49 成り代わり
(月視点)
僕は竜崎のようなやり方はできず、慎重な捜査ばかりをしていた。世界は大きく変わって行ったというのに、キラ自身は大きな異変を見せないものだから、僕はなかなかキラにたどりつく事ができない。
竜崎も特に指示をしてこないことから、やはり進展は無いのだと思う。僕も竜崎も、見事にキラにしてやられている。それが悔しくてたまらない。
だが十月になり、事件が起こった。それは多貴村長官の誘拐と、犯人からの殺人ノートの要求だった。そして、FBIからのノートの要求。二つに繋がりがあるかと思いきや、全くの無関係だという。キラかとも思ったが、おそらくそうではない。ノートの噂の出所はどこなのか等調べて入るが全く検討もつかない。それに、犯人からもあれから連絡がなかった。しかし数日後、事態は悪化した。多貴村長官は死亡し、ノートの交換は夜神粧裕と行うと言った。
父さんも僕も、その瞬間絶句する。明日また電話をすると言い通信は切られた。
すぐに粧裕に電話をかけると、ワンコールで出る。犯人かと思いきや、僕が口を開くよりも先に粧裕が叫んだ。
「お兄ちゃん!くんが私の代わりに……っ!!」
「!?」
粧裕の口ぶりからするに、誘拐されたのはだ。
すぐに粧裕の居場所を聞き相沢さんと迎えに行く。電話は繋げたままにはするが粧裕にはなるべく静かに待っているように告げた。そして粧裕の居る場所へ、相沢さんの援護をしながら行くが、犯人と思しき人影はない。
「粧裕、居るかい?」
「お兄……ちゃん?」
電話と肉声、両方で聞けば僕が僕だと分かり、粧裕はトイレの個室から出て来て僕に縋りついた。のワイシャツを着て、スーツのジャケットを羽織り、ぶかぶかの革靴を履いている。
そのことだけで、が粧裕のふりをして外に出たことが分かる。
おそらく、女性の方が狙われやすいと思ったのだろう。
は粧裕よりも背が高く、堅い体つきをしてはいるが、一般的な男性よりも華奢だ。顔も中性的で粧裕に似ているし、髪も柔らかく長い。粧裕の証言通り浚った者が外国人だったのなら、を粧裕と見間違えてもおかしくはない。東洋人は幼く女性的に見えがちだから、声を出すまでだと気づかれまい。
だが結局僕たちの家族が浚われた事には変わりなかった。
「ワタリ、竜崎を」
「どうしましたか、L」
竜崎は今僕にLの名を貸しており、僕をLと呼ぶ。
「長官は死亡し、夜神が誘拐された」
「———そうですか」
電話での内容、粧裕の証言を伝える。そして伊出さんが各部署に通達してもいいかと尋ねる。しかし、警察に大きな動きがあったら殺すという犯人の要求を無視して事を運ぶ事は出来ない。だが、実際長官が誘拐された時にすぐさま僕たちは各部署に通達した。
「それはやめてください」
竜崎が珍しく意見した。
「そうだ、身内だからといって贔屓しているわけではない。落ち着いて考えてみてください」
僕も竜崎と同様に通達は反対だ。
「長官を殺したのはおそらく誘拐犯ではなく、キラだ」
「え?月くんどういう事だ?」
松田さんが驚き、僕に話の続きを促す。
ここに居る者がキラに情報を提供しているなんて考えたら何も出来ない。だからこそここに居る者を僕は信用して話した。
警察庁全体は、信用できない可能性があると。
「そもそも、長官を殺して何のメリットがあるかということです」
竜崎もモニタから一緒に説明を加えた。
「犯人は、長官は殺したではなく死んだと言いましたね?」
「そうだ。これは警察庁全体に長官誘拐を通達した途端だ……そこからキラに漏れたとしか思えない」
キラはおそらく日本警察にノートがある事を知っており、長官を殺害したというのはつまり、ノートを悪に渡らないようにするためだ。僕の考えを竜崎の意見と交えて披露した。
しかしこれはキラに繋がるヒントでもある。今まで何もアクションを起こさなかったキラが、イレギュラーな殺人をした。そして、イレギュラーな事態。ここからまたキラも動くだろう。また、火口の死後、キラと繋がっている者は結局警察庁近辺からは洗い出せなかったというのに、再び庁内に入り込んでいる可能性がある。
ここ数年のキラではなく、初期のキラに戻ったような状態だ。
殺しは、一年間おいて再開された。だがその時もキラはヨツバグループの死の会議を行って来た人物を殺さなかった。用が済んだら殺すと思っていたが、そうはしていない。なのに今回、長官を殺した。それは最初のキラそのものだ。何年も姿を見せなかったキラの片鱗が、またようやく見えたのだ。
伊出さんも周りの捜査官たちも、公表すればがキラに殺される可能性が高いと見て、思いとどまってくれた。
ただし、長官が殺害された事だけを公表することにはなった。
「L……いえ、月くん」
「ん?」
「長官が誘拐されたこと、くんには言っていませんか?」
「言ってるわけないだろう」
「月くんはLに接触したとくんに報告していたので」
「あのときは本当にLだなんて信じてなかったし、今僕は警察官だ……むやみやたらと情報は漏らさない」
「そうですね」
竜崎は時折こうして、僕をほんの少し疑って来る。しかし、僕にはなんの矛盾も存在しない。
午前四時を過ぎたとき、再び犯人から電話がかかって来た。
「娘がやっとこっちに届いた」
「こっち?」
「ここがどこかくらい大体はわかってるだろ?」
指示によると、ロスのレイクホテルに泊まれとのことだ。ではあるのだが今は話を合わせる為に父さんは娘の無事を確認したいと言った。しかし喋れるようにすると舌を噛まれる恐れがあるとのことで、声はきかせてもらえない。
「でもさー、この誘拐をお前か俺が公表して、ノートと交換って犯人が言ってるって言ったら、ユーは死ぬはずなんだよな……」
ユー、とは粧裕のことだろうか。急にくだけた口調に、変な渾名、僕らは目を見張った。
警察の人間じゃなく秘密は漏れないから殺さないという微妙な理由はなりたつけど、と言葉は続く。
「な、何を言ってる!?こっちは娘の安否を聞いてるんだ!それがこっちの取引の条件だ」
「わかったわかった、またメールで画像を送ってやるよ。……にしても、こいつどんだけやる気ねーの?図太いの?平気で眠りこけるんだけど」
そう言って、電話は切られた。数秒後送られて来たのは、口にガムテープを貼られ、手足を縛られ床にぐったりと寝転がったの姿。生きている証明にと起こされたのだろうけど、不機嫌な顔をしてカメラをじっとりと見ている。眠ることもそうだが、そんな不機嫌な顔を向けて来るとは中々図太い奴だ。
粧裕だったらこうは行くまい。もちろん、心配はしているのだが。
「くん、まさか誘拐犯にまで気に入られてないですよね?」
一緒に電話を聞いていた竜崎はモニタからぼそりと零した。
「い、いや、喋れる状況でもないし、さすがにそれはないだろう」
確かに人たらしなところはある。は我儘を言ったり美味しいものを食べたり、だらだら過ごすことで人の庇護欲をそそるが、誘拐犯にそんなことはしない筈だ。
「犯人……、ユーと呼んでましたが」
「ああ、粧裕のユかとも思ったが……」
「犯人は余程馴れ馴れしいのか———」
竜崎はそれ以降、閉口した。
とにかく、取引は二日後。策を急いで練らなければならない。
父さんは小細工無しで行きたいと宣言し、僕も竜崎もそれを了承した。アメリカ警察に協力を仰ぎ、その指揮もLが執る。この場合やはり僕がLということだ。
長官に非通知で電話をかけ、協力してもらえるかと尋ねると、少しの物音と共に、違う者に変わった。
「初めまして仮のL」
「仮?どういう事ですか?あなたは?」
「三年前にLが指示した通りキラの調査を独自に進め、キラを捕まえる為に新しく創られた組織SPKです。そして私がSPKの中心に居る……そうですね……Nです」
竜崎と繋がっているモニタを見下ろすが、何も言って来ない。
「あなたは本当のLではない。いや、本当のLも大した動きをしていない……今アメリカ内ではCIAやFBIはLよりも私を優先し動きます……」
つまり、このNという者がノートの事を調べて僕たちに要求していた。そして、僕の今までの動きからLではないと見破った。Nは、Lのような雰囲気だ。四年前にLが指示をしたということはつまり、知り合いなのだろう。
「どうしました?」
「い……いや。実は長官が殺害された後、同じ犯人と思われる者に夜神次長の娘——と勘違いされているが実際には息子が誘拐され、ロスで取引と言って来ています」
「取引?ノートとの交換ですね」
「……そうです」
Nに事情を説明すれば、全指揮は僕にまかされた。
「竜崎、どういうことだ……」
「Lを継ぐかもしれないもの、といったところでしょうか」
電話を切った後、竜崎に尋ねた。
僕は別にLの名を欲しい訳ではないが、その言葉に多少目を見張る。周りの者たちもだ。
メロの口調は分かりづらい。
feb-may.2014