真面目に言ってるんだぜ?」
アパートの鍵を開けていると、付け足すようにリュークは言った。
楽しそうに笑うリュークに、俺も笑みを濃くする。リュークはもうずっと、俺が人を殺し、利用し、欺いているところを見て来た。そこで、こいつはおかしいって思ったのも無理は無い。
月だってやってきたことだが、月もおかしい奴になってたのだろう。ただそれをおかしいことだと自覚はしていなかった。そして多分、俺の方が人を殺す事に関しては淡白だ。月は殺意ってものを持っていた。世界を作る為の意志と、その為に人を殺す殺意。でも俺にはそれは無い。死神の退屈を紛らわせるため、兄に人を殺させないため、兄を退屈させないため、父を死なせないため。全部人の所為にして、自分の気持ちを吹き込まずに殺した。
俺は自分が少し人とは違う精神構造になっていることは分かってる。生まれ変わると言うことは、死ぬと言うことで、俺は何度も死んだ記憶を持っているのだ。
「俺も、自分を正常な奴だとは思ってないよ」
「お前にノートを拾われて、ラッキーだったな」
にいっと大きな口が更に大きくなる。
月が拾ってても、リュークはラッキーだったと思うのだろう。
「俺も、リュークが俺じゃない人の所に行かなくて良かったと思ってるよ」
本音言ってるしワタリもしんみり聞いてるけど、リュークは主人公がそんな奴じゃないと思ってる。
feb-may.2014