harujion

Last Memento

50 名誉
ようやくまた、原作の場面が訪れた。家に帰ったら居た月と父と松田の様子で、多貴村長官が誘拐されたことがわかった。もちろん、誘拐という言葉しか俺たちには分からず、置いてけぼりをくらったが俺には誰が誘拐されたのかも全て分かってる。そしてこの後どうなるのかも知っているし、自分がどうしたいかもわかってる。正直、これで良かったのかも分からないが、そんなのノートを拾ったとき、いや、生まれたときから思ってる。
充分大きく原作を変えているのだから、後戻りはできない。そして、出来るかぎり原作と同じ事をしないとならない。だが月がノートを拾うのを阻止したように、俺は粧裕の誘拐を阻止した。
長官は殺した。犯罪者以外を殺すのは実に四年ぶりで、美空ナオミ以来だと思う。長官を殺さなければ粧裕は誘拐されないのだが、キラとしては長官を殺すのが正解。そして、一般には報道されていない情報であり、今までのキラの行動から大きく外れる……いや、軌道に戻ったといえよう。
これでLの目から逃げられるとは思わないが、原作に入ればまた多少、俺は俺の知らない筈の事を知る事ができるのだ。

「靴、ごめんね?帰って来たら新しいの買ってあげるから」
粧裕の頭を撫でて、笑いかける。泣きそうな粧裕の顔を見下ろして、トイレの個室からでた。今回は鬘を持ってはいないけど、粧裕のジャケットの襟に隠れるように肩を縮こまらせて誤摩化した。
そろりとトイレからでて、わざとらしくきょろきょろする。俺には気配を感じるなんて事はできないが、おそらくこの辺にマフィアたちはいる。そしてちょこちょこと小走りに公園を抜け道に戻る。わざと、人気の少ない道を歩けば、腕をがっと掴まれ、口を押さえ込まれた。
「ヤガミ、サユ、ダナ?」
片言の日本語、熱い掌、力強い腕。俺を後ろから押さえる男と、正面から顔を確認する男。なるべく弱々しい顔をする。
「彼女か?」
「ああ、間違いない。男の方は逃げたのか?」
「好都合だ」
頭上で英会話をされるが俺にはちゃんと聞き取れる。勿論分からないふりをして、泣きそうな顔を続けた。
会話からするに、俺はちゃんと粧裕になれている。大柄な外国人からすれば俺なんて女みたいなもんだ。どうせ東洋人の見分けもなかなかつかない。ましてや並んでいない俺たちを見比べるのは難しい。並んでれば全然違うのだが。
一か八かだったが、誘拐に来たのは下っ端の頭の足りない奴らだったようで本当に助かった。男の方はスーツだったということからあっさり俺を信用した。スラックスはスーツのままなのに。
口は塞がれ、飛行機に連れ込まれ、離陸した。これ以降は別に女のふりをする必要もあまりないので、だらりと姿勢を緩めて十時間のフライトをぼんやりすごした。途中で寝たり、マフィアの会話に耳を傾けたりして暇をつぶした。
「なあ、俺暇なんだけど」
じゃあ先にロス行って遊んで来い。
リュークを睨む事も出来ずに、勝手に飛行機無いを見て回るリュークに心の中で不満をたらし、もう一度寝た。

「なあ、この子寝てるんだけど」
「ずぶてえな、誘拐されてるってのに……いや、失神かもしれないぞ」
「あ、そうか。起こした方が良いのか?」
「騒がれても面倒だしそのままで良いだろ、お前運べ」
「おう……」
ぼんやりとした頭に、少し乱雑な英語が入って来る。うん、アメリカ訛。俺を誘拐した奴らだろう。筋肉のついた肩に頭を預けて、うっすらと目を開けると、もう一人のほうと目が会う。
「お、目を覚ました」
面倒くさいからもうずっと寝たふりをしようと、目を瞑れば、この子また寝たぞ、なんて呆れたしゃべり声がする。

「それにしても……日本人って乳ないな」
さすがに負ぶってれば俺の胸の無さに気づくだろう。飛行機で長時間一緒にいても気づかなかった方がおかしいけど。
「個人差だろうよ……って、もしかして、男なんじゃねえのか?」
「まさかそんな……ハハハハハ」
「でも顔は写真で確認したし、さすがに別人ってわけねえだろ?」
笑ってるけど、そのジョークがジョークではないのだ。
どこかの建物の、暗い部屋に連れ込まれ、地面におろされる。さすがに一度目をさまして、きょろりとあたりを見回す。
メロが顔を出すわけないか。
二人は、おろすなり俺の手と足を縛り直した。
そしてどこかへ電話をかける。おそらくボスかメロだ。電話口の声までは聞こえない。写真を送れと言われたようで俺を写真に撮り始めた。
トイレで見張りの奴には男だとバレたけど警察も話を合わせているし人質には変わらないと言う事で騒ぎにはならなかった。そして自分たちがミスしたことは伝えない方向で行くと、目の前で英語で喋っていたのを平気な顔して聞き流した。
二日程監禁生活が続き、ようやく俺は地下の変な施設に連れ込まれた。縄を解かれ、回転するガラスの出入り口のようなところに入る。上にスピーカーがあり、そこから初めてメロと思しき者が俺に声をかけた。
「ユー……いや、サユ。お前の父親からメッセージだ」
ユーと呼ぶのはメロだけ、でも俺の事を粧裕だと思ってる。まさか、俺が女だったと思ってるんだろうか。いや、確かにメロには着替えは見せてないけど。え、そんなまさか。
「おい 、お前男だってとうとうバレなかったなあ」
リュークはギャハハと笑う。うるさい。あとトイレ行ったらバレたってば。
くんは無事?時計は日本時間で2時42分」
「お前の兄は無事だ」
「ん」
俺から聞いても良いのかと思いつつも、一応聞いてみればメロは答えてくれた。本当に俺の事分かってない。はあ、とため息をついた。好都合なのか無意味なのか正直わからない。
とにかく俺はそろそろ解放されるのだと分かり、背中を壁にもたれて膝を立てて座った。飛行機に乗った後からはもう粧裕のふりを自分ではしていないので普通に足を開いて座ってる。粧裕のパンプスは踏みつぶしているし脱げやすくておいて来てしまったので、帰ったら新しいのを買ってあげないとなあ、とのんびり考えた。

しばらくして父が来て、ノートの受け渡しは行われた。解放されるまぎわに、カメラに向かって口だけ、ばいばいメロと動かした。メロも俺をユーと呼んでみせたのだから、おそらく気づかせる為だ。この後俺は事情聴取だが、その時にメロの名前を出していいと言う事。ニアにも、Lにも、兄にもだ。
ヘリコプターにのり、ロス市警に連れられてきた俺と父はニアからの聴取を受ける事になった。

誘拐された本人として、俺が先だった。
「Mr.夜神、犯人の顔をみたり、声を聞いたりは?」
「顔は見てないです。声はさっき話しかけられましたが———知ってる人かもしれません」
「それは、誰ですか?なぜ?」
声は変えられているけれど、ニアなのだろう。でもニアかなんて問いかけはしないし、メロの名前はすんなりとださない。だが事情は説明するし、それで容易く特定できるだろう。
「大学時代イギリスに留学していたころ、友人の頼みで養護施設に一度行きました。三年程前ですね」
「はい」
「一度きり行ったんですがそこで会った子供が一人俺についてきたんです。で、キラ事件に関する事で会いに行っていたので、名前を教えるのを躊躇った俺は、ユー……あなたと呼べばいいと言いました」
メロは他のところでも俺の事をわざわざユーと呼んでいる可能性が高い。ニアは小さな声で、ユーと呟いた。
「犯人は俺を、一度だけユーと呼んだ」
「わかりました。ありがとうございます」
「はいどうも」
数日風呂にも入ってないから頭がむずむずしてかゆい。ぽりぽりと掻きながらニアに挨拶を返して終了かと思いきや、もう一度ニアが声をかけてきた。
「貴方は犯人とグルではないですか?」
これを月も聞いているからとしたら、怒ってるだろうなと思った。
「グルではないと証明はできませんが……ひとつ」
「はい?」
「犯人は俺を最後まで粧裕と勘違いしてたと思います」
「———そうですか」
「一晩同じベッドで寝たというのに、粧裕として連れて来られたら信じたようです」
おもしろいね、とメロを笑ってやった。
そして、俺とグルだったなら、女だなんて勘違いはしないだろう、と言ったつもりだ。
「まあ、それも確かめる術はないけど、今度捕まえたらカマかけてみてくださいね。俺の無実の証明と、男としての名誉のために」
「そうします」
ニアは呆れたように返事をして、通信を切った。
そして次はおそらく父なのだろう。俺はシャワーを貸してくれるというのでありがたく借りる事にしたが、その時リュークがロス見物してくると壁をすり抜けて行った。
———ああ、もう一人死神が来た。

next


自殺されても困るから、多分トイレも一人では行かせてもらえなかったと思って、男だってのは見張りにまではバレました。
feb-may.2014