harujion

Last Memento

44 テスト
(L視点)

死神のノートは捜査本部の金庫の中に保管し、誰も触れられないようにしてカメラで監視を続けているが異変は無い。結局死神のレムもあらわれることはなかった。
火口が死んで一年後に再開された犯罪者殺しは三年以上経った今でも続けられており、世間がキラをあがめるような風潮になりつつある。そして、捜査に進展は無い。
まるで夜神月を監禁していた頃のように、ひたすら殺人を繰り返されていた。ただし、報道されたばかりの犯罪者は殺さず、既に捕まっている者や指名手配されている者ばかりが死んだ。人数、国籍、罪状、性別、年齢、犯罪歴、全てバラバラで、意志も意図も感じられない。
そして、最初のキラとはまた違う人物の様に思えた。
このキラは感情を見せず、世界を良くするためだけに動いている。純粋すぎるとさえ思う。
新たな死亡者のリストを見るがやはり特に違和感は感じられない。何も違和感が無い所が、違和感だ。火口とて、私欲の為につかった。最初のキラは私欲の為に使わなかったが、熱い思いや殺意があったのに、このキラにはそれさえもない。
まるで、本当に神が天罰を下しているかのようだ。死神という存在が居る以上神も存在していそうなものだが、ノートを使って世の中を混乱に陥れるのは必ず人間のすることだ。
殺意の無い殺人———。
なぜか、夜神の顔が浮かんだ。
そんな筈は無いと、すぐに否定した。夜神は殺意とは無縁の人間だったが、感情はちゃんとある。嫌がる、というのは立派な意志だ。そして、人を殺すと言う労力は、計り知れないものであり、それを背負う真似はしないだろう。
やはり、夜神をもっとよく知る必要がある。
「ワタリ、夜神をここへ」
夜神総一郎の話では夜神は九月に大学を卒業、帰国後に都内の英会話教室に講師として就職している。
仕事終わりのスーツ姿の夜神が、今目の前のソファにゆったりと腰掛けていた。
「ちゃんと食事と睡眠をとらないから歳もとらないんじゃない?」
夜神は開口一番、会っていなかった期間をものともしない態度で言い放った。若いと言いたいのかもしれないが全然良いようにとれない。
「その言葉そっくりそのままお返しします。女の子みたいですよ」
「うるさい」
ぽとりと角砂糖が紅茶に落ちる音とともに、夜神が悪態をついた。
女の子、というのは意地悪を言っただけで、少女らしいわけではない。だが、日に焼けていない肌と黒目がちな丸い瞳が、彼を中性的にさせていた。しなやかな髪の毛も、そう見える一因とも言えよう。
以前聞いたよりも少し低くなった、透明感のある声は耳通りが良い。
一言で言えば、彼は魅力的なのだ。
夜神月は精悍な顔つきに甘い声、適度に鍛えられた体躯という一般的な魅力をもっていたが、夜神の持つものは違う。赤ん坊のような、愛玩動物のような、天使のような、それ。傷つけてはならない、いとおしく慈しむべき人。
夜神に初めて触れた時のことを思い出した。
腕を掴み、するりとそれは抜けて行く。掌の中と指の腹を素肌が滑った。細く、肉付きの悪い手首は血管が見えるくらいに白かったと記憶している。
今も紅茶を飲む手首を見ればあの頃よりも少し筋張った手首にうっすらと青い血管が見える。
「メロとニアに会って、どうでしたか?」
「ごほっ、え?何……そんな昔の話から入るの?」
珍しく、夜神は動揺して紅茶を咽せた。濡れた唇を手の甲で乱暴にぬぐうと一時的に血行が良くなりいつもより赤々しく見える。性格が変わったと言うよりも、働く中で色々な表情を作るようになったのだろうか。
「明るくなりましたね」
「社会に出ればそれなりに」
んん、と喉を整えてから、前よりもほんの少し柔らかくなった表情を観察する。大人になってから少し子供らしくなったのか、ようやく身体が成長して精神に追いつき違和感が薄れたのか。
「ニアなんて一度しか会ってないし、メロもいつのまにか消えてたし」
あんまり覚えてないなあ、と相変わらずのくだけた喋り方。
「メロはどのくらい?」
「一週間くらいじゃないかな。メロ元気?」
「消息不明です」
懐かしむ視線を紅茶に向けて、静かにそれを飲んだ。前はふうふうと可愛らしく冷ましていたが、今はほんの少し息を吹きかけるだけで口をつける。
メロとニアの、施設を出た後の消息は知らない。しかしいざとなれば私にコンタクトをとるだろうと探してはいない。
「まあ、そのうちひょっこり顔だすか」
「あなたじゃあるまいし……」
「そこは猫じゃあるまいしって言う所じゃない」
こてん、とソファの背もたれに頭まで預けてゆったりしている夜神
「それに俺は消息不明になんかならないし」
「何も言わずにイギリス留学しちゃったじゃないですか」
「会えなかったんだから仕方ない」
夜神はケーキにフォークをさして、ちいさく切り分け口に入れる。
「イギリスでは会いに来てくれなかったじゃないですか」
「まだ拗ねてんの?」
「拗ねてません」
これではまるで私の方が子供だ。
「約束が出来たんだからしょうがない」
私のは約束すらしてくれず、夜神月は後からにも関わらず約束した。家族だから優先するという気持ちもわかるが、堂々とやってのける態度に瞠目する。腹が立つ訳ではないのだが、良い気はしないのは確かだ。
「で、今回はキラがどうしたって?」
「なぜキラだと?」
「一応、俺に用があるのは全部キラ絡みだったろ」
ケーキの最後のひとくちをほおばって、フォークを振った。夜神とは、友達になるという名目で呼び出して会話をしていたが、それはキラの事件に関してだったり、彼のプロファイリングをする為だ。
夜神は、非常に落ち着いた素直な人間という結論に至った。人に馬鹿にされようと、下に見られようと、気にしない。また、自分や自分の大切な物に被害がなければ割とどうでも良いと思っている節がある。
「今のキラ……くんにそっくりです」
「———俺?」
夜神はへらりと力なく笑った。
「今までは月くんのほうが怪しかったんですよ。今もまだ完全に晴れてはいないのですが」
「まだ疑ってんの」
「最初のキラの犯行は、まるで夜神月そのものでした」
「そう」
背もたれから身体を起こして、膝に頬杖を着き、視線を落とす夜神。睫毛がぱさりと揺れて、シャンデリアの明りにより頬に睫毛の影が出来る。
「テストをしてもいいですか?」
「手短に」
明日も仕事があるのだと夜神は苦笑した。
私は以前夜神月にもした、推理テストを行うことにした。キラに殺されたFBI捜査官の死亡の順、ファイルを得た順を表にしたものを見せる。
「FBI……ってことは最近のじゃないんだ」
「ええ、最近はとくに手がかりもなく、ただただ人が死んでいるので」
「でもこの頃は月の犯行だと思ってるんでしょ」
「そうですね、ですが、なにか気になる事があればと」
「ファイルを得たって……これ日本時間でしょ?アメリカは深夜だったのかなあって思った。FBIも大変だね」
ファイルとは何だと夜神月は最初に尋ねたが、夜神はまず時差を指摘した。その着眼点は検討はずれでありつつも、少し人と違って面白い。
「他には?」
「ええ?……知ってる人の名前なんてひとつもないし」
一般人らしい、妥当な答えである。人の名前を見ればまず知っている名を見つけようとする。しかし、推理力は無いということだろうか。
「これと、今の説明だけじゃ、俺には何も分かんない」
「なぜ、ファイルについて尋ねないんですか?」
「竜崎が言わないから」
夜神は、与えられた情報の中でしか考えない。私が教えないことには、いちいち質問をしないということだ。たしかに、私は推理しろとは言っていないのだ。
「次から、疑問は口にしてください」
「テストなのに?」
「はい」
つぎに、キラが私に寄越した三枚の手紙の写真を見せる。
「この三枚は、キラが刑務所内の犯罪者を操って死ぬ前に書かせたと思われる文章の写真です」
「よくある頭文字メッセージだね。順番は?」
「どういう順番だと思いますか?」
聞けと言ったから聞いたのだろうが、私はそれには答えなかった。夜神はほんの少し口を窄めて、写真に視線を戻した。えるしっているか、死神は、りんごしかたべない。と言う文章が正しいが、写真の裏には数字が割り振られており、その順に並べると順番が入れ替わる。これには夜神月も気づいた。
写真の裏を見て、ああ、と夜神は声を漏らす。
「No.2、No.18、No.21って書いてあるけど。メッセージはこれで全部?」
夜神月は写真を三枚と決めつけて推理したが、夜神は番号が飛んでいることにも着目した。
「もう一枚あります」
手が赤い、となるように作った偽物の手紙の写真を差し出した。
「番号順に並べると変だもんね……それにしても」
四枚の写真をテーブルに置いて、夜神は深くソファに腰掛け直した。
「説明しなかったり、三枚って嘘着いたり、竜崎は意地悪だ」
「ひっかけようとしてたので」
「ふーん」
大した反応はない。自分の力量の評価に対しても、無頓着。これはわかっていたことだ。
「月にもこんなことしたの?」
「はい」
「怒られた?」
少し楽しそうに目を輝かせて、夜神は聞いた。
「月くんは写真が三枚だと騙されましたが、冷静でしたよ」
「絶対竜崎のこと恨んでるよ、それ。月がキラじゃなくてよかったね」
「それは月くんがキラだったら私を殺していると?」
「違う。キラにそんなことしてたら、殺されてるってこと。月はキラじゃないよ、竜崎は生きてるだろ」
呆れたような顔をして、手をぶらぶらと振った。どうしても夜神月をキラにしたいわけではないのだが、彼に対する疑念が晴れないのだ。
くんは、死神って信じますか?」

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写真の裏番号はコミックスでそうなってたのです……。
feb-may.2014