63 父
魅上や清美に手回しをし、着実に俺は物語の終わりに向かって足を進めていた。
周りにはなるべく月を疑わせたまま、俺は無関係な立ち位置に居続けることでなんとか出来ていたと思う。Lの存在はイレギュラーだけれど、今は月の見張りに忙しい筈。
そんな事ばかり考えていたから、父の具合が悪いのにも気づかなかった。
今ではキラの捜査には加わらず母と俺と粧裕と平和に暮らしていた。粧裕も大学へ通えているし、誘拐された本人である俺は好き勝手生きているし、月は滅多に家に帰って来ないが心配する程の事でもない。だが、長年の疲労が蓄積された身体はもうぼろぼろだったのだ。
ある昼下がり、父は胸を押さえて倒れた。
救急車で搬送し、集中治療室に入るまで父はまだ息をしていた。震える粧裕の手を握り、月に連絡を入れたがやはりそう簡単にでてもらえる筈も無く、一度着る。その数分後、月からの折り返しの電話で、父が倒れた事を告げた。竜崎が病室にきた、大学時代のあの頃を思い出す。
だが今回のは、もっと重たい。父は今も生死の境をさまよっているのだ。
処置を終えた医師が、家族を病室に入れた。首を振られる。
父の心臓はもう動かない。
父はもう目を覚まさない。
もう、笑わない。
この心臓発作は、ストレス性のものだ。俺がノートを手にした瞬間から、父の寿命は大幅に短くなったのだろう。ノート奪還の任務を潰したところで、父の命を長らえることはできなかった。
俺が手にかけたのと変わらない。
「お前は家族には弱いからな……そこだけは人間らしい」
リュークが笑ってる。
そうだ、俺はこんなときは笑えない。悪魔だとか、死神より死神らしいとか言われても、やっぱり俺には人の心がある。もろくて、すぐに揺れる心だ。
死んだ経験も、人を殺した経験も、見殺しにした経験も、生き続けて来た経験も、俺が父の悲しみに押しつぶされないようにする糧にはならなかった。
家族を守るというのが、いつも俺の人生の中で大切な事だった。生きる楽しみでもあった。
恋愛でも贅沢でも趣味なんかでもなく、いつの生でもそこにあり俺の手を引く家族。それが俺の愛すべきもの。
「嫌になったか?」
くくく、とリュークは俺にたずねる。俺の本名をいい当てたり、尾行されてる事を言わなかったり、時々俺をおちょくる。やっぱり死神は死神だ。
「大丈夫……ちゃんと全部終わらせるよ」
俺がいやになってノートを放棄したらとても中途半端にことが終わるだろう。そして、リュークはそんな事にはならないだろうと思っている。勿論俺もそんな事にはしない。
このまま俺が辞めると言えば、もしかしたらその場でノートに名前が書き込まれていたかもしれないけど。
「終わらせる」
もう一度、確かめるように呟いた。
葬儀が行われ、キラ捜査本部からは息子である月はもちろん、竜崎以外の全員が参列した。捜査本部はワタリと竜崎が留守を預かっているそうだ。
「竜崎元気?」
「ああ、元気だよ」
「よかった」
月の答えに、ほっと胸を撫で下ろす。俺が生かした者で今のところ残しているのは竜崎とワタリだ。父はノートで死亡したわけではなかったからかもしれないけれど、死ぬ運命にある事を曲げたのは俺。だから少しだけ心配だった。
ぽすり、と月の掌が俺の頭を撫でた。優しく触れて、一瞬でそれは離れて行く。
「会いたいな……竜崎に」
小さく呟けば、それを拾った月が隣で俺を見る気配がする。会って、生きていることを確かめたい。多分、死んでいるなんてことはないだろうけれど、温もりは、鼓動は、魂はそこにあるのか、知りたいのだ。
「……言っておくよ」
本当は会いたくなんかない。計画が崩れるかもしれないから。
そして会えると思ってなんか居なかった。
でも、出会ってから初めて、俺が会いたいと申し出たことが月にとっても、Lにとっても珍しかったのか、数日後ワタリが俺を迎えに来た。
「久しぶり……ワタリ」
「はい、お久しぶりですね」
小さな、細められた目。しわくちゃな顔、老紳士といった感じの風貌。さほど久しぶりと言うわけではないのに、とても懐かしく、いとおしく感じた。
「竜崎はお元気ですよ、あなたが見た悪夢は……現実にはなりません」
以前竜崎の死顔の話をしたことを、覚えていたらしい。変な話だったからだろうけれど、少し照れくさい。
久しぶりの捜査本部のビル。他の捜査員が居る部屋ではなく、前まで海砂や月と会っていた部屋に案内された。
「初めてですね、くんが私に会いたいというのは」
「そう?」
「はい。……参列できなくてすみません」
「いや、竜崎は参列しちゃ駄目でしょう」
資料から目を離さずとも、背を向けたままでも、全然構わない。ああ、この人、ちゃんと生きてるんだなと実感する。二人かけても充分大きなソファに座る、Lの隣に俺も腰掛けた。いつも向かいに座るから、Lは静かに俺を見た。
腕を伸ばして、Lの丸まった背中にすがりついた。ソファと背中の隙間に自分の身体を滑り込ませて、体重を預ける。顔を白いシャツに埋めると、頬から温かみと鼓動が伝わって来た。
「!…………珍しいですね」
「人肌が恋しくて」
「月くんにしてあげたらどうですか?喜んで温めてくれると思います」
「抱き返されたくない」
「……」
腕を回せば薄い上半身をしていることが実感できる。
とくんとくんと心臓の音がする。これは俺の音か、Lの音か、どちらだろう。
「好きになりますよ」
「それはちょっと」
いつかの、海砂とLのやり取りを思い出して、くすりと笑った。
生存確認に来ました。
feb-may.2014