48 パンプス
(粧裕視点)
大学で講義を受けた後、携帯を見ればくんからメールが入っていた。仕事が早く片付くからご飯に行こうという誘いであり、私は喜んでそれを受けた。
くんは小さな頃から今まで、ずっと私に優しくて、甘い。まるで彼氏みたいだと友達は言うけれど、私にとってはなんだか、おじいちゃんみたい。お小遣いをくれる訳ではないけど美味しいご飯に連れて行ってくれたり、買い物に行った時に服や鞄を買ってくれたりするのだ。
四時頃大学に迎えに行くから、キャンパス内にいてとメールが返ってきた。私は三時まで授業だからそのあとくんの勤務先に行ってもいいのだけど、いつもくんは迎えにくると譲らない。
一時間ちょっとくらいなら大学で課題を片付けながら待っていられるから、このときも了承した。
「夜神さん、今日鈴木のアパートでタコパと飲みなんだけど、どう?」
時間をつぶしてれば、くんから再びメールが届き校門で待ってるとのことだった。だから私は自習棟を出て校門に向かっていたのだけど、歩いている途中で同じ講義をとっている山井くんに声をかけられる。その隣や後ろには何人か顔見知りの男女もいる。
「あ、今日は兄と出かけるの」
「えーお兄さん?」
山井くんは表情を歪める、兄と出かけるのを優先するのが、そんなにいけないことなのかな。でも、友達と出かけるよりくんと出かける方が美味しいご飯食べれるし、私の趣味もわかってるし、優しいし、格好良いもの。それに、私はお酒をあまり好きではないから、別に山井くんたちと飲みに行きたくはない。
「お兄さんに俺が言ってあげるって」
とん、と肩を叩かれる。きっぱり断った方がよさそうだな、と顔を上げた途端、私は腕を引かれて、誰かに腰を抱かれる。とん、とその人の胸に背中が包まれた。ふわりと香る知っている匂い。これは、くんだ。
「粧裕、お待たせ」
くんは優しく囁いた。山井くんや他の友達は突然のことに驚いている。
「お友達?」
いつもより丁寧な言葉遣い。多分、牽制している。
「え、えーと、粧裕ちゃんのお兄さんですか?」
「そう、君は粧裕の何?」
口調は優しい、声は落ち着いてる、でも眸はとても冷めてる。くんは別に、いつも私の男友達に口を出してくる訳ではない。時と場合を見極めている。今回は見られた場面が悪かったのと、山井くんがちょっと馴れ馴れしかった所為。
「お、俺、いや、僕は……友人で」
「粧裕とは約束があるのだけど、もう良い?」
「あ!はい!」
身長はあまり変わらないし、下手したら山井くんの方がガタイが良いけれど、スーツ姿のくんはいつもの三割増大人っぽいから、彼も気圧されてる。
山井くんや他の皆も納得してくれたうえで、くんは普段ならそんな事しないのに、私の手を握って歩き出した。
「大学で彼氏が出来る確率が減ったね」
「別にいいの。今、素敵だって思える人居ないし」
「へえ」
なんだか、いつもくんの高待遇を受けているから、並の男性のエスコートでは穴が見えてしまうのだ。わがままなつもりはないのだけど、私のボーダーラインは兄二人の所為で結構高いみたい。
大学で彼氏が出来ないのは、時々迎えにやって来るくんの所為。
私が高望みしてしまうのも、完璧なエスコートして私を猫可愛がりするくんの所為。
ふと、途中でくんがぴたりと足を止め、後ろを向いた。
私も同じようにくんが見ている方を見れば、外国人の男性が二人立っている。
「ヤガミ———」
夜神と言った。そこだけ確認した瞬間、くんは私を引っ張って走り出した。そして、人気の無い公園の公衆女子トイレに入った。
「粧裕、ジャケットを脱いで俺のシャツを着といて」
「え?」
くんはTシャツ一枚とスラックス姿に、私のジャケットを羽織る。少し小さいけれど、くんは華奢だから着られる。
「それから、靴も交換しよう」
革靴を脱いで、私に履かせた。暖かくて、少し大きい。服はなんとか交換できてもくんは意外と手足が大きいから私のパンプスは履きづらいだろう。裸足で、窮屈そうに足を入れ、踵を踏む。
「あいつらは俺たちの名前を知っていた。警察に恨みのある者の犯行と見て良い。女の粧裕を狙うだろう」
「うん」
「俺が先に出る。髪の長さまで見られてたらわからないけど多分俺が捕まるだろう」
「ま、まって、け、警察を呼ぼう!」
「ここに逃げ込んだのは多分見られてる……待ってる間に特攻されたら俺たちは二人とも捕まる」
確かにそうだった。一時的に隠れただけで、ここでずっとやり過ごせる筈も無い。
「どうせ父さんに連絡が行く。そして父さんか月が粧裕に電話をかけてくるはずだ」
「うん」
くんは冷静に最善の方法をとろと、私に説明した。あまりここで燻っていてはまた二人とも捕まってしまうのだ。くんの早口をしっかりと頭にたたきこんだ。お兄ちゃんかお父さん、もしくは警察官が迎えにくるまで、この中に居る事。絶対に出てはならない。
「靴、ごめんね?帰って来たら新しいの買ってあげるから」
くんはそう言って、私の頭を撫でてトイレから出て行った。
迎えに来るお兄さん書きたい願望。
feb-may.2014